【ウクライナ危機(47)】「北京2022年パラリンピック」 ウクライナのアスリートが伝える平和のメッセージとメダルの背後にあるストーリー

2022年の北京パラリンピックで、ウクライナのアスリートたちはただのスポーツ選手以上の役割を果たしました。祖国が危機に瀕している中、彼らは世界の舞台で「NO WAR PEACE FOR UKRAINE」というメッセージを胸に抱き、競技に臨みました。その情熱と決意が結果に結びつき、ウクライナは過去最多のメダルを獲得。しかし、彼らが最も伝えたかったのは、メダルの数ではなく、平和への切実な願いでした。

【ウクライナ危機(46)】中露の未来は?オリンピック休戦の違反と習近平の立場
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東京五輪中止! そのときアスリートたちは。 新型コロナで東京五輪は延期。今、アスリートたちは夢の舞台を信じ、黙々と練習に励んでいるが、かつての日本には、夢のみならず命までも奪われたアスリートたちがいたーー。 1940年に開かれる予定だった“幻の東京五輪”。活躍が期待された選手たちは、戦争一色に染まる時代の中でスポーツの晴れ舞台から去り、戦地へと送られた。有名なアスリートたちは、国威発揚のために”宣伝効果”の高い激戦地に送り込まれ、多くの者が遠く離れた地で無念の死を遂げた。 いま再び、東京五輪が混乱する中、アスリートの尊厳を奪った戦争の事実を明らかにし、彼らの激動の人生を見つめる。 2019年8月18日に放送されたNHKスペシャル「戦争と“幻のオリンピック” アスリート 知られざる闘い」の書籍化。同番組は、北島康介や長谷部誠がガイド役となり“幻の東京五輪”で活躍が期待されたアスリートたちの無念の人生を辿り、話題となった。戦地に赴いたアスリートたちが家族に宛てた手紙や遺族の証言など、番組で放送できなかった重要資料も加え、個人のエピソードを軸に、戦争とスポーツの関係を改めて問う。(「Books」出版書誌データベースより)

Beijing 2022 Paralympics

ピース!ロシアがウクライナに侵攻する中で始まった『北京2022年パラリンピック』

Paralympic Games/YouTube

北京2022年のパラリンピック開会式の瞬間、歴史的な出来事が舞台裏で進行していました。それは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻です。この緊迫した状況の中で、スポーツの祭典が幕を開けました。

国際パラリンピック委員会のアンドリュー・パーソンズ会長が開会式での演説、その声には強い決意と情熱が込められていた。パーソンズ会長の「ピース!」の叫びは、ただの言葉以上のもので、世界中の人々の心に響きわたりました。

パラリンピックの起源と理念

パラリンピックの起源は、第2次世界大戦の負傷兵のリハビリから始まりました。それ以来、パラリンピックは多様性を尊重し、公平性と平和の精神を前面に押し出してきました。そのため、北京2022年の状況は、その原点から大きく逸脱した状況でした。

選手たちの現実

多くの国々が支持した「オリンピック休戦」は、守られることなく破綻してしまいました。一方で、侵攻を始めた国のロシアと、それを支持するベラルーシの各選手が「中立」としての出場を認められたことは、この決議の重要性を再認識させる出来事となりました

しかし、侵攻を受けているウクライナの国の選手たちは、不安と心配の中での大会となりました。家族や友人との連絡が途絶える中でも、選手らは最高のパフォーマンスを目指して闘い続けました。彼らの姿は、スポーツを通じての平和の訴えの象徴だったのです。

北京2022年パラリンピック – ウクライナ選手団の参加危機

実は、北京2022年パラリンピックに参加を果たすべきウクライナのアスリートたちは、その夢の実現が危ぶまれる状況に直面していました。

ロシア軍のウクライナ侵攻は多くの生活を混乱させるとともに、スポーツの世界にも影響を及ぼした。この緊急事態により、ウクライナ選手団が北京へ移動すること自体が、非常に困難な状況に陥ったのです。

国際パラリンピック委員会のアンドリュー・パーソンズ会長は、ウクライナ選手団の北京パラリンピックへの参加が危ぶまれることを公式に伝えました。この件について、ウクライナ・パラリンピック委員会との間で話し合いがあったことを明らかにし、パーソンズ会長は「とてつもなく大きな挑戦」という言葉を使いながら、その深刻な状況を世界に訴えました。

しかし、ウクライナのパラアスリートたちは、戦火の影響を受けながらも、北京大会に出場することへの強い願いを持ち続けていました。彼らの情熱と献身は、ただの競技以上のもので、その背景には国への愛と誇りがあったのです。

ウクライナ選手団の困難な道のり

北京パラリンピックの開幕を控え、ウクライナの選手たちは国の危機の中、ただ一つの目標に向かって進む決意を固めていました。その道のりは困難に満ちており、多くの障害が彼らを待ち受けていました。

緊迫する出発

当初は2月25日に首都のキーウを出発する計画でしたが、ロシアの侵攻により急遽変更を余儀なくされました。民間便の運行停止という状況の中、選手たちは新しい脱出ルートを探り始めました。

国を横断する脱出

まず、ウクライナからの脱出のためにバスに乗り、ポーランド国境を目指しました。それは、2000キロ以上の長い道のりでした。ポーランドに到着後、さらにスロバキア、オーストリアと国を横断、最終的にイタリアのミラノに到着しました。この長く過酷な旅路は、選手たちの心身を試すものとなりました。

合宿地での再会

ミラノには、すでに合宿中のウクライナの選手たちがいました。競技に必要な道具とともに、彼らは困難な状況を乗り越え、仲間との再会を果たすことができたのです。この再会は、彼らが北京での競技に向けての準備を進める大きな一歩となりました。

ウクライナ選手団、SNSでの抗議と表明

3月2日、ウクライナ選手団はミラノの合宿地で、インスタグラムを通じて北京冬季パラリンピックへの参加意志を世界に向けて発信。30人以上の選手と関係者が一堂に会し、バスの前で「われわれはウクライナ、ウクライナの平和!」というローガンとともに、団結の姿を示す動画を公開しました。

さらに、ウクライナ選手団はIPCのパーソンズ会長に対し、公開書簡を通じてロシアとベラルーシの選手の大会除外を求めた。彼らは両国の多くの選手が戦争を正当化する考えに毒されていると主張。国際スポーツの舞台で、政治的な問題を避けることの難しさを改めて浮き彫りにしました。

開幕前日の北京到着

3月3日、開幕の前日に、ウクライナ選手団は北京に到着しました。多くの困難を乗り越え、選手たちはついにパラリンピックの舞台に立つ準備を整えることができたのです。

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困難を乗り越えての参戦

同日の記者会見で、ウクライナ・パラリンピック委員会のワレリー・スシュケビッチ会長は、疲れ切った様子で「4昼夜かけてここまで来た」と振り返り、選手らの到着を「奇跡」と称しました。

