ウクライナの緊迫した情勢が激化する中で、航空史上に残る人類の偉業の象徴が悲劇的な終わりを迎えました。人類がこれまでに建造した中で最も巨大な飛行機であるAn-225「ムリーヤ」は、ロシア軍によって破壊されたのです。
この損失は、ウクライナにとって重大な物質的、文化的な後退を意味するだけでなく、ただの航空機以上の存在として、世界中の人々から畏敬の念を込めて崇められていた「ムリーヤ」に対する追悼の波を呼び起こしました。An-225の消失は、単なる巨大な機械の喪失ではなく、航空史におけるある時代の終焉を意味していました。
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An-225 Mriya
『An-225 ムーリヤ』ウクライナ危機による航空史の喪失
2022年2月27日、ウクライナの軍需メーカー連合ウクロボロンプロムは、ロシア軍の侵攻行動により、象徴的な航空機An-225「ムリーヤ(ムリア)」が破壊されたことを発表しました。この航空機は航空業界で広く愛され、その存在はほとんどカルト的なものでした。米CNNは、An-225の破壊が航空業界に不安と悲しみをもたらしていると伝えています。
アントノフ社の公式SNSアカウントによると、破壊はAn-225に限らず、同飛行場の管制塔や管理棟、さらにAn-26とAn-74航空機も含まれていました。また、An-12、An-22、そしてAn-225のベースモデルであるAn-124航空機も損傷を受けたと報告されています。これらの報告は、ロシアの軍事行動がウクライナの航空産業に与えた打撃の深刻さを浮き彫りにしており、単一の機体の損失を超えた影響が明らかになっています。
ロシア軍はウクライナに精神的ダメージを与えるために攻撃した!?
ウクロボロンプロムは、ロシア軍が「ムリーヤ」をウクライナ航空技術の象徴と見なした上で攻撃を実行したと伝えています。
ウクライナの外務大臣ドミトロ・クレバは、2022年2月27日にTwitterにて「An-225 “ムリーヤ”は世界最大の航空機だった」と投稿。さらに、「ロシア軍は『ムリーヤ』を破壊したかもしれないが、私たちが強く、自由で、ヨーロッパの民主主義国家であるという夢を決して破壊することはできない。ウクライナは勝利する!」と力強く宣言しました。
この発言は、単なる航空機の喪失以上に、国家としてのアイデンティティと決意を象徴するものであり、国内外にウクライナの不屈の精神をアピールするメッセージとなっています。
ウクライナ語で“夢”!世界最大の航空機
An-225 “ムリーヤ”は、その名が示すように「夢」を意味するウクライナ語の名を持ち、航空史上で類を見ない巨大さと能力で知られていました。
全長84メートル、全幅約88メートルにも及ぶこの航空機は、当時世界最大の旅客機であるエアバスA380の全長73メートルを凌駕していました。
32本のタイヤを備える主降着装置と、左右の翼にそれぞれ3つずつ配置された計6つのエンジンを持つこの機体は、その構造からも他に類を見ない特異性を持っています。最大250トンの貨物を積載する能力を持ち、戦車や鉄道車両、航空機の部品、さらにはスペースシャトルの部品など、重量級の貨物を運ぶために世界中を飛び回っていたのです。
その存在は、単なる輸送機の枠を超えて、技術的な成果と人類の野心を象徴するものでした。
6人体制で運行!コクピットも規格外!!
アントノフ航空の公式Twitterが公開したAn-225「ムリーヤ」のコクピットの動画は、現代の航空機のイメージとは一線を画しています。一般的な飛行機の操縦席とは異なり、An-225のコクピットは広大なスペースを有し、パイロット2人の後ろにはさらに4人のエンジニアが着座できるほどの大きさです。これにより、計6人体制での運航が可能となっています。
コクピット内の様子は、多くのアナログ計器で埋め尽くされており、現代の飛行機で見られるような大型ディスプレイは存在しません。6発のエンジンを操るための「スラストレバー」は6つあり、それぞれのエンジンの出力を調整します。この機体が運航される際には、パイロットとエンジニアが密に連携し、複雑な操作を行う必要があったことがうかがえます。このような設計は、An-225が生まれた時代の技術を色濃く反映しており、航空技術の進化を物語っています。
#Antonov Airline’s #AN-225 Mriya returned to the commercial market by safely transporting equipment from the Middle-East to the United Kingdom, supporting a withdrawal in #NATO presence from the region.
