《イチロー引退の日(7)》「さようなら、イチロー」現役最後の日に起きた奇跡の瞬間

2019年3月21日、東京ドーム。ひときわ大きな歓声とともに、観客席が一斉に立ち上がりました。

その中心は、ライト守備の位置で、自身の野球人生を振り返っているかのような静かな眼差しを向けるイチローでした。

イチローがプロ野球界に刻んできた数々の記録や、その華麗なるプレイは、野球を愛する人々にとって、決して忘れられないものとして心の中に刻まれていました。そして、この日はイチローの現役としての最後の日となりました。

《イチロー引退の日(6)》東京ドームの特別な夜…興奮の開幕戦と意味深な交代理由とは?
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2000年、メジャーリーグ挑戦直前のインタビューから、2019年3月、現役引退直後にシアトルの自宅で行われたロングインタビューまで。スポーツ総合誌Numberを中心に20年間、100時間を超える単独インタビューを完全収録した、イチロー本の決定版。(「Books」出版書誌データベースより)

ICHIRO’S LAST GAME

イチローの現役最後の試合

MLB / YouTube

2019年3月21日、東京ドーム。アスレチックス対マリナーズの第2戦。もちろん注目は45歳のイチロー。

この日もイチローは「9番・右翼」としてスタメンに名を連ねました。

この頃のイチローに関する話題といえば、引退の噂が絶えませんでした。殿堂入りは間違いなく、イチローの偉大なキャリアの終わりが近いとの声が高まっていました。

そして、前日の試合での一連の出来事は、多くのファンに「これがイチローの最後の試合かもしれない」という予感を強め、東京ドームに向かう人波のあちこちで「イチローの引退試合」という声が上がっていました。

そうして、東京ドームに集まったのは野球観戦での定員4万6000人をオーバーする4万6451人。彼らはただの試合を見に来たのではなく。

野球の歴史に名を刻む“レジェンド”、イチローの現役最後になるかもしれないプレーを、その目に焼き付けるために来たのです。

それだけに、この日の東京ドームは特別な雰囲気に包まれていました。イチローへの熱い期待と感謝、そして少しの寂しさがドーム中に漂ってい。

アメリカで「史上最高」の声

この試合は米国東部時間では午前5時半にプレーボールになりました。

この非常に早い時間帯での試合中継にも関わらず、米国の大手スポーツ専門局「ESPN」は全米中継を実施。このこと自体が、この試合の特別な意味合いを強く示唆していました。

そしてこの中継を通じて、イチロー選手の存在は中心的な役割を果たすことになります。

アナウンサーの提供するコメントの大部分は、イチローに関するものであり、カメラは何度もイチロー選手の姿や表情に焦点を当てました。

これは、アメリカのファンがイチローの最後のプレーを目撃するかもしれないという予感を持っていたからに違いありません。

また、アナウンサーはイチローを「オールタイム・ベスト(史上最高の選手)」と評しました。

これは、単なる日本向けの社交辞令ではなく全米中継の中での言葉であり、アメリカでのイチローの偉大さを強調するものになりました。

サービス監督、イチローの起用に自信

「昨日の検討を経て、彼にチャンスを与えたいと感じた。2本程度のヒットを期待している」

試合前、サービス監督はイチローの起用を強く検討していることを明らかにしました。また、先発としての菊池に対する期待も大きい。

「春季キャンプでの評価が高かった彼を楽しみにしている。6回、85~90球のピッチングを目指し、チーム全体でサポートしたい」と語りました。

マリナーズ、異例のチームミーティングを実施

サービス監督の会見後、16時過ぎにマリナーズはチームミーティングを開始しました。

シリーズ初戦での打者や投手のミーティングはありますが、それが2戦目で行われることは基本的にありません。

このタイミングでのミーティングは、この試合前に何か重大な発表があるかもしれないという憶測を生みました。

ディポトGM、イチローの起用については謎に包む

ミーティング後、ジェリー・ディポトGMがベンチ裏で質疑応答に応じています。

イチローの起用に関する具体的な情報に関しては明確な答えを避けましたが、「今夜は特別な夜になる」との言葉を残し、この試合でのサプラインズを匂わせました。

試合前の東京ドームでのウォーミングアップに多くのファンが注目

16時半、東京ドームの入場ゲートが開放されると、ファンが次々とスタジアム内へと足を運びました。

その短い時間の中で、多くのファンがスタジアムの最前列に集まってきました。

その目的は、もちろん、マリナーズの選手たち、そして特にイチローのウォーミングアップを間近で目撃することでした。

三塁側のベンチとエキサイトシートの間で、ウォーミングアップをするイチロー。チームメイトと軽く会話を交わす事こそありましたが、基本的には一人で、黙々とアップを続けました。

アップ中も、ファンからの声援や拍手が絶えることはなく、イチローは時折ファンに向けて手を挙げて応えました。

キャッチボール

アップが終わるとすぐにキャッチボールを開始。

その姿勢と集中力は、プロフェッショナルの姿勢を如実に示していました。他の選手たちがまだキャッチボールを始める前に、イチローはすでに遠投をする距離まで到達していました。

わずか2分間でキャッチボールを終えたイチローは、右翼のポジションに向かいました。

そこで、イチローは持っていたボールを、ファンたちの方へと投げ入れました。このイチローのサービスにスタンドのファンは歓声を上げました。

その後、イチローはストレッチを開始。その姿は、試合前の準備とルーティンの大切さを皆に教えているようでした。

イチロー、試合前の打撃練習で観客を魅了

マリナーズのフリー打撃が開始されると、イチローの華麗な守備に観客は目を奪われました。

熱狂的なファンはイチローがフィールド内を移動するたびに、スタンドから動きを追って大移動を繰り返しました。

まさに、ドーム内はイチローフィーバーに包まれていたのです。

17時を迎えると、イチローの打撃練習が始まりました。

イチローはドミンゴ・サンタナ、ティム・ベッカム、エドウィン・エンカーナシオンらと共に順番に打撃ゲージに入りました。イチローがゲージに入るたびに、観客席から温かい拍手が送られました。