そして、ウクライナ・パラリンピック委員会としての25年の経験の中で、今回のパラリンピックは最も困難なものであったと、スシュケビッチ会長は述べました。

戦争の影響と大会への思い

選手団が大会への参加を続ける動機は、ウクライナの存在を国際舞台で示す必要性であり、ウクライナがパラリンピックという世界の舞台でリーダーであることを再確認することでした。スシュケビッチ会長は、ウクライナの存在を示すため、そしてウクライナの未来を明るくするために、大会への参加が非常に重要であると感じていました。

帰国への不透明な未来

北京のパラリンピックが終わった後、選手団がウクライナに帰国できるかどうかは未だ不明であり、その背後には戦争の影響があります。スシュケビッチ会長は、国際社会が戦争を終わらせるための具体的な行動をとることを切に願っていると述べました。

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北京パラリンピックとロシア・ベラルーシの参加問題

今大会では、ウクライナ侵攻により、ロシアと軍事面で協力関係にあるベラルーシの選手たちの処遇が注目されてました。

北京パラリンピック大会への参加に関して、IPC(国際パラリンピック委員会)は当初、中立的な立場での個人出場を認めると発表しましたが、国際世論からの強い反発を受けて、翌日に撤回しました。

その結果、両国の選手団は大会への参加が認められず、除外されるという一幕がありました。

このエピソードの始まりは2022年2月28にさかのぼります。

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国際オリンピック委員会の勧告と背景

2月28日、国際オリンピック委員会(IOC)が、ロシアとベラルーシの選手および役員を全ての国際大会からの除外するように、国際競技連盟(IF)や大会主催者に対して勧告しました。

ただし、急な勧告のため組織または法律上の理由で除外が不可能な場合は、両国の名称を使った選手としては参加させないことを強く要請。

この勧告は突然出されたものだったため、例外として、組織的、または法的な問題で除外できない場合は、「中立」として参加できるとしました。この「中立」の立場とは、選手が国の名前、国旗、国歌、またその他の国を象徴するものを使用せずに参加することを指していました。

IOCのこの決断の背景には、スポーツの公正性と参加者全体の安全確保という理念があります。

今回の勧告について、IOCは声明を発表し、「国際スポーツ競技の高潔さを守り、すべての参加者の安全を確保するため」と今回の勧告理由を述べました。

また、「オリンピック休戦」の違反があったという指摘し、この違反により「ロシアとベラルーシの選手たちはスポーツ大会に引き続き出場できるが、ウクライナの多くの選手は、自国が攻撃されたために出場できずにいる」と主張しました

その上で、「ウクライナにおける戦争は、オリンピック運動を苦境に追いやっている」と強く非難しました。

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国際パラリンピック委員会の措置

3月2日、この勧告を受けた国際パラリンピック委員会(IPC)は、ロシアおよびベラルーシの選手たちに対して「中立」な立場でのパラリンピック参加のみを認めるという決定を下しました。

この決定は、ロシアとベラルーシがウクライナに対して行っている行動に関する国際的な懸念を背景に、パラスポーツの公正性と精神を保持するためのものでした。

これによって、両国の選手たちはIPCの方針に従い、自国のシンボルや国旗、国歌を使用することが禁じられ、パラリンピックの旗や同讃歌に置き換えられることになりました。

更に、両国が「オリンピック休戦決議」を破っている事実に対して、「重大な懸念」が示され、今後のIPCの総会で、この休戦決議の順守を加盟条件とするかどうかの採決が行われることが決定されました。

このIPCの決定は、ロシアとベラルーシでの開催が予定されている全てのIPC管轄の国際競技連盟の大会にも影響を及ぼし、両国での開催が禁止されることになりました。さらに、ロシアのプーチン大統領に以前授与されていたパラリンピック勲章の撤回も決定されました。

IPCのこれらの決定は、両国の選手たちが軍事侵攻に直接関与しているわけではないとの認識の下、選手らの競技する権利を守るためのものであるといえます。

事実、北京オリンピックの際にも、ドーピング問題が浮上したロシアの選手たちは「ロシア・オリンピック委員会」の一員として中立な立場で大会に参加していました。IPCの今回の決定も、その方針に準じたものと言えます。

Global News/YouTube
ウクライナの記者がIPC会長に涙の訴え

この決定の直後に開かれた国際パラリンピック委員会(IPC)の記者会見で、ウクライナの地元紙キーウ・ポストのリー・リーニー記者が、戦争の犠牲となった若きウクライナのパラ選手の写真を掲げ、ロシアによるウクライナへの攻撃を問題にする涙の訴えを行いました。

ロシアによる攻撃により命を失ったとされる19歳のバイアスロン選手の写真を見せながら、「彼は昨日命を奪われ、大会への出場の機会を持たなかった。彼の家族に何と言うのか?」と、声を震わせながらパーソンズ会長に向けて涙を流しながら熱く問いかけました。

対するパーソンズ会長は深い悲しみを込めて、「ウクライナの人々の痛みは計り知れない。私たちにできるのは、IPC規定の範囲内で最大限の制裁を科すことだけだった」と述べ、理解を求めました。

ウクライナ選手団と「グローバル・アスリート」の共同声明

ウクライナの選手たちと、選手の権利や利益を守るための活動を行う団体「グローバル・アスリート」は、国際パラリンピック委員会(IPC)の決定に対して共同で声明を発表。この声明で彼らは、IPCの決定がウクライナの選手たちと市民に深い打撃を与えたことを強調しました。

声明では、前日に19歳のウクライナのバイアスロン選手、イェフヘン・マルシェフが戦闘で命を失い、ウクライナを守るために戦ったことを取り上げ、「スポーツ界が真の制裁を下す前に、何人の命が失われるべきなのか?」とIPCに問いかけました。

さらに、「ロシアとベラルーシの権力者たちが、彼らの国の選手たちの出場を政治的な宣伝として利用することに、中立という名の下で寛大な対応をしてはならない」と指摘。そして、「IPCは、ロシアとベラルーシの暴力行為に最も厳しい制裁を下すことができたはずだ」と続けました。

更にIOCとIPCが政治的利益を優先していると非難し、「スポーツは間違いなく政治的であり、プーチン大統領はオリンピックやパラリンピックを国のアジェンダの推進ツールとして使ってきた。多くのロシアのオリンピック・パラリンピック選手はロシア軍のメンバーであり、IOCとIPCの”政治的中立性”というスタンスは、実際には人権や平和を守るための行動から目を背ける便利な言い訳に過ぎない」との考えを強調しました。

ウクライナのトップアスリートがロシアとベラルーシの除外を要求

ウクライナの9人のトップアスリートが集まり、ロシアとベラルーシの選手の大会からの除外を公に要求する動画メッセージを公開。この動画は東京五輪で柔道女子48キロ級で銅メダルを獲得したダリア・ビロディドが自身のインスタグラムに投稿し、多くの注目を浴びました。