— ANTONOV Airlines (@AirlinesAntonov) July 2, 2021
The AN-225 Mriya – the only one in the world – has cargo capacity up to 250 t pic.twitter.com/IREkYptxxT
ムリーヤの運命に関する混乱と確認作業
2月25日未明、ウクライナ軍がホストメル空港を奪還した際、「ムリーヤ」は無事であるとされていました。しかし、アントノフ社の公式Twitterアカウントは2月27日の午前、ムリーヤが失われたとする報告に対して否定的な反応を示しました。
格納庫で複数の火災が発生
同日19:10には、ホストメル空港の格納庫内で破壊され炎上するAn-225の様子を捉えた衛星画像が投稿され、NASAの火災情報データによって空港内の複数の火災が探知されていました。これらの火災は、27日午前11時13分に探知されたとのことです。NASAは、自身の衛星だけでなくNOAAの衛星からもデータを収集していますが、火災が軍事攻撃によるものかどうかを明らかすることはできませんでした。
ウクライナの外相「ロシアによって破壊された可能性」
ウクライナの外相ドミトロ・クレバは、「An-225」がロシアによって破壊された可能性を示唆するツイートを投稿しました。これに対し、アントノフ社は、航空機の状態を専門家によって検証するまで詳細を報告できないと答えました。
ウクロボロンプロムは当初「An-225」が破壊されたと発表していました。しかしその後、空港がロシア軍によって占拠されているため、機体を調べることも状態や復元の可能性とコストを評価することもできないと発表を修正しました。
「ウクライナ側が破壊した」ロシアは関与を否定
ロシア軍による破壊が指摘されている中、ロシア国営放送は2022年3月4日に大破したとみられるムリーヤの映像を放送し、「ウクライナ側が破壊した」と主張しました。
「ムリーヤ」の残存する証と戦闘の爪痕
ロシア軍はアントノフ空港の占拠を続けていたが、3月末までに撤退し、その結果ムリーヤの破壊がウクライナ側によっても確認される状況となりました。
CNNは3月31日に撮影された衛星写真に基づき、ロシア軍がアントノフ空港から撤退したことを報道、現地で取材を始めたCNNの記者は、この「夢」を意味する名を持つ機体の破壊の全貌を目の当たりにしました。
侵攻が始まった時、An-225「ムリーヤ」は整備を待つ状態で格納庫にありましたが、その格納庫の壊れたアーチの下に破壊された姿で横たわっていました。
ムリーヤを支えていた多数のタイヤはその場にあり、ウクライナの象徴である青と黄色のライン、そしてムリーヤの「225」という数字が機体に誇りを持って表示されているのが確認できました。また、別の機体であるノーズコーンもボロボロになりながら原型を留めていました。
飛行場の周囲には、トラック、戦車、装甲兵員輸送車、使用済み燃料缶など、ロシアの装備品が破壊され散乱しており、激しい戦闘の跡が明らかになっています。
「これまで働いてくれてありがとう」
4月2日には地元メディア「キーウ・ポスト」の記者がアントノフ空港で撮影されたムリーヤの写真と「これまで働いてくれてありがとう」という追悼のメッセージをTwitterに投稿しました。
R.I.P. Antonov An-225 Mriya.
— Illia Ponomarenko (@IAPonomarenko) April 1, 2022
Thank you for your service. pic.twitter.com/UrxV3p7ynr
整備中だったため侵攻当初、飛ぶことができなかった
An-225「ムリーヤ」は2022年2月5日にデンマークのビルン空港からウクライナのキエフ郊外に位置するアントノフ国際空港へと向けて飛び立ちました。結果的にこれが最後の飛行になりました。
ロシアがウクライナに侵攻を始めた2月24日から、この巨大航空機の動向は世界中の注目を集めていました。
侵攻初日の朝、ムリーヤはアントノフ国際空港で定期整備中であったため、飛び立つことが不可能な状態でした。アントノフ航空の報告によると、整備中には1基のエンジンが修理のため分解されていたとのことです。
実は、ムリーヤは2機製造される計画で始まりましたが、2機目は完成しないまま倉庫で保管されており、1機目のムリーヤの修理用に部品が取り外されていたのです。
An-225「ムリーヤ」の誕生背景と冷戦時代の遺産
An-225「ムリーヤ」は、冷戦時代の遺産として、当時のソビエト連邦が衛星国家であったウクライナで製造されました。
1970年代、ソ連はアメリカの宇宙進出に対抗するために、自身の版スペース・シャトルである「ブラン」を宇宙に打ち上げる「ブラン計画」を進めていました。この計画では、製造工場から発射場所、さらには帰還後の着陸地へ「ブラン」を空輸する方法が必要でした。この巨大な任務を達成するためには、通常の輸送機ではなく、はるかに巨大な輸送機が必要でした。