イチローはまず初級にバントを見せた後、5打席×4回、計20打席。この日のイチローは、柵越えこそ3本とやや控えめでしたが、打球の半分以上はヒット性の打球でした。

しかし、最後にもう一度打撃ゲージに入ったイチローは、一振りで見事ライトスタンド上段まで飛ばす特大弾を放ち終了。

この特大弾は、多くのファンが「イチローの引退試合」という認識で臨んでいたこの日の試合において、まさに最高のシーンとなりました。

イチロー打撃練習が終了すると、観客から再び拍手が送られました。それと同時に、多くの観客は一旦自分たちの席に戻っていきました。

backin2020/YouTube
BIN PAPA/YouTube

イチロー、前日を上回る熱狂的な声援に包まれる

東京ドームの電光掲示板に「イチロー」の名前が映し出され、名前がコールされるとと、スタンドは一気に湧き上がりました。

前日の試合でもすでにその人気の高さと観客からの期待が伺えたが、この日はそれをさらに上回る熱狂的な声援と拍手がイチローを迎えました。

国歌演奏後の挨拶でファンを熱狂させる

その後、国歌演奏が始まり、美しい旋律がドーム全体に響き終わりました。

その余韻が残る中、出場選手たちは試合に備えてフィールドの脇でストレッチを開始。

イチローはレフトからセンターへダッシュ、そしてライトスタンドの観客に挨拶をしました。その瞬間、スタンドからは大歓声が上がりました。

その後、イチローはストレッチを始めましたが、途中で始球式を見るため一時中断しそれを見届けました。

野球情報局 竹下一朗/YouTube

始球式に豪華トリオ、イチローも見守る

東京ドームに響く歓声、期待感に満ちた空気、そしてイチローの存在。

これだけでも十分に特別な日と言える中、その日の始球式はさらにその特別感を感じるものになりました。

それは、かつてアスレチックスで共に戦った藪恵壹と岩村明憲のバッテリーと、MLBのスーパースターでイチローの親友、ケン・グリフィーJr.が中心となった始球式でした。

藪が着用していたのは彼の現役時代のアスレチックスの背番号「13」のユニホーム。

その姿でマウンドに上がり、彼特有の大きなフォームで投げる様子は、多くのファンにとって懐かしい光景でした。

一方、捕手の岩村もまた背番号「1」のユニホームを着用。二人の元チームメートが再びバッテリーを組む姿は感慨深いものがあった。

そして、打者ボックスに立つケン・グリフィーJr.。グリフィーJr.のメジャーでの実績は圧倒的で、この場に相応しいスター選手としての存在感を放っていました。

藪恵壹の投じたボールは、外角高めに外れたものの、グリフィーJrの往年のバッティングフォームでの空振りに、場内のファンを大いに沸かせました。

グリフィーJr.はメジャー通算2671試合、630本塁打という驚異的な記録で野球殿堂入りを果たしており、この空振りもまた、特別な瞬間として多くのファンの心に刻まれることになりました

この豪華な客演に、ドームの雰囲気は最高潮に。そして、その熱気の中、藪、岩村、そしてグリフィーJr.の3人は本塁付近で肩を並べ、記念撮影を行いました。

3人の笑顔が、この日の始球式がいかに特別であったかを物語っていました。

ファンへの感謝のサイン会

フィールド上でのドラマだけでなく、エキサイトシート周辺で繰り広げられるイチローのサイン会もまた、多くのファンの目を引きつけていた。

連日、試合前に行われるこのサイン会は、ファンとの距離を大切にするイチローらしい行動であった。

この日もイチローは、ゆったりとした足取りでエキサイトシートに歩み寄りました。サインを求めるファンたちの表情は、ワクワクと緊張が入り混じったものでした。

その場所で、イチローは前日よりも長く、多くのファンのリクエストに応えるようにサインをしていました。

その行動は、単なるサイン以上のものをファンに伝えてるようでした。それは、長いキャリアを通じてイチロー自身が感じてきたファンへの感謝の気持ちです。

特にこの東京ドームでの試合は、イチローにとっても特別な場所であり、そこに詰めかける日本のファンへの感謝を直接伝えたかったのかもしれない。

サイン会が終わると、多くのファンから拍手が送られました。それは、イチローのプレーへの賛辞だけでなく、こうしたファンへの優しさに対する感謝の気持ちでもありました。

イチローがフィールドを去る姿を見ながら、多くのファンはこの瞬間を心に刻みました。

イチローのプレーはもちろん、人としての温かさや優しさが、多くの人々に愛され続ける理由であることを、再確認するような一時となったのです。

イチローのファーストプレー

東京ドームの大きなスコアボードに映る時刻は18時半。

全ての準備が整い、ついに待ちに待った試合開始。その瞬間、スタジアムは期待と興奮で包まれました。

選手たちの名前が1つ1つアナウンスされる中、特に大きな声援が沸き起こったのはイチローの名前が呼ばれたときでした。

観客からの熱い声援を受けながら、イチローはゆっくりとライトの守備位置へと向かった。その姿に、スタジアム中の緊張がピークに達したのは言うまでもありません。

イチローがライトの位置につくと、両手を挙げ、観客に感謝の意を示しました。そのシンプルなジェスチャーに、スタジアム全体が温かい拍手と声援で応えました。

試合が進行し、この日メジャー初マウンドとなった菊池雄星が投げる中、3番ピスコッティの打球が飛んできました。それはイチローの守備範囲内。

イチローはすばやく反応し、前進してその飛球を見事にキャッチしました。このプレーは、二人の日本人メジャーリーガー、菊池とイチローが同じプレーの中で躍動する瞬間として、観客たちにとって特別なものとなりました。