ビロディドは、IOCのバッハ会長やIPCのパーソンズ会長に向けて、ウクライナの選手たちが戦争のために自分たちの故郷や家族を守ることを余儀なくされているという現状を伝え。さらに、「侵略国は大会に参加する権利を持たないべきだ」という強いメッセージを送り、「スポーツは平和の道具として活用されるべき」と強調しました。

この要求は、ビロディドだけでなく、東京五輪でレスリング男子グレコローマンスタイル87キロ級で金メダルを獲得したジャン・ベレニュク、テニス女子シングルスで3位に入ったエリナ・スビトリナ、北京冬季五輪でフリースタイルスキー男子エアリアルで2位となったオレクサンドル・アブラメンコなど、多くのメダリストも参加していました。

複数国からロシア・ベラルーシとの対戦拒否の動き

ロシアおよびベラルーシとの競技への参加をめぐる問題は、ウクライナだけでなく他の国からも反響を呼ぶ事態となりました。特に、ウクライナ・パラリンピック委員会の強い立場に加え、ドイツやスイスなどの国々からも同様の不満の声が上がりました。

これに加え、車いすカーリングやパラアイスホッケーといった団体競技においても、ロシアやベラルーシとの対戦を拒否する国が現れ始めました。これは、スポーツの舞台における政治的立場の表明として、または選手たち自身の安全や精神的健康を考慮した結果としての行動であると考えられます。

ロシアとベラルーシの北京パラリンピックからの除外が確定

3月3日、このような多くの抗議や批判を受けた国際パラリンピック委員会(IPC)は、一転して北京パラリンピックへのロシアとベラルーシ選手の完全な除外を発表。前日までの方針は、これらの国の選手が個人資格での参加を認められるというものだったが、その決定を覆す形となりました。

実はこれまでも、IPCはロシアとの関係で厳しい姿勢を取ってきた背景があります。2016年のリオデジャネイロパラリンピックでは、ロシアの国家主導のドーピング問題が明るみに出た際、全ロシア選手団の出場を認めませんでした。

この事件以降、国際スポーツ界ではロシアを中心とした薬物問題への対応が厳格化され、多くの競技会や大会でロシア選手団の参加が問題視されるようになっていきました。

IPC、北京パラリンピックからのロシア・ベラルーシ選手団除外を再確認

IPCのパーソンズ会長は、その後の記者会見で北京パラリンピックからロシアとベラルーシの選手団を除外する方針の変更について説明。前日の方針との大きな変更に関して、国や選手団のボイコットに対する危機感を明らかにしました。

具体的な数は示されなかったが、「ロシアとベラルーシの選手たちが北京に留まる場合、他の多くの国が撤退する可能性がある」と述べ、多数の国や選手団が大会のボイコットを検討しており、大会そのものの開催が困難になる恐れがあったとの懸念を示した。

除外されることとなった両国のパラアスリート83人に対し、パーソンズ会長は、政府の政治的行動の影響を受けたことを深く悔やんでいるとのコメントを残しました。また、アスリートの安全とセキュリティの確保が最優先事項であり、現在の選手村の状況がエスカレートしていることにも触れました。

ウクライナの側からも、競技の舞台でロシアやベラルーシの選手と対戦することへの強い抵抗感があることが明らかとなっています。ウクライナ・パラリンピック委員会のワレリー・スシュケビッチ会長は、ロシア勢が国際スポーツからの排除を受けることについて、彼らの国が行った行為に対する当然の結果であるとの立場を示していました。

Guardian Sport/YouTube
ウクライナは決定を歓迎、ロシアとベラルーシの選手団は帰国へ

除外が決定された3月3日に、ウクライナの選手団が1週間遅れで北京に到着しました。到着後の選手団はこの決定について、「パラリンピックファミリーの連帯が示された」として歓迎しました。

それとは対照的に、除外が公式に発表されるまで北京で練習を続けていたロシアとベラルーシの選手・役員たちは、状況の急変により急遽帰国の手続きを始めることとなりました。SNSを通じて、出場を楽しみにしていた選手たちの失望や悔しさを示す投稿が相次いぎました。

ロシア側からは、この決定に対し「受け入れ難い暴挙」という厳しい批判の声が上がりました。しかし、最終的には北京での競技参加が不可能となったため、両国の選手は帰国を余儀なくされました。

ロシア空港では選手を盛大に出迎えた

3月6日に帰国したロシアパラリンピック選手団は、空港で熱烈な歓迎を受けました。この件に関して、多くの選手や関係者から除外について激しい批判が飛び交う中、北京オリンピックでのクロスカントリースキーの金メダリストであるナタリア・ネプリャエワも意見を表明した。

26歳の北京五輪で3つのメダル(女子4x5kmリレーの金メダルも含む)を獲得したネプリャエワは、ロシア国営通信社『タス通信』の取材に対して、怒りのあまり言葉を失ったような反応を見せ、「こんな状況になってしまうと、どんな慰めの言葉も選手たちの心の傷を癒せない。私自身が同じ状況に立たされると想像するだけで、胸が苦しい。ロシアのパラリンピック選手たちは、(IPCからの)非人道的な扱いを受けたとしか言いようがない。強烈な怒りを感じる」と語りました。

ロシア、北京パラリンピック除外を受けて別の国際大会を開催へ

ロロシアとベラルーシ選手の除外を受け、ロシアメディアは代替としての国際スポーツ大会を計画していることを報じました

この報道によると、3月15日からソチでコモンウェルス諸国の国際大会を開催する予定で、この大会には北京パラリンピックから除外され、3月6日に北京を離れる予定のロシアとベラルーシの選手団が出場する見込みだと言います。

これについて、ロジコフ会長代理は、「私たちは、コモンウェルス諸国の国際スポーツゲームを開催します。過去にも2018年の平昌五輪大会後に、五輪に出場できなかった選手たちのために特別に開催された国内大会がありました。そして選手たちは、五輪相当の報酬を受け取りました。今回の大会の開催資金は予算に確保されており、大会は3月15日から3月19日までの期間に開催される予定です。開催場所については、後日発表する予定です」と語りました。

この動きは、ロシアが国際的なスポーツの舞台から除外される状況を受けて、国内の選手たちに対する支援や評価を維持するための取り組みとして捉えられました。

IOC会長バッハのスピーチ「ロシア選手の除外は制裁ではない」

2022年5月20日、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は、IOC総会のスピーチの中で、ロシアとベラルーシ選手の国際大会からの除外について触れ、その背景と意図について詳しく語りました。

バッハ会長は、この決定を「制裁」とは位置づけず、「予防措置」としての側面を強調。「制裁は罪を犯した対象に対するもの。五輪委や選手が戦争を起こしたわけではない。我々の意図は、選手や大会を守ることだった」との立場を示しました。

さらに、多くの国でのロシアやベラルーシに対する強い反感に触れ、「競技大会でロシアやベラルーシの選手の安全を保証するのは難しい」と指摘。また、IOCが速やかな行動を取らなければ、一部の国がロシアやベラルーシの選手の入国を拒否したり、自国の選手にロシアやベラルーシの選手との対戦を禁止する可能性が高まると警告しました。