当時、アントノフ設計局の最大の輸送機であったAn-124「ルスラン」でも、「ブラン」を運ぶには小さすぎたため、An-124をベースに大型化し、さらにエンジンを6基搭載して、より大きな貨物を運べるように設計されたのがAn-225「ムリーヤ」です。
アメリカではスペース・シャトルをボーイング747の胴体上に載せて輸送していましたが、ソ連では「ムリーヤ」がその役割を担うことになったのです。
この航空機は、その後も世界最大の貨物を運ぶ能力を持つ輸送機として活躍し続けました。
「ムリーヤ」の運命転換と再活用
An-225「ムリーヤ」は1988年に初飛行を果たしましたが、その主要な目的であったブラン計画がソビエト連邦の崩壊後に中止されたため、その運命は突如として未定のものとなりました。ブランが宇宙でわずか1回の無人飛行を終えた後、An-225は使命を失い、長い間放置されることになります。その巨大なサイズのために運用できる空港が限られていたこともあり、ウクライナの工場にて部品取りのために放置され、スクラップ同然の状態で保管されていました。
しかし、その後アントノフは企業としての新たな一歩を踏み出し、An-124「ルスラン」を用いたチャーター便を売りにする新しい航空会社を設立しました。これが、アントノフ航空の始まりです。
An-225「ムリーヤ」の商業飛行への復帰
An-225「ムリーヤ」は、アントノフ航空の再編の中で、世界の舞台に再び登場しました。特大型貨物の航空輸送に対する需要が高まる中、2002年にAn-225は商業飛行を開始し、再び活動を始めました。
この巨大な飛行機は、その独特な輸送能力を活かして、特大や重量級の貨物を運ぶという独自の市場ニッチを埋めることに成功しました。
これにより、ムリーヤはただの冷戦時代の遺物から、グローバルな物流と輸送の要としての地位を確立しました。その後も、An-225は世界各地で重要な貨物を輸送する役割を果たし続け、航空輸送史において独特の地位を築いています。
過去には日本にもやってきた!
An-225「ムリーヤ」は、その巨大な積載能力を活かして、国際的な支援活動にも大きな役割を果たしました。2010年には、日本政府が自衛隊の海外派遣の際にAn-225をチャーターし、カリブ海の島国ハイチへ108トンもの重機や車両を輸送しました。この時、航空自衛隊のC-1やC-130H輸送機では運びきれない大きさの物資を、ムリーヤが輸送することで迅速な支援が可能になりました。
さらに、2011年3月25日には、東日本大震災の発生を受けてフランス政府がAn-225をチャーター。140トンに及ぶ人道支援物資、発電機、原子力災害対策用の物資をフランスから日本に運びました。
COVID-19パンデミック時の活躍
2020年、世界が新型コロナウィルスパンデミックという未曽有の危機に直面する中、「ムリーヤ」は重要な役割を担いました。この年、ムリーヤは医療機器などの緊急物資を輸送するために活動し、5月に2回、6月に1回と、合計3回にわたって日本の中部国際空港セントレアに飛来しました。セントレアは、その広大な駐機場と過去の運用実績を考慮に入れ、ムリーヤにとって理想的な経由地となりました。
セントレアとムリーヤの間には、日本の周辺国への飛行時に給油やその他の目的でセントレアを利用することが何度もあるなど、深い関係が築かれています。この巨大飛行機がセントレアに度々飛来するのは、空港のキャパシティや地理的な利点、そして過去の飛行実績が大きく影響していると考えられます。パンデミックの緊急事態において、ムリーヤのような特大輸送機が果たした役割は計り知れず、多くの国や地域の医療体制支援に大きな貢献をしました。
再建計画と国際的な支援の動き
ウクライナ国営防衛企業ウクロボロンプロムが発表したところによれば、「ムリーヤ」の再建には約30億ドル(約3680億円)が必要とされています。この費用は莫大ですが、アントノフ社はすぐさま国際基金を設立し、この象徴的な「巨鳥」を「不死鳥」の如く蘇らせるための資金集めを開始しました。目指すは、ただの飛行機の復活を超えた「夢・希望」の再燃です。
この再建プロジェクトに対する国際的な関心も高まっており、イギリスの実業家で億万長者のリチャード・ブランソン氏が2022年6月29日にウクライナを訪れ、ムリーヤの残骸を視察しました。ブランソンはムリーヤ再建プロジェクトについてウクライナの当局者と協議を行い、「できる限りの支援をしたい」との意向を示しました。
この発言は国営ウクルインフォルム通信をはじめとするメディアによって報じられ、世界各国からの支援を象徴するものとなっています。
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