イチロー、大歓声の中で初打席に

東京ドームの熱気は、イチローの初打席の前からすでに高まっていました。

2回表のツーアウトから8番ヒーリーの先制の2ランホームランにより、マリナーズが2-0とリードした中で9番イチロー初打席が回ってきました。

イチローがバッターズボックスへ向かう途中、超満員の観客の心が一つになり、その存在に敬意と期待を込めての大声援が湧き上がりました。

そして、イチローとエストラーダの対決。

イチローの打撃フォームは変わらず、エストラーダが投じる変化球にも、そのシャープなバッティングフォームで応じました。

しかし、2ボール1ストライクという有利なカウントから、力強いスイングで振り抜かれた打球は三塁ファウルフライとなり、3アウトとなりました。

その後の一瞬の静寂は、場内の緊張感を物語っていました。

イチローの引退を懸念する観客たちの視線は、ベンチに注がれ続けました。

しかし、イチローがライトに守備につくためにベンチを飛び出すと、場内は安堵とともに、再び大歓声に包まれた。イチローの存在感は、やはり圧倒的だったのです。

突然の速報「マリナーズのイチローが第一線退く意向」

2回裏から3回表の頃、共同通信からイチロー選手が現役を引退し、試合後に記者会見を行うという一報がもたらされました。

それは一瞬にして東京から世界へと駆け巡り、世界中のファンや関係者、そしてメディアを驚愕させました。

このような形での引退発表は、前例がなく、過去にも多くの選手が引退を発表してきましたが、試合中にその情報が流れるというのは非常に異例なことでした。

多くのファンがスマートフォンの速報を介してこの驚愕の事実を知りました。

特に、東京ドームで試合を観戦しているファンたちにとっては、その情報の衝撃は計り知れないものになりました。

すでに、シリーズ前から彼の引退を予測する声はあったものの、実際にその事実を目の前にした際、多くのファンが深い感慨に浸ったことでしょう。

一方、記者席では試合後のイチロー選手による会見への準備が始まりました。

公式の案内が配られ、多くのメディア関係者がその瞬間を迎えるための準備を始めました。

この日の東京ドームは、ただの試合ではなく、スポーツ史に名を刻む歴史的な瞬間を迎えることとなりました。

米国メディアのイチロー引退報道「グローバルな注目と感慨」

アメリカの大手スポーツニュースサイト、MLB公式サイトやESPNは瞬く間にこの情報を伝え、イチローの名前がトップニュースとして掲載されました。

特に、ESPNが「関係者が引退を確認」という形での報道は、多くのファンや関係者に信じ難い事実として受け止められました。

さらに、MLBの移籍情報を専門に取り扱う「MLBトレード・ルーモアズ」やNBCスポーツなど、多くのメディアがイチロー選手の引退を速報しました。

一方、日本国内の報道の中には「第一線を退く」という表現を選んだメディアもありましたが、共同通信の英語版では明確に「retire」という単語が使用されていました。

このような言葉の選び方の違いは、文化や言語の背景、そしてそれぞれの国や地域でのイチロー選手への評価や見方の違いを感じさせました。

この報道を受け、SNSでは、ファンからの様々なリアクションが相次ぎました。

その素晴らしいキャリア、数々の記録、そしてその独特なプレースタイルを愛してきた多くのファンからは、感謝や尊敬の言葉が寄せられ、また多くの人々が彼の引退を惜しむ声を上げました。

引退速報後に迎えた第二打席

東京ドームは、「イチロー引退」速報をきっかけに特別な空気に覆われる事になりました。

以降、観客はイチローの打席がくるだびに息を呑み、「この打席がイチローの最後の打席かもしれない?」という思いで歓声を送りました。

4回表二死、3対0のスコアでイチローが第二打席に立ったとき、その緊張感はピークに達しました。

イチローは前日の第二打席で交代していたため、この打席が最後のものかもしれないという期待と緊張が場内に充満しました。

そして、「イチロー!」コールがスタンド全体から沸き起こったのです。シアトルから「イチメーター」を持ってきたエイミーも、この特別な瞬間に声援を送っていました。

さらに、この打席は2アウトでランナーもおらず、自分のバッティングだけに集中できる状況でした。

アスレチックスのエストラダとの対戦は、1球、2球と攻防が続く中、ボールカウントは1-2。

その瞬間、観客席の期待と緊張は最高潮に達します。

4球目、エストラダの鋭い落ちる球をイチローがバットでしっかりと捉え、打球は一二塁間へと向かいました。

場内は一瞬の静寂の後、一斉に大歓声が沸き起こりました。

そして、その歓声に乗じて、日本テレビの実況アナウンサー、佐藤義朗も「どうだ!?」と興奮のあまりに高らかな声で叫びました。

しかし、その打球は、アスレチックスの二塁手プロファーの手に収まり、イチローは一塁でアウトとなりました。

ヒットとはならなかったものの、その真剣勝負の姿勢に観客からは一斉に大拍手が送られました。

スタンドからの暖かい拍手は、イチローの長いキャリアとその日の打席にかける情熱に対するリスペクトの現れでした。

そして、ベンチへと戻るイチローを、チームメイトであるマリナーズの選手たちも立ち上がって拍手で迎えました。

これで終わり?守備につくイチローにスタンドが安堵

イチローの打席が終わった後、スタジアム内は緊張感と静寂で包まれていました。凡退という結果に、何とも言えない空気が漂っていたのです。

イチローの引退という速報が伝えられた中、そのままフィールドから姿を消してしまうのではないかという不安が、観客一人一人の胸を締め付けていました。

しかし、その緊張の空気は一瞬で晴れました。イチローがライトの守備位置に姿を現した時、スタンドからは安堵の歓声が沸き上がりました。

イチローの姿を目の当たりにしたファンたちは、再びイチローのプレイが見られることに喜びを感じ、心からの拍手を送っていました。

その中で特に目立ったのが、「世界一のイチローファン」と称されるエイミーさんだった。

彼女が掲げた「ありがとうイチロー」のボードが大きなビジョンに映し出されると、それは東京ドームに集まった数万のファンの気持ちを代弁しているかのようでした。

そして、この回の守備でのハイライトは、ピンダーが放った打球をイチローが華麗にランニングキャッチしたシーンでした。

このプレイに観客は感動の声を上げ、さらにイチローがそのボールをエキサイトシートの観客へとプレゼントする姿に、会場の空気は温かくなりました。

勝利よりイチローが見たい!?気持ちと試合展開の狭間

4回裏が終わった時点で、3対0でのマリナーズがリードという、まさにイチローが出続けるにはベストな展開でした。

イチローの引退試合を目の前にして、プレーをもっと見たい、という気持ちは全ての人の胸にありました。

しかし、これは公式戦であり、勝利に導くことが最優先となっていました。この日のイチローの役割は、多くのファンの願いとは裏腹に、あくまで勝利のための一部となっていたのです。

この日の菊池雄星は、4回までアスレチックス打線をきっちりと抑えていましたが、5回裏にアスレティックスの打線に捕まってしまいます。

マット・オルソンとジュリクソン・プロファーの連続ヒット。

そして、セミエンからのタイムリーヒットで1点を失い3対1になり、ついに菊池はマウンドを降りました。この日の投球は素晴らしいものであったが、メジャー初登板の疲れと緊張が見て取れました。

さらに、代わったエリアスがピッチャーゴロをまさかの悪送球でアスレチックスが1点を追加。3対2という接戦の試合展開にスタジアムの緊張感は高まりました。

ファンたちは、試合の流れよりもイチローの交代を最も恐れていたからです。

イチロー記者会見の発表

6回表、試合が緊迫した展開を見せる中、実況の佐藤義朗アナウンサーによって、驚きのニュースがもたらされました。

「試合の主催者のメジャーリーグ機構から、この試合の後、イチロー選手が記者会見を開くという発表がありました。」この突然の報告は、ファンはもちろん、解説者や関係者たちも驚きの声を上げました。