バッハ会長は、政治がスポーツ競技の参加権を決定する動きについての危険性を強調。「これが広がれば、A国がB国の選手の参加を拒否し、C国がD国の選手との対戦を禁じるようになる。そうなれば、国際スポーツの基盤が崩れ去る」と警鐘を鳴らしました。

このようなスピーチは、6月8日の夏季五輪国際競技連盟連合(ASOIF)総会の冒頭でも再度行われ、同じように繰り返されました。

バッハ会長のこの発言は、政治とスポーツが密接に結びつく危険性と、それによって国際スポーツ界全体がどのようなリスクにさらされるのかを強調するものでした。

パラリンピック開幕、ウクライナ選手団が平和を求める強烈なメッセージを発信

2022年3月4日、ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、北京2022冬季パラリンピックの開幕の日を迎えました。この大会は、ロシアとその支援国であるベラルーシの選手が開幕直前に除外されるという前例のない措置が取られたことで、特別なものとなった。

ウクライナの選手団は、開会式前の待機時間に「STOP WAR(戦争をやめろ)」、「PEACE FOR UKRAINE(ウクライナに平和を)」と書かれた横断幕を高く掲げ、紛争の中でも彼らの平和への強い願いを全世界に伝えました。

ウクライナ・パラリンピック委員会(UPC)から公開された動画には、選手たちと共に、UPCのスシケビッチ会長が「PEACE FOR UKRAINE」と力強く叫ぶ姿が収められています。この瞬間、他国の選手たちも彼らの訴えに感動し、拍手を送りました。スシケビッチ会長は感極まって涙を見せていました。

「STOP WAR」「PEACE FOR UKRAINE」北京開幕直前!ウクライナの選手が平和を訴える

No Comment TV/YouTube

ウクライナ選手団の入場、開会式のハイライトとして注目集める

開会式はオリンピックの同様に、国家体育場(鳥の巣)で行われました。

北京の国家体育場(鳥の巣)は、特にこのような大きな国際イベントにおいて、参加者や観客を魅了する独特のアーキテクチャで知られています。

開会式は、伝統的な演出と最新のテクノロジーが融合した華麗なショーとなり、観客たちは息をのむような瞬間を何度も体験しました。しかし、一つ一つの国がスタジアムに入場する際の行進は、特に印象的で感動的な瞬間でした。

特に目立ったのはウクライナ選手団の登場でした。「ウクライナ!」のアナウンスと共に、ウクライナ選手団が4番目に入場すると、会場は一瞬の静寂の後、大きな歓声と拍手に包まれました。

旗手マクシム・ヤロビーは、ソチおよび平昌五輪でバイアスロンと距離スキーのカテゴリーで合計5つのメダルを持っている実績を誇るアスリート。彼が車いすに乗りながら誇らしげに国旗を掲げる姿に、感動の波が会場を覆いました。

選手たちの表情は冷静で、彼らが直面している国の状況を物語るような真剣な雰囲気が漂っていました。多くの選手が拳を握り、肩や胸に打ち付ける仕草で、戦争に対する強い反対の意志を示していました。その中で、特に印象的だったのは、拳を高く掲げる車いすの選手たちの姿でした。

これは、彼らが厳しい状況の中での参加によって、世界に向けての強いメッセージを発していると受け取られました。

周りの国の選手たちがリラックスした雰囲気で笑顔を振りまいて入場する中、ウクライナの厳粛な態度は他の国とは明らかに異なるものでした。

キーウ・ポストのリー・リーニー記者は、「彼らは私たちの希望です」と国旗を広げながらコメント。この一コマは、ウクライナの現状と国民の思いを強く表していたと言えます。

ネット上の反応も熱く、「ウクライナ選手の入場に涙」「日本代表よりも頑張れと叫んでしまった」といった声が多数寄せられました。この開会式は、スポーツの中での国々の絆と、それぞれの背景にある物語を感じさせるものとなりました。

Paralympic Games/YouTube

パーソンズ会長(IPC)がスピーチで“平和”を訴えた

北京2022冬季パラリンピックの開会式で、IPCのパーソンズ会長が、異例のスピーチで会場と視聴者の心をつかみました。

「今夜はまず、平和のメッセージから始めなければなりません……私は今、世界で起こっている出来事に強い衝撃を受けています。21世紀は対話と外交の時代のはずです。戦争と憎しみの時代ではないのです!」

パーソンズ会長のスピーチは、冒頭から力強いメッセージで始まり、会場は大きな拍手の音が鳴り響きました。

この背景には、ロシアとベラルーシの選手に対して一時的な大会出場を認めたものの、各国からの反対を受けて、最終的には両国を除外するという、前代未聞の苦渋の決断がありました。その苦渋の決断についてのパーソンズ会長の本音が、スピーチを通して伝わってきました。

パーソンズ会長は、パラリンピアンが示すスポーツの姿についても触れ、「対戦相手は敵である必要はない」と力説。さらに「世界は共に生きる場所であり、分断されてはならない」と強調しました。

中国の観客からも熱烈な拍手が起きる中、会長は「変化はスポーツから生まれ、人々の生き方や町、国までを変える力がある」と述べました。

スピーチの終盤に、「謝々(中国語)」「Thank you very much(英語)」「Muito obrigado(ポルトガル語)」と、異なる言語で感謝の言葉を伝えた後、最後には「ピーーース(平和)!」と絶叫。この瞬間、スタジアムは拍手と大歓声に包まれました。

Paralympic Games/YouTube
障害者に光を当てる唯一の大会!パーソンズ会長の信念

IPCのパーソンズ会長は、後の記者会談で、パラリンピックの特異性とその発信力について「パラリンピックは世界で唯一、障害者に光を当てる大会だ」と語りました。

また、開会式での「ピース!(平和を)」という衝撃的な叫びについて触れ、それがリハーサルを経ていない「魂の叫び」であったことを明かしました。

KyodoNews/YouTube
中国メディアのパーソンズ会長スピーチの取り扱いに疑問の声

パーソンズ会長のスピーチは、多くの人々の心に響くものでした。しかしその一部は、中国の中央テレビの放送では伝わっていませんでした。

スピーチ中、通訳が突如として沈黙し、手話通訳も動きを止めました。さらに、パーソンズ会長の音声は一時的に小さくなり、言葉が聞こえにくくなりました。そして、感情的な締めくくりとなる「ピース!」という叫びは、通訳もされませんでした。

このような対応がなされた背景には、スピーチの内容がロシアへの非難やウクライナへの共感を含んでいたため、中国がそれを隠そうとしたのではないかとの憶測が飛び交いました。さらに、その部分の映像はネット上から削除されており、中国のネットユーザーからも「一体何を話していたんだ?」「なぜ戦争反対の部分を訳さない」と疑問の声が上がりました