佐藤アナウンサーは続けて、「ただし、どんな内容なのかは、まだわかっておりません。その内容については、イチロー選手本人から伝えられるとのことです」と緊張を込めて伝えました。

イチローという、野球界のレジェンドが、引退試合の後に何を語るのか。その答えを知るまで、ファンたちは息を呑むこととなったのです。

記者会見発表後の第三打席

7回表は、先頭打者の8番ヒーリーの二塁打で出塁、無死二塁のチャンスの中で9番イチローが打席に向かいました。

総立ちで拍手とイチローコールを送る観客の心の中には、代打の可能性も存在していましたが、イチローがバッターボックスに立ち独特のルーティンを始めた瞬間、その緊張感は一気に安堵と歓声に変わりました。

試合後の記者会見の発表以降、これがイチローの最後の打席となる可能性が高まり、その一打を見逃すことができないと、スタジアムの多くのファンが立ち上がり、プレス席にいる記者や関係者までもがスマホやカメラでその瞬間を撮影しようとしていました。

「これが、最後になるかもしれません!」

実況の佐藤義朗アナウンサーの声が、緊迫と熱気を空気をさらに盛り上げました。

そして、マリナーズのベンチには、親友のケン・グリフィーJr.の姿。グリフィーもまた、この瞬間をカメラに収めるため、熱心な眼差しでイチローを追っていました。

しかし、アスレチックスの3番手ソリアの投げたチェンジアップにまったく手が出ず、イチローは見逃し三振。スタジアムは大きなため息に包まれました。

かつてイチローといえば三振をしないバッターで知られており、オリックス在籍中の1997年には「216打席連続無三振」という全人未到の記録も打ち立てています。

イチローの全盛期を知るファンにとって、この結果は悔しさと共に寂しさも感じられた瞬間でもありました。

その後、マリナーズは1点を追加し4対2とリードを2点に広げましたが、多くのファンの心は試合よりもイチローに向けられていました。

守備でもファンの期待に応える

7回裏、イチローがライトのベンチを飛び出しライトの守備位置に向かうと、スタジアム中から「イチロー、イチロー」というコールが湧き上がりました。

イチローの背中を見つめる観客の目には、感謝とともに「もう少しだけ見せて欲しい」という切ない気持ちが溢れていました。

それに応えるかのように、キャッチボールの最中、イチローが背面キャッチを披露。これにはスタジアム全体が驚きと喜びの声を上げました。

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アスレティックス、猛追で同点。あくまで真剣勝負

多くの目がイチローに注がれる中、アスレティックスもマリナーズに対して譲ることなく、勝利を目指す姿勢を見せつけました。

特に、オークランドからの熱烈な応援団であるブリーチャーの存在感は絶大で、彼らの声援はまるで選手たちに力を注ぎ込んでいるかのようでした。

そして、その応援がクリス・デービスの打席で実を結ぶことになります。

リス・デービスのは、センターへの2点適時打を放ち、通算500打点、501打点目をマーク。アスレティックスの打線の深さとクリス・デービスの長打力を改めて認識させられる一打となりました。

7回が終わって4対4の同点、イチローの引退がファンやメディアの関心の中心となる中、アスレティックスの攻撃は「この試合は公式戦であり、真剣勝負である」というメッセージを強く感じられるものでした。

スタンドのファンは、この試合がただのショーではなく、マリナーズとアスレティックスの間の熾烈な戦いであることを改めて認識するととになったのです。


「イチローの伝説的な瞬間」東京ドームでの最後の打席

8回表、一死という緊迫した局面。ティム・ベッカムが前日の活躍を引き続き見せ、鮮烈な二塁打を放ちました。スコアは4対4の同点。

この局面、マリナーズには何としてもリードを奪いたいところであり、野球ファンは誰もが「ここは代打」と直感しました。

しかし、サービス監督は別の選択をしました。なんとここまでノーヒットの45歳イチローをそのまま打席へと送り出したのです。

この意外な選択に、東京ドームは大歓声となり、「イチロー」コールが響き渡りました。

延長戦の可能性も考えられましたが、多くのファンはこの打席が「イチロー最後の打席」になると確信していました。その緊張感が球場を包み込み、打席に向かうイチローへの視線が熱を帯びます。

スマートフォンを手にしたファンたちは、この歴史的瞬間を逃すまいとカメラを向けました。

中には感極まった声を上げる人の姿も。皆、イチローという一つの時代の最後の瞬間に心を震わせていたのです。

Cinematic SPORTS/YouTub
最後の打球とスタンディングオベーション

球場の雰囲気が一変した21時26分、ついにイチローが4度目の打席に立ちました。

マウンドには、昨日から4連続奪三振の好投を続けるルー・トリビーノ。これはただの一打席ではない。

トリビーノ自身もその大切さ、歴史的瞬間の重さを感じ取っていました。

冷静さを保とうとはしましたが、いざイチローと対峙すると、どうしても心が動かされ2度プレートを外しました。

トリビーノが投げる2球目、イチローは一塁線への鋭い打球を放つものの、惜しくもファウル。

ESPNのアナウンサーは「GANBATTE GANBATTE」や「Everybody here hoping for one more」という声を上げていました。

そして、運命の6球目。イチローがミートした打球はセンター方向へ転がりました、しかし、ショートのセミエンにが追いつく、少し握り直して一塁への送球。

全力疾走するイチロー。スタジアムは一瞬、「これは内野安打か?」と期待が膨らむみましたが、一塁ミットへのボールが一瞬早く、塁審はアウトのコール。

ため息がスタンディングオベーションに変わる中でイチローは、黙々と三塁側ダグアウトに引き上げました。

時代の終わりへ…。イチロー最後の交代

この時、イチローの一挙一動が、何千人もの観客の視線を集めていました。一つの時代の終焉を感じさせる、そんな空気がスタジアムを包んでいたのです。

マリナーズの野手たちも、この瞬間をどう受け止めればいいのか、一瞬の迷いを見せていた。多くが、イチローが抗体を告げられると考えていたようでした。

しかし、その予想を裏切るように、マニー・アクタベンチコーチが守備につくように促しました。

何もなかったかのように、右翼の守備位置に向かうイチロー、外野手とのキャッチボールの最中も、観客からの声援を受け続けていました。

その後、サービス監督がベンチを立ち、主審のもとへと歩み寄りました。ざわつくスタジアム、ついにイチローの交代が正式に告げられてしまいました。

感動の引退シーン「時が止まった4分半」

21時33分、その瞬間を予感していたかのような静寂が、一瞬スタジアムを包みました。

しかしそれは、続く熱狂的なスタンディングオベーションの前触れに過ぎませんでした。

次第にイチローの名前を連呼する「イチローコール」が始まり、それはスタジアム全体に波のように広がっていきました。

イチローのプレーに感動していた子供から、イチローのデビューからのファンまで、誰もがその瞬間を目に焼き付けました。

幼い女の子はお母さんの腕の中で、手を振りながらイチローに向かって笑顔を見せていました。

かつてないほどの感動的な瞬間がそこには広がっていました。

イチローを師と仰ぎ、イチローと一緒にマーリンズで戦ったゴードンは、涙をこらえきれずに泣いていました。その目からは、深いリスペクトと感謝の気持ちが溢れていました。

イチローは、スタンディングオベーションの中で、ファンへの感謝を形にしようと、何度も帽子を取りながら両手を挙げて応えました。

そして、イチローがベンチに戻ると、マリナーズの選手やスタッフ全員が、イチローを迎えるために列を成して待っていました。

対戦相手であるアスレティックスの選手たちも、イチローに敬意を表して立ち上がって拍手を送っていた。

イチロー本人は涙をみせることはありませんでしたが、菊池雄星は号泣。

イチローは菊池に「頑張れよ」と激励の言葉をかけ肩を叩き、ベースボールのレジェンドで親友のケン・グリフィーJr.とも深いハグを交わし、ベンチの裏に消えていきました。

まるで、野球選手「イチロー」が本名の鈴木一朗に戻っていくようにも感じました。

イチローへの深いリスペクトと新世代の選手たち

菊池雄星投手の涙は、イチロー選手に対してどれだけの敬意と感謝を持っているかを象徴しています。しかし、その感情は菊池選手だけのものではありません。

イチローがヤンキースやマリーンズを退団した後、プロ入りした新世代の選手たちも、イチローから受けた影響やリスペクトから、目に涙を浮かべていました。

ケン・グリフィーJr.からの感謝の言葉

菊池の涙を見た、ケン・グリフィーJr.は「野球に涙は似合わないとよく言われるけれど、素晴らしい選手が引退する時の涙は、例外だと思うよ」と、温かい視線で菊池を見つめながら話しました。

そして、イチローへも「キミは野球界に多大な影響を与えてきた。その功績は誰もが認めるところだ。これからの人生、キミが心から楽しむことを祈っているよ」と、イチローのこれまでのキャリアと未来に対する深い敬意を込めて特別なメッセージを贈りました。

GMジェリー・ディポトの言葉

この感動的な光景をスタンドから静かに見守っていたジェリー・ディポトGMは、ある記者に「試合前に言っただろう? 今夜は、特別な夜になるって」と、満足げな笑みを浮かべながら言いました。

「感動の背後」アナウンサーたちの挑戦とその判断

イチローの感動的な引退シーンは、スタジアムにいたファンだけでなく、テレビを通じてその瞬間を共有した多くの視聴者の心にも深く響きました。

その背後には、スポーツアナウンサーや実況アナの深い感情や職業としての判断があった。

アメリカで「レーザービーム」の名付け親として知られる実況アナウンサーでマイク・リーズは、「国全体がひとりのアスリートに対して、あれほどの愛情を示したことは今までなかったかもしれない」と多くのアメリカ人ファンの心情を代弁するような言葉で、この感動の舞台を表現しました。

一方、実況をしていた佐藤義朗アナウンサーの選択は、非常に印象的なものでした。

佐藤アナはイチローの交代が告げられた後、実況という仕事中にもかかかわらず、約4分間も一言も喋らず、その瞬間の雰囲気や観客のスタンディングオベーションをそのまま伝えることを選びました。

その後「同じ国に生まれ、同じ時代を生き、この瞬間に立ち会えたことに感謝したいと思います」という日本のファンの心を代弁するような一言で締めくくりました。

この選択には「最高の実況」などの投稿が溢れ、喋らないという実況を行った佐藤アナを称賛しました。

SNSで共有される感動

この瞬間は、MLBをはじめとする全世界の野球ファンにとって感動的なものであり、SNSでも瞬時にシェアされ、多くの人々の心に響きました。

MLBの公式アカウントが「There is crying in baseball.(野球には感動がある)」と投稿したことは、スポーツにおける感動や情熱の大切さを伝えるものでした。

この言葉は、映画「リーグ・オブ・レジェンド」での有名なセリフ「There’s no crying in baseball!(野球に泣くな!)」をもじったもので、その文脈を知るファンにとってはさらに深い意味を持つメッセージであったことでしょう。

一方、マリナーズの公式アカウントが「Legend(伝説)」とツイートしたことは、イチロー選手がクラブにとってどれだけ特別な存在であったか、そして彼が野球界全体で築き上げてきた伝説的なキャリアを称えるものでした。

一生忘れられない瞬間

この4分半は、スタジアムにいた全ての人、視聴していた全てのファンにとって、一生忘れられない瞬間となりました。

イチローへの感謝の気持ちと、築き上げてきたレジェンドとしてのキャリアを讃える偉大な時間。それは、まさにイチローのためだけの特別な舞台となったのです。

慌ただしく動く記者会見の現場

この瞬間、試合の結果よりもイチローの引退がメディアの主要な関心事となりました。

しかし、プレイヤーやチームスタッフにとっては、試合はまだ続いており、勝利を目指す姿勢は変わりません。

その一方で、試合後の混乱を避け、スムーズに記者会見やインタビューを行うためには事前の準備が不可欠でした。

試合後の記者会見の場として設定される場所の一つであるバックヤードの控え室では、この特別な会見のため慌ただしく動き始めました。

控え室には、多くの記者たちが待機しており、彼らは各自の編集部や放送局の指示を受け、特定の選手や監督へのインタビューのリクエストを行います。

このプロセスは非常に競争が激しく、特定の選手へのアクセスが限られている場合、早めに準備をすることが重要だったからです。

レジェンドイチローの引退後の記者会見は。

非常に多くのメディアが参加することが予想されたため、そのための特別な場所の確保や設備の整備、さらには会見の流れや質問の順番など、多くの事前の準備が必要でした。

イチロー引退試合、ドラマチックな延長戦

もちろんイチロー交代後も激戦は続き、ついに延長戦へと突入。

11回裏にアスレチックスは満塁サヨナラの場面を迎えました。しかし4番のデービスは3球三振、観客から終電を心配する声が漏れ始めるも帰ろうとはしませんでした。

そして12回表、ゴードンがセンター前にヒットを放ちます。

ここで、アスレチックスは引退したイチローの代わりに、現時点でのMLB現役最年長選手、フェルナンド・ロドニーを投入。

しかし、エンカーナシオンに四球を与え、一死満塁になってしまいました。

この場面でドミンゴ・サンタナが放った打球は、ダブルプレーになるかと思われた矢先、セミエンのトスにプロファーがバランスを崩しファーストへの悪送球、ゴードンが一気にホームを踏んで1点を勝ちこしました。