3月5日付けの中国の新聞各紙も、開会式を大きく取り上げてはいますが、パーソンズ会長の平和を訴えるスピーチの内容については、一切触れられませんでした。

また、ロシアも北京でのパーソンズ会長のスピーチの内容にはメディアは一切触れることはありませんでした。

ANNnewsCH/YouTube
ロシア、北京パラリンピック除外を受けて別の国際大会を開催へ

ウクライナ侵攻中の中でのパラリンピック競技が開始

北京パラリンピックで各国のアスリートたちが競い合う中、世界の目はロシアによるウクライナ侵攻の影響を受けるアスリートたちに注がれていました。

北京パラリンピックでのウクライナの金メダル1号

北京パラリンピックの2日目、ウクライナのバイアスロン選手、グリゴリー・ボウチンスキーが男子スプリント立位で金メダルを獲得したことは、特に印象的な瞬間となりました。

ボウチンスキーは勝利後のフラッシュインタビューで、「ロシアが攻めてきたとき、何が起こっているのかを完全に理解するのは難しかった」と述べ、祖国の現状を胸に抱きながらの戦いとその勝利の意義について心情を語りました。

その言葉からは、自身がレースを迎えるに当たっての強烈なプレッシャーと、それを超えて勝利をつかんだ後の達成感が伝わってきました

そして、「私はこの金メダルを、苦しむウクライナの人々に捧げたい。彼らの平和のために」とこの金メダルがただの個人的な勝利ではないことを強調しました。

ウクライナの状況について、「私はウクライナを愛している。毎日のように涙する中、競技に取り組むのは本当に大変だった。しかし、私たちがここでできることは、スポーツを通して平和を求め、ウクライナの声を世界に届けることだと感じている」と彼は語り、北京での勝利が、自分だけでなくウクライナ全体の勝利でもあることを示しました。

このボウチンスキーの言葉には、スポーツを超えたメッセージが込められており、多くの人々の心を打ちました。

Paralympic Games/YouTube
ウクライナの選手が表彰台を独占!!

3日目の3月5日は、ウクライナ勢が計7個のメダルを獲得するという圧倒的な実績を収めた日となりました。

この日のハイライトの一つとして、オクサナ・シシコワが女子スプリント視覚障害で金メダルを獲得したことが挙げられます。続いて男子スプリント視覚障害の部では、ヴィタリー・ルキヤネンコ、オレクサンドル・カジク)、ドミトロ・スイアルコのウクライナの3選手が1位から3位までの順位を独占。これは、ウクライナ選手の強さと連帯感が際立った特別な瞬間でした。

シシコワ選手は勝利後、家族や親戚のことを考えていたと語りました。彼女の表情は、身近な人々が避難生活を送る現状を思いやる厳しいものでした。

彼女のガイドを務める男性は、妻と新生児をウクライナに残し、避難所での生活を余儀なくされていると語り、電話で妻に勝利を報告したという。

この他、リュドミラ・リアシェンコが女子スプリント立位で、タラス・ラドが男子スプリント座位で、それぞれ銀メダルを獲得。北京パラリンピックには、ウクライナから選手20人とガイド9人が参加しており、彼らが国の危機の中、どれほどの思いで競技に挑んでいるか、その成績から伝わってきました。

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ウクライナ選手の背後に潜む戦争の影

祖国での戦争という非情な現実の中で、ウクライナ選手たちが危機迫る思いで躍動する一方で、まともにパフォーマンスを行えなかったウクライナ選手もいました。

「戦争をやめて」バテンコワバウマン選手の涙の訴え

4日目の3月7日、距離スキー女子(立位)で競技に挑んだウクライナのユリア・バテンコワバウマン選手は、2014年にロシアが一方的に併合を行った南部クリミア出身。母国の情勢は彼女の心に影を落としていました。家族との通話中には、遠くから銃撃や戦闘機の音が聞こえてくるという。それにより、毎晩のように悪夢を見る彼女は、競技への集中を乱されることがあったといます。

レース終了後のインタビューで、バテンコワバウマン選手は「胸が引き裂かれる思いだ」と涙ながらに語り、「ウクライナは独立している。戦争をやめてください!」という心からの叫びを世界に訴えました。

大会が終わった後の未来についても、不安を隠せない様子で「どうやって家に帰ればいいのか、この先のことは誰にもわからない」と言葉を絞り出しました。その声には、戦争がもたらす痛みと不安、そして祖国への深い愛情が詰まっていました。

「父の拘束映像が原因」ラレチナ選手の棄権

5日目の3月8日、ウクライナのラレチナ選手は、この日に開催されるバイアスロン・女子ミドル(座位)に出場予定でしたが、この日の朝に突如として棄権しました。

その原因は極めて個人的かつ痛ましいものでした。広報担当者によれば、ラレチナ選手の父が、ウクライナ北部のチェルニヒフで拘束され、さらに暴力を受ける様子の映像が彼女の元に届けられたというのです。

競技の心の準備をしていた彼女は、その衝撃的な映像に大きく動揺しました。現地スタッフのサポートを受けて選手村での待機を余儀なくされたその心情は、想像を絶するものがあったと思います。競技を棄権したラレチナ選手はチームの担当医の監視の下で、休息を取ることになりました。

ウクライナ・パラリンピック委員会(UPC)のスシケビッチ会長は、この事態についての取材に応じ、「彼女だけでなく、選手、コーチ、スタッフ全員に起こり得る悲劇だ」と述べ、ロシアの行為を強く非難しました。さらに、国際パラリンピック委員会の幹部も「21世紀は戦争の時代でないはずだ。こんな悲しいことが続くのは許せない」との思いを強く語りました。

「PEACE FOR ALL」ウクライナ選手団が選手村で抗議

6日目の3月10日、張家口の選手村で、ウクライナの選手団はロシアの軍事侵攻に対しての抗議として、集会を開いた。このような政治的なメッセージを大会期間中に明確に打ち出すのは極めて異例の行動でした。

彼らは「PEACE FOR ALL(全ての人々のための平和)」というメッセージを掲げた横断幕を高く掲げ、連帯の意志を示しました。

その後、スシケビッチ会長を筆頭としたウクライナ・パラリンピック委員会の代表約30人が、拳を突き上げて黙とうを捧げました。また、スシケビッチ会長は「我々の国で進行中の恐ろしい戦争、そして無数の犠牲者に世界中の人々の視線を向けてほしい」と強く訴えました。

バイアスロンとクロスカントリースキーで金・銀・銅つのメダルを獲得したメグリゴリー・ボブチンスキー選手は涙を浮かべ、「ロシア軍は無差別に子どもや女性を攻撃している。これは絶対に許されない。この暴挙を即刻止めるべきだ」と声を震わせながら訴えましたた。