続く12回裏の守備を無失点に抑え、マリナーズはイチローの引退試合を勝利で飾りました。

イチロー、選手を先頭で出迎え

試合終了と同時に、イチローは一目散にグラウンドへ飛び出し、先頭に立って、ひとりひとりの選手を温かく迎え入れました。

その姿はまるで、長い戦いを共にした兄弟たちを、家族のように出迎えているように見えました。

この頃、日本のプロ野球の公式戦としては考えられないほどの時間、午後11時を過ぎていました。

多くのファンたちは仕事や学校、次の日の予定を気にしながらも、イチローとの最後の時を共有するためにスタジアムに留まり続けていました。

ゴードンの涙、イチローとの深い絆を明かす

試合後のヒーローインタビューで、お立ち台に立つゴードンを、スタンドは大きな拍手と歓声で迎えました。

ゴードンは「今日勝てたことをとてもうれしく思っています」と、マイクを通してファンに感謝の言葉を伝えました。

しかし、その瞳の奥には、勝利の喜びを超えた、何か深い感情が宿っているように見えました。

そして、その理由が少し後に明らかとなります。

インタビュアーから、試合後にイチローと深く抱き合いながら流した涙の理由を問われると、ゴードンの声は少し震え、「神に感謝したかったことと、イチローさんのためにもこうやって健康で終えられること、そのことが本当にうれしくて涙が出ました。感謝の気持ちでいっぱいです」と、心の内を率直に明かしました。

ゴードンのこの言葉から、イチローとの間に築かれた深い絆、そして共に戦うチームメートとしての連帯感が感じられます。

最後に、日本のファンに対して「本当にみなさん、ありがとうございます。日本はとても素晴らしい国で、こちらに来てくれた皆さんも本当に素晴らしい」と感謝の言葉を贈り、その場を締めくくりました。

イチロー、選手たちの前で感動的なスピーチ

マリナーズは試合終了後、クラブハウス横のラウンジで集まりました。その時の空気は、ひと言では言い表せない重さがありました。

まず、サービス監督が立ち上がり、イチローの功績とその日のプレーに対する感謝の言葉を述べました。

その後、イチロー自身が前に進み出て、チームへの感謝の言葉とともに、自身の野球人生、そして今回の決断について語った。その言葉の中には、引退という具体的なキーワードはなかったものの、同じような意味合いを感じさせるものでした。

これについてマルコ・ゴンザレスは「イチローが具体的に引退という言葉を口にしていないとはいえ、その言葉の中には引退の気持ちがあったように感じた」と語っています。

しかし、選手たちの中には、イチローのスピーチを感謝の言葉として受け取る者もいた。多面的で、解釈が分かれるものでだったのです。

しかし、一部の選手や関係者にとっては、その場でイチローが引退の意向を明らかにしたことが明確でした。

スタントン会長は後に「イチローがラウンジで引退の意向を伝えたことは間違いない」と証言。

ディー・ゴードンも「彼の言葉からは、引退を決意していることが伝わってきた。私たちは彼の決断を尊重し、同時にとても悲しんでいる」と語っています。

実は、この時までチームメイトはイチローの引退についての確証はないものの、試合ではその雰囲気を感じており、交代の際の一連の行動に繋がっていました。

イチローからの出た引退の言葉と会見

クラブハウスの外では、イチローを待ち続ける日米の報道関係者たち。クラブハウスの雰囲気は高揚し、緊迫感が漂っていました。

突如、マリナーズの広報担当者が現れ、「イチローが会見を開く、こっちへ来てください」と述べ、クラブハウス裏のブルペンへと誘導しました。

ブルペンの会見でイチローは、「本日をもって……“引退”することを決断いたしました」と告げました。

この時が正式にイチローの口から“引退”という言葉を発した瞬間であり、偉大なキャリアにおける最後の瞬間でもありました。

イチローを呼ぶファンの声

その後、会見に足を運んだメルビン監督に心からの謝意を伝えました。そんな中、予想だにしなかった驚きの情報がイチローに届けられました。

それは、通訳のアレン・ターナーからのものでした。

「イチローさん、スタジアムの中にはまだたくさんのファンが残っています!」

試合終了からすでに45分も経過しており、選手たちがベンチに引き上げ、スタッフがグランド整備を始めた中でも、スタンドにはなおも3万5000人もの観客が残っていました。

そして、観客は静まり返ったフィールドにむけ、総立ちで手拍子を送り続けていました。それはまるでイチローを呼んでいるようでした。やがて観客は大声でイチローを呼び始めました。