リアシェンコ選手の不屈の精神

北京冬季パラリンピックのステージ上で、ウクライナのリュドミラ・リアシェンコ選手はその名を轟かせた。

リアシェンコ選手は3月5日のバイアスロン女子6キロで銀メダルを獲得しましたが、この華々しい結果の背後には深い傷が隠されていました。

なんと、彼女の故郷、東部ハリコフの自宅がロシア軍の攻撃で破壊されてしまったのです。

この事に、強いショックを受けたリアシェンコ選手は、3月7日の距離スキー女子15キロクラシカルを棄権しました。しかし、彼女の再び立ち上がりました。3月8日のバイアスロン女子10キロで彼女は見事に3位に躍り出ると、その後も連日、距離スキーとバイアスロンのステージでその姿を見せ続けました。

そして、その頂点は、大会7日目の3月11日のバイアスロン女子12.5キロでの金メダル獲得でした。これは彼女にとって、パラリンピックの個人戦では初めての金メダルだったのです。

リアシェンコ選手は「この金メダルをどれほど待ち望んでいたか。パラリンピック王者としての誇りは計り知れない」と喜びを語る一方、その勝利を「このメダルはウクライナの人々と、家族を守るために戦っている軍に捧げます」と、戦火の中で苦しむ母国の人々への思いを強く伝えました。

Paralympic Games/YouTube
ウクライナチームが過去最多のメダル数を獲得!

3月11日のバイアスロン競技においては、リュドミラ・リアシェンコ選手の他、オレクサンドル・カジク選手とオクサナ・シシコワ選手もそれぞれ男子12.5キロ視覚障害、女子12.5キロ視覚障害で金メダルを獲得きました。シシコワ選手は今大会での実績が特に目覚ましく、合計5個のメダルを手にしています。彼女はその成功の秘訣について「母国の名誉を守ることが最大のモチベーション」と語りました。

この3人の選手による金メダル獲得を含む、ウクライナ勢はバイアスロンで6個のメダルを獲得。全体として、ウクライナは今大会で25個のメダルを獲得し、2006年トリノ大会の同じ数を記録しました。また、金メダル数は9個となり、これはウクライナの冬季パラリンピックチームとしての歴代最多記録です。

ロシアの軍事侵攻の影響を直接受けるウクライナ選手団でありながら、その困難な状況の中での偉業は、多くの人々に感動を与えています。スシケビッチ会長はこの成功について、「戦争が強力なモチベーションとなっている」とロイターの取材で語りました。

最終日で新たな記録を樹立し平和を訴える

3月12日、北京冬季パラリンピックの最終日。ウクライナ選手団がノルディックスキー距離オープン10キロリレーで11個目の金メダルを獲得し、29個のメダルという冬季の同国史上最多記録をさらに更新しました。この大会での彼らの活躍は注目され、特にこのリレーの勝利は多くの感動をもたらしました。

ゴール後のシーンも強く印象に残っています。ガイド2人を含む6人全員が、一丸となって「ウクライナに栄光を。英雄たちに栄光を」という声を高らかに叫びました。この掛け声は、彼らの胸に秘められた思い、そして今回の大会での全ての成功の背景にある戦争との闘いを象徴しているかのようでした。

バイアスロン男子立位での金メダルも獲得したボウチンスキー選手が、チームの一員としてその勝利に貢献。2番手スタートから見事に先頭を奪取しました。

ボウチンスキー選手は「本当に素晴らしい日だった。チーム全員の支え、そして全てのウクライナ人からのサポートがあったからこそ、この勝利が得られた」と喜びを表現。さらに「次回のパラリンピックが開催されるとき、世界中の戦争が終結していることを強く願っている」というメッセージで平和を訴えました。

ウクライナの選手団、パラリンピックで反戦平和のメッセージを強烈に発信

北京冬季パラリンピックでは競技の中で、多くの感動的な瞬間が生まれましたが、その中で特に目立ったのはやはりウクライナの選手団の活躍だと言えます。開幕直前、ロシアによる侵攻の影響で大会参加が危ぶまれる状況でしたが、彼らはその困難を乗り越えて、29個という冬季大会での同国史上最多のメダルを獲得し、地元中国に次ぐ堂々の2位となりました。

ウクライナはこれまでのパラリンピックでもその強さを示してきましたが、今大会では、国を挙げてのサポートや強化が実を結ぶ形となり、その地力を世界に示すことができました。しかしその活躍の背景には、スポーツだけでなく、反戦・平和への強い思いも感じられました。

実際、多くのウクライナ選手たちは勝利の瞬間やインタビューの中で、その思いを力強く語りました。国際的な舞台での成功を通じて、彼らは世界に平和の大切さや戦争の悲惨さを伝え、多くの人々の心に響くメッセージを発信しました。

今回のパラリンピックは、スポーツの力がどれほど強力であり、またどれほど多くの人々を動かすことができるかを再確認する大会となりました。ウクライナの選手たちの偉業とその背景にあるメッセージは、今後も多くの人々に語り継がれることでしょう。

「北京パラリンピック閉会式」

3月13日、北京市の象徴的なスタジアムである国家体育場(鳥の巣)で、北京冬季パラリンピックの閉会式が盛大に行われました。

この大会は、開会前からロシアによるウクライナへの軍事侵攻が背景にあり、10日間の競技を通じてその影響が感じられる異例のものとなりました。

大会は6つの競技、78の種目で争われ、ホスト国である中国が総計61個のメダル(金18、銀20、銅23)を獲得し、他の参加国を圧倒した。一方、戦火の中での困難な状況を乗り越えて北京に到着したウクライナは、29個のメダル(金11、銀10、銅8)で2位という過去最高の成績を収めた。ウクライナ選手団は、競技だけでなく、反戦のメッセージを通じて大会全体で注目を浴びました。

閉会式においてウクライナの旗を掲げる役割を務めたのは、バイアスロン男子で2つの金メダルと1つの銀メダルを獲得したビタリー・ルキヤネンコ選手でした。彼は砲撃にさらされた東部ハリコフの市街地に住んでおり、病院や原子力研究施設も攻撃を受けるなど、極めて困難な状況下にある。ルキヤネンコ選手は表彰式で「金メダルを獲得しても、私の心は幸せではない。私の故郷は今、廃墟と化している」と感情深く語り、閉会式でもその重苦しい表情が印象的でした。

Paralympic Games/YouTube

パーソンズ会長、北京パラリンピック閉会式で再び平和と団結を訴え

北京冬季パラリンピックの閉会式で、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドルー・パーソンズ会長が、開会式に続いて感動的なメッセージを送りました。

パーソンズ会長は、「選手たちの逆境の中での輝かしいパフォーマンスは、困難な状況下でも人間の精神と多様性の強さを示すものである」と述べた。彼は、選手たちの行動が言葉を超えたインパクトを持っていることを強調しました。

選手村についても言及し、異なる背景や能力を持つ選手たちが一つとなって競技に取り組んだことに敬意を表し、「選手村は分断ではなく、結束の象徴であり、共通の未来に向かって一つとなることができました」と述べました。

さらに、平和、調和、そして人々が対話を通じて理解し合うことの重要性について語り、「人々は、互いに対話ができ、理解し合える世界を望んでいます。我々のパラリンピックムーブメントは、世界のリーダーたちに、誇り高きパラリンピアンたちの行動とそのメッセージから学び、その精神を広めることを願っています」と締めくくりました。

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中国の中央テレビ、パラリンピック閉会式のスピーチを再び検閲

北京冬季パラリンピックの閉会式における国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドルー・パーソンズ会長のスピーチは、中国の中央テレビによって再び部分的に検閲されました。

パーソンズ会長が選手たちを「平和のための闘士」と称賛した部分は中央テレビの放送では訳出されず、また「最も重要なのは平和への希望だ」という部分は「最も重要なのは(一つの)大きな家族になる希望だ」に変更されました。会場内の大スクリーンでは元の意味に近い訳が表示されていたことから、この意図的に変更した可能性が高い。

ロシアによるウクライナ侵攻を背景として、パーソンズ会長の発言は平和への強いメッセージを伝えるものでした。中国の検閲の背後には、同国がロシアとの関係を維持するため、またロシア非難のメッセージを国内で抑える意図があると考えられています。

事実、開会式でも同様の検閲が行われたことが指摘されており、IPCは中国の中央テレビに説明を求めていました。しかし、3月12日時点で中央テレビからの公式な返答はありませんでした。

ウクライナ選手団、閉幕後の帰国経路に注目

北京冬季パラリンピックの閉幕を控える中、ロシアのウクライナ侵攻によって帰国経路に困難が予想されるウクライナの選手団の動きが注目されていました。

3月9日には、複数の関係者が北京から空路で隣国ポーランドに一旦移動する計画を公表。その後、同国内でウクライナの戦況の進展を見守り、安全が確保されたタイミングで帰国を検討するとのことでした。

ノルディックスキー距離男子に出場したタラス・ラト選手は、北京からトルコのイスタンブールを経由してポーランドの首都ワルシャワまでの航空券を既に手配したと明らかにしました。しかし彼は家族をウクライナに残しての参加であり、「家族の元に戻ることが最優先だが、現状の中では帰国は簡単ではない」との気持ちを伝えました。

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先行き不透明の中ポーランドへ … 家族の安否を気しながらの選択

ウクライナ選手団の帰国経路が注目される中、3月15日未明に北京を出発し、隣国ポーランドの首都ワルシャワへの移動が決定しました。家族の安否が確認できない状況や戦況の進展、不安定な状況の中での帰国を前に、選手団の心情は察するに余るものがありました。

「ワルシャワに到着した後の計画はまだ確定していない」と選手団広報が述べるなど、先行きは非常に不透明な状況でした。選手や関係者からは、家族をポーランドに呼び寄せて面会する、一時待機してからの帰国、あるいは国境付近の安全地帯への避難など、さまざまな案が出ていました。

たとえ無事に帰国することができたとしても、ウクライナにおける戦闘は継続しており、加えて18~60歳の男性に対する出国禁止措置がウクライナ政府から発令されているため、このような状況の中でい続けるか、それとも選手としてのキャリアを続けるかといった、非常に困難な選択に迫られる事になります。

故郷への帰還 – 優勝者コノノワ選手、祖国のためのサポートを誓う

3月15日、北京空港を出発したウクライナの選手たちは、トルコを経由し、無事に故郷へと帰国しました。彼らの顔には、故郷への帰還への強い願いと、そこで待ち受ける未知の状況への不安が交錯していました。ロシアの侵攻が始まった直前の大会出場であったため、選手たちの心中は複雑であったことでしょう。それでも、彼ら一人一人が「故郷に戻りたい」という強い思いを抱き続けていたのです。

ノルディックスキー女子での金メダリスト、オレクサンドラ・コノノワ選手は、右手に障害を持ちながらも、強い決意を胸に「帰国後、兵士たちへのサポートとして、料理を作り、物資を運ぶなど、できる限りのボランティア活動を行うつもりだ」と公言しました。

オリンピック出場経験者が母国ウクライナのために戦場へ

北京五輪に出場したアスリートの中には、帰国後に軍服を着て武器を手に戦いに参加した人もいます。

その一人、北京オリンピックでバイアスロンに出場したウクライナの選手、ドミトロ・ピドルチニは、自身のインスタグラムでウクライナ軍に参加することを公表しています。

ピドルチニ選手は、3回のオリンピック出場経験を持つベテランアスリートであり、彼の決断は数多くの国際的なファンに感動を与えました。ピドルチニ選手は、ウクライナの軍服を着て、戦闘用のヘルメットをかぶった姿で、母国ウクライナを守るための決意を伝えた。彼のメッセージは、国際的なバイアスロンのコミュニティに強く訴えかけるものでした

一方では、悲しいニュースもありました。ウクライナの青年スポーツ省は、ジュニア代表チームのバイアスロン選手、19歳のユージン・マリシェフが、ロシア軍との戦闘で命を失ったと発表した。

これらの報告は、スポーツ界と戦場がどれほど近くなっているかを示しています。選手たちの決断や犠牲は、彼らの愛国心と勇気を示すことにつながっており、多くの人々に影響を与えました。

ウクライナの障害者スポーツ、ロシア侵攻で存続の危機

ウクライナのパラリンピック委員会のバレリー・スシケビッチ会長は、2022年5月15日にロシアの侵攻によってウクライナの障害者スポーツプログラムが深刻な危機に直面していることを公にしました。

ウクライナは夏冬のパラリンピックで数多くのメダルを獲得し、その障害者スポーツの実力を世界に示してきました。しかし、ロシアの侵攻以降、国は戦争の影響を受けており、政府は戦争へのリソースの確保を余儀なくされています。その結果として、ウクライナのパラリンピックプログラムへの支援が途絶える可能性が高まっていたのです。

ブラジルで開催された第24回夏季デフリンピック(障害者のための五輪)で、ウクライナ代表団に同行したスシケビッチ会長は、インタビューで、「このままではウクライナの障害者スポーツが終焉を迎えるのではないか」という懸念を明らかにしました。

約270万人の障害者がいるウクライナで、彼らの心の支えとなっている障害者スポーツの継続が困難になることは、ウクライナ社会全体にとって大きな損失です。

これらを背景に、この頃からパラリンピック委員会は、緊急の支援を求める声を上げ、国際的な支援や寄付の募集を始めました。

プーチン大統領、国際スポーツ団体のロシア選手締め出しを非難

ロシアのトップアスリートたちの発言に対して、国際的な非難が寄せられる出来事がありました。

それは2022年4月26日、ロシアの首都モスクワのクレムリン宮殿で、北京京五輪のメダリストたちを中心とした記念式典が開催され時のことです。

この式典はロシアのプーチン大統領の指示のもとで企画されたもので、北京パラリンピックの開幕直前に参加資格を剥奪されたパラリンピック選手団も特別に招待されていました。この行事は、国内外の様々な論争の中での、ロシア政府とアスリートたちの連帯を示すものとして位置づけられています。