「イチロー!イチロー!!」

その声はやがてスタジアム全体を包みこみ、「イチロー」コールの大合唱が始まりました。

3塁方向からはウェーブがはじまり、その波は止まることはなく客席をぐるりと一周しました。満員の観客が一体にイチロー待ち続けていたのです。

「伝説のカーテンコール」

ケン・グリフィーJr.は、歴史的な瞬間が繰り広げられることを予感していたようで、イチローに「早く、行ってこい!」と声をかけました。

イチローがフィールドに向かうために、クラブハウスからフィールドにつながる扉を開ける直前、チームメイトの方を振り返りました。

その一瞬の間、イチローの瞳にはこれまでの長いキャリア、そしてこの先への決意が映し出されているようでした。

フィールドへの扉を開き、階段をかけ上がるイチロー。背後で、ゴードンはスマートフォンでその様子を撮影していました。

その動きは、まるでイチローの背中を追いかけるように、そして、伝説的なキャリアの終わりを記録しなければいけないという思いが感じられました。

一方、ロッカールームでは、マリナーズの選手たちが次々にシャワーを浴び、帰宅の準備を始めていました。

しかし、「彼らはイチローを待っている。フィールドに戻るべきだ!」と、数人の選手が声をあげました。

驚きの声がロッカールーム内に広がる中、選手たちはその歴史的瞬間を逃すまいと、一斉にスマートフォンを手に取り、急いでフィールドへと戻っていきました。

野球史に残る感動の瞬間

午後11時23分、試合終了から20分が経過した静かなスタジアムに、「イチロー!」というコールが響き渡っていました。

そして、そのファンの声援に答えるかのように三塁側のベンチからイチローはフィールドに現れました。

「出てきた! 出てきた!」という歓声が鳴り響く中、イチローは三塁側からレフトへとゆっくりとスタジアムを一周し始めました。

観客たちは止むことなく、「イチロー! イチロー!」と連呼し、その声援はイチローの耳にも届いていたことでしょう。

イチローは笑顔でスタンドに手をふり、応援ボードに指を指しました。

イチローは精一杯の感謝の気持ちを伝えようとしており、その瞳は涙で潤んでいました。

スタジアム全体がイチローためだけのカーテンコールとなり、この時23時を回っていましたが、観客はイチローのこの瞬間を逃すことなく、最後の姿を目に焼き付けました。

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チームメイトも感動

イチローの後ろには、エドウィン・エンカーナシオン、ライオン・ヒーリー、そしてディー・ゴードンらのチームメイトたちも続いてフィールドに姿を現していました。

多くの選手がスマートフォンを手に、この歴史的な瞬間を撮影し始めました。

試合中、感極まって涙を流したゴードンは、このあまりにも感動的なシーンの前では興奮を隠せない様子でした。

「やばい!これはやばい!」と何度も声に出し、この瞬間の重みと、言葉だけではとても表現できない感動が込められていました。

マリナーズがSNSで世界に伝える

マリナーズの公式ツイッターアカウントも、この感動的な一瞬を捉えてファンに伝えることを忘れませんでした。

スタジアム全体がイチローのために一体となった瞬間を動画に収め、ツイートとともにシェアしました。

そのツイートのキャプションには、「言葉では表現できない」というシンプルながらも深いメッセージが添えられていました。

この短いメッセージは、その場にいた全ての人々の心の中の感情を代弁していたかのようです。

またイチローの公式コメントも発表されしました。

ファンからは感謝のリツイートやコメントが相次ぎ、多くの人々がその歴史的な瞬間を共有し、再び涙を流す者も少なくありませんでした。

このツイートは、イチローという伝説の選手と、彼を愛するファンとの間の絆を象徴するものとなりました。

伝説の記者会見

ファンとの挨拶を終えたイチローは、試合終了から1時間が過ぎた11時56分、東京ドームホテル地下1階のオーロラホールに姿を現しました。

その時の会場はすでに緊張感に包まれ、室内には約250人の報道陣が詰めかけ、座席はすぐに埋まり、多くの人々が立ち見を余儀なくされた。

マリナーズのチームメイトたちが先に羽田空港からアメリカへと飛び立つ中、球団幹部や関係者の姿も見受けられており、イチローの偉大なキャリアへの敬意が感じられました。

イチローが登場すると、一瞬の静寂が会場を包み、その後爆発的なフラッシュとシャッター音が鳴り響きました。

イチローは、報道陣の多さに驚きながらも「こんなにいるの?ビックリするわ」と軽やかにコメント。その瞬間から、重々しい空気は少し和らいだように感じられました。

「キャンプ終盤の結果が出なかったこと、そしてマリナーズ以外でのプレーを考える気持ちがなかった」と、自らの決断の背景を語りました。

会見の中で、記者から「引退の決断に後悔はないのでしょうか?」という質問が飛び出しました。

その質問に対して、イチローは「今日のあの球場でのできごと。あんなものを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」と、強くかつ情熱的に答えました。

この時の、「後悔などあろうはずがない」という言葉は、多くの人々の心に響き、この年の流行語“特別賞”に選ばれることとなりました。

その後も多くの質問が飛び交いましたが、イチローは一つ一つ丁寧に答えていました。

そして、時間が経過するにつれ、おなじみのユーモアセンスも見せ、「今日はとことん付き合うつもりだったけど、お腹がすいたし、そろそろ帰りますか」と笑いを取りました。

このコメントで、会場は一気に和やかな雰囲気に。

最期には屈託のない表情とともに、「長い時間ありがとうございました。眠いでしょ、皆さんも。じゃあ、そろそろ帰りますか、ね」と、イチローらしい言葉で締め、イチローは記者たちに一礼をすると、その場を後にしました。

この記者会見が終了したのは、日をまいだ22日の午前1時23分。日に約1時間25分もの間、イチローはその独特な“イチロー節”で、多くの人を魅了したのでした。

THE PAGE(ザ・ページ)/ YouTube

伝説の選手引退へのコメント

突如として流れた「イチローが第一線から退く」という速報。

それはただの試合中の出来事ではなく、瞬く間に野球界、そしてそれを超えて多くの人々の心に触れる出来事となりました。

さらに「試合後に記者会見を行う」との情報も追加され、その瞬間から多くの目と耳がイチローに向けられました。

試合終了前から、SNSをはじめとする各メディアはこの大ニュースを伝えるための動きを見せた。

そして、試合終了後、イチローが実際に「引退」という言葉を自らの口から発した瞬間、その影響力は計り知れないものとなりました。

ファンからの感謝の言葉、過去の名シーンを振り返る動画や画像、そして多くの有名人やアスリートからのエールやコメントで、Twitter、Facebook、InstagramをはじめとするSNSは、イチローに関する投稿で溢れかえりました。

「彼と同じ時代に生きていることに感謝」「最後まで勝負師としての姿勢を貫き通した伝説の選手」「子供の頃からのヒーロー、彼のプレイを見ることができて幸せだった」といった一般のファンからのメッセージはもちろん、他のプロスポーツ選手や芸能人、政治家など、様々な分野の著名人からも「イチローへのリスペクト」という言葉を伴うコメントが相次ぎました。

アスレチックス監督との不変の絆

その中でも注目を集めたのが、アスレチックスのメルビン監督との特別な絆でした。

メルビン監督とイチローの関係は、2003〜04年に始まりました。

当時、メルビン監督はマリナーズのヘルムを取っており、彼の指導の下、イチローは2004年にメジャーリーグのシーズン安打記録を塗り替える快挙を達成しました。

その瞬間、ベンチから最初に走り出して、塁上のイチローを祝福したのはメルビン監督でした。

イチローはその後もメルビン監督のリーダーシップや人柄を高く評価しており、マリナーズがオークランドを訪れる際には、二人で食事を共にすることも少なくありません。

また、引退会見にも出席してほしいとイチロー本人から頼まれていました。

真剣勝負の背後に流れる友情と敬意

この日、メルビン監督は交代でベンチに戻っていくイチローを感慨深げに見守っていました。

しかし、プロ野球最高峰の舞台であるMLBにおいて、絆や友情を理由に試合を緩めることは考えられません。あくまで試合は勝ちを目指して、最善を尽くことが求められるのです。

今回の2連戦もその証明でした。メルビン監督は「感情は切り離して、勝ちに行く」と宣言し、アスレチックスはイチローの引退試合でも熱戦を繰り広げたのです。

特に今日の第2戦では、7回での同点という劇的な展開や、延長12回までもつれるまさに死闘というべき試合で野球ファンを盛り上げました。

試合後にメルビン監督は「今日は勝つチャンスがあった」とコメントしており、本気で勝利を目指していたことが伝わってきます。

一方、試合結果とは別に、イチローに対する尊敬の気持ちを忘れることはありませんでした。

試合前には「偉大なるイチローに対して一歩下がって拍手を送りたい」と述べ、試合後には「野球人として尊敬の念に値する。彼はスタンディングオベーションに値する選手」と称賛のコメントをしました。

マリナーズのスカウト、テッド・ハイドとイチローの19年の絆

この日は、イチローが大リーグに挑戦を始める時に、マリナーズへの入団交渉を担当したスカウト、テッド・ハイドもイチローの最後を身を乗り出して見守っていました。

テッド・ハイドとイチロー関係は、単なるスカウトと選手を超えた深い絆で結ばれていました。

1997年から続くイチローとの関係

1997年、ハイドは日本でのスカウティング中にイチローのプレーを初めて目撃します。その時のイチローの動きやプレースタイルに、ハイドは強烈な印象を受けました。

「足が速い、肩が強い、そしてその動きは他の誰とも違う」

イチローの右翼手としての広い守備範囲やその素早さは、まるで陸上選手が野球をしているかのように映りました。

そして、2001年にイチローがマリナーズに入団した後は、通訳としてサポートをしました。このような役割の中で、イチローとの間に深い信頼関係が築かれていったのです。

特に印象的なのは、レンジャーズとの試合でのイチローの逆転本塁打の後の出来事です。試合後、シアトルのラジオ局のインタビューで、ハイドが通訳として登場。

しかし、興奮と緊張の中で、「サヨナラホームラン」と日本語で言ってしまいました。

しかし、この時のイチローのホームランは9回に打たれたものでしたが、ゲーム終了を決める一打ではありませんでした。そこでイチローはユーモラスに「サヨナラじゃないよ。逆転でしょ」とつっこみました。

このエピソードは、その後ラジオで放送され、多くのファンに楽しまれました。

帰路につくイチローの姿

記者会見後、イチローは一瞬も立ち止まらず、関係者専用の出入り口を通って三塁側のクラブハウスに入っていきました。

30分と経たないうちに私服に着替えた彼は、スタッフや関係者への挨拶を済ませ、その場を後にした。普段の彼らしい、落ち着き払った足取りで、まるで明日も試合があるかのように静かに場を去っていった。

「イチロー引退」翌日の新聞記事

しかし、翌日、日本の新聞は一斉に「イチロー引退」の大見出しで飾られていました。

日本のファンは新聞のページに映るイチローの写真とともに、引退が現実のものとなったことを改めて実感させられたのでした。

打率0.00で終わった伝説

シーズン開幕戦で2試合、9番・右翼として先発出場を果たし、東京での快音を期待したファンたち。

しかし、その期待とは裏腹に、5打数無安打、1四球という結果に終わりました。

偉大なヒットメーカーであるイチロー最後のシーズンが打率0.00で終わってしまったことは、一見すると悲しくも感じられるものかもしれません。

しかし、これはイチローがプロとしての野球に対する情熱、そしてその道におけるすべての挑戦をやり尽くし、持てる力を全て出し尽くした証明とも言えるのでないでしょうか。

伝説は次の伝説へ

「物理的にも(身体が)大きいわけですし。アメリカの選手とまったくサイズ的にも劣らない。しかもあのサイズであの機敏な動きができるというのはいないですからね。それだけで。世界一の選手にならなきゃいけないですよ」

一つの時代が終わり、新しい時代が始まる。その過渡期を象徴するかのような瞬間が、引退会見でのこの言葉でした。

イチローは自身のキャリアを振り返りつつも、次世代のスター、大谷翔平への期待を熱く語ったのです。

イチローが自身の引退会見の場面で、大谷翔平の名前を挙げることは、多くのファンや関係者にとって予想外だったかもしれない。

しかし、イチローが大谷にかける期待は、その才能と実力を知る者ならば納得のものでした。

この時、メジャー2年目の大谷は、トミー・ジョン手術の影響やアジャストメントの難しさから、まだ本来の実力を発揮しきれていませんでした。

しかし、すでにイチローはその凄まじいポテンシャルを見抜いていたのです。

大谷は、イチローの引退が判明する頃は、完全に就寝中でありこの歴史的な出来事をリアルタイムでは把握していませんでした。

この事を知ったのは、翌朝、東京で行われたアスレチックスとの第2戦のハイライト映像を見たときでした。

「朝起きて見たので、信じられないような感じでした。今は、本当に引退するのかなという感じです」

このように大谷はイチロー引退の現実感のなさを語りつつも、「目標になるような存在。それはこれからも変わらない」と述べ、イチローへのリスペクトと感謝の気持ちを表明しました。

そして、その後の大谷の活躍は、イチローの期待を見事に裏切らないものだったといえます。

大谷はMLBの歴史を塗り変え、日本人スポーツ選手の代表として世界にその名を知られるようになりました。特に2023年のWBC、侍ジャパンを投打で引っ張り、伝説的な優勝を果たしたことは、イチローと大谷、二人のレジェンドの時代をつなぐかのような出来事なったのです。

イチローから大谷へ、そしてこれから現れるであろう次のスターへと、このバトンは繋がれていく。

それは日本の野球が世界に与える影響の継続性を示しているといっても過言ではありません。

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2000年、メジャーリーグ挑戦直前のインタビューから、2019年3月、現役引退直後にシアトルの自宅で行われたロングインタビューまで。スポーツ総合誌Numberを中心に20年間、100時間を超える単独インタビューを完全収録した、イチロー本の決定版。(「Books」出版書誌データベースより)

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