式典の最中、プーチン大統領はパラリンピアンたちを前に演説を行い、彼らの努力と成果を称賛した。しかし、その言葉はやがて一転、世界のスポーツ界による“ロシア勢締め出し”の決定への激しい非難となった。

国際オリンピック委員会を糾弾

プーチン大統領は、以下のように述べました。

「あなたたちが栄光を掴むためにしてきた準備を台無しにする、受け入れがたい決定だった。現在進行中のロシアとベラルーシの選手たちに対する出場禁止は、スポーツの基本理念を侵害するだけでなく、基本的人権も著しく侵害している。我々のアスリートたちは、純粋に政治的理由で、国籍や市民権を根拠として差別を受けている。これはまったく考えられない。この決定はオリンピズムとパラリンピズムの精神に完全に反している」

さらに、プーチン大統領は国際オリンピック委員会(IOC)などの主要なスポーツ団体の動きを批判し、「これはオリンピックがより商業化される方向に進んでいることの証拠だ。このような商業的な依存とオリンピックおよびパラリンピックの進行する商業化は、残念ながらスポーツの価値の劣化を招く」と非難しました。

アスリート支援のための独自の国際大会の開催を示唆

プーチン大統領は、アスリートの権利を守るという名目で、国際的な制裁に対抗するための新しい措置をとる意向を示しました。「我々はアスリートの権利を確保するために、あらゆる努力をする」と強調し、報復措置としての新たな方針を宣言しました。

大統領は特に、「ロシアのアスリートを支援している世界オリンピアン協会(WOA)や国際軍事スポーツ評議会など、すべての友人やパートナーとともに、独自の国際大会を開催する」との方針を明らかにしました。これは、国際的な舞台でのロシア選手の締め出しに対する答えとして、国内外での新たな大会の開催を推進するものと思われます。

さらに、クレムリンでの式典に参加した選手たちの中には、獲得したメダルにプーチン大統領自らがサインをする特別な瞬間が訪れました。これは、多くの選手たちにとって非常に感動的な出来事であり、彼らはこれに大いに喜んだと伝えられています。

ヴェロニカ・ステパノワがウクライナ侵攻とプーチンを賞賛

この式典に出席した金メダリストのヴェロニカ・ステパノワは、国と大統領への強い愛国心を公然と示しました。女子クロスカントリー・4×5キロリレーでの彼女の金メダル獲得は、ロシアのスポーツ界での最近の成功の一つですが、彼女の発言は、スポーツの舞台を超えて、政治的なメッセージも含んでいました。

ステパノワは「ロシアが再び強くなったこと、誇りを感じていること、そして成功していることを私の目の前で見ることができました」と語り、続けて「世界中の人々が私たちを好きでいてくれるわけではありませんが、私たちは正しい方向に進んでいます。オリンピックでの勝利のように、私たちは絶対に勝ちます」と自信に満ちた言葉で述べました。

彼女はまた、ウラジーミル・プーチン大統領への感謝と忠誠を強調。「今日、我が国の大統領からこのような誉れ高い賞を受けたことを非常に誇りに思っています」と感謝の意を示し、さらに「私たちは大統領を失望させることはありません」と約束しました。

その後、ステパノワは自身の公式インスタグラムを更新。女子フィギュアスケートのカミラ・ワリエワと一緒にクレムリンの豪奢な応接間で楽しそうにダンスする動画をシェアし、その場の華やかな雰囲気と彼女たちの友情をファンに披露しました。

ライバルたちからの驚きと非難

ステパノワのウクライナ侵攻とウラジーミル・プーチン大統領を称賛する発言は、国際的に大きな波紋を呼ぶことになりました。特にスポーツ界内からの批判が相次ぎ、彼女のSNSには中傷する書き込みが急増しました

ノルウェーのトップクロスカントリー選手で、ステパノワの親友であると言われていたロッタ・ウェンは、彼女の発言に強いショックを受けていました。

「ヴェロニカの言葉に驚きました。彼女の本心だとは思えません。私たちは明らかに違う情報を見ているのだと感じます」と語り、「スポーツと政治は分離されるべきだ」と強調。その上でロシアの現状について「ロシアでは正しい情報伝達がされていないように感じる」と述べました。

一方、ジュニア時代からステパノワと競い合ってきたヘレン・フォッセショルムは、ロシアのスポーツ界の状況について、「ロシアではスポーツと政治の分離が不可能になってきており、スポーツが政治のプロパガンダの一部として利用されている」と指摘しました。さらにステパノワの発言に対して、「彼女の価値観は私たちのものとは大きく異なっている。彼女のこの発言は、私にとって忘れることのできないものとなるでしょう」と深い失望を表明しました。

ステパノワは挑発的に反論

ロシアの女子クロスカントリー選手ヴェロニカ・ステパノワは、ヘレン・フォッセショルムとの間での舌戦に対して、自らのSNSで反撃に出た。ステパノワは、フォッセショルムと一緒に写った2ショット写真をアップロードし、そのキャプションで皮肉を交えた挑発的な言葉を投げかけました。

ステパノワは「トラッシュトークが始まったみたいね。こんな状況になったら、彼女と私は戦うしかないでしょう」と皮肉を込めて書き、さらに「少なくとも3ラウンド、クロスカントリーの距離とスプリント、そしてポーカーで対決するのはどうかな」とジョークを交えた提案を行いました。

また、試合の場所として中立地の中国を提案し、PPV(ペイパービュー)での放送と収益分配を提案するなど、ジョーク交じりの挑発的なトーンで挑発しました。

その後、彼女の公式インスタグラムでは外部からのコメントを書き込むことが制限されているため、非難や支持の声など、直接的な反応を受け取ることはできない状態になってしまいました。

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東京五輪中止! そのときアスリートたちは。 新型コロナで東京五輪は延期。今、アスリートたちは夢の舞台を信じ、黙々と練習に励んでいるが、かつての日本には、夢のみならず命までも奪われたアスリートたちがいたーー。 1940年に開かれる予定だった“幻の東京五輪”。活躍が期待された選手たちは、戦争一色に染まる時代の中でスポーツの晴れ舞台から去り、戦地へと送られた。有名なアスリートたちは、国威発揚のために”宣伝効果”の高い激戦地に送り込まれ、多くの者が遠く離れた地で無念の死を遂げた。 いま再び、東京五輪が混乱する中、アスリートの尊厳を奪った戦争の事実を明らかにし、彼らの激動の人生を見つめる。 2019年8月18日に放送されたNHKスペシャル「戦争と“幻のオリンピック” アスリート 知られざる闘い」の書籍化。同番組は、北島康介や長谷部誠がガイド役となり“幻の東京五輪”で活躍が期待されたアスリートたちの無念の人生を辿り、話題となった。戦地に赴いたアスリートたちが家族に宛てた手紙や遺族の証言など、番組で放送できなかった重要資料も加え、個人のエピソードを軸に、戦争とスポーツの関係を改めて問う。(「Books」出版書誌データベースより)
【ウクライナ危機(48)】平和の声をあげた市民、老人と子供が拘束を受ける国

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