
【ウクライナ危機(37)】NATOとロシアの代理戦争!!ロシア正教会を利用したプーチンの政治的野心『ウクライナ侵攻の要因?“ウクライナ正教会の独立”』

Ukrainian Orthodox Church
「ロシア正教を破壊している」プーチンの野心とウクライナ正教会の独立
ロシアのプーチン大統領は2月21日のテレビ演説の中で、「ウクライナ政府がロシア正教会を破壊しようとしている」と発言し、同政府を非難した。発言にある「ロシア正教」とは、ウクライナにあるモスクワ総主教区派正教会のことだ。
民主国家の誇りと勇気――ウクライナ国民と正教会(海外通信・バチカン支局)/佼成新聞デジタル.2022
同大統領は、「キエフの政権がモスクワ総主教区の正教会を虐げる準備を続けている」とスピーチ。この発言は、感情的なものではなく、根拠のあることと強調しながら、「ウクライナ政府が冷酷にも、(ロシア正教会の)教会分裂という悲劇を、国政の道具として使っている」と批判した。ウクライナの政権は、「信仰者の権利を侵害する法律を撤廃するようにとのウクライナ国民の要請に応じていない」とも指摘した。さらに、モスクワ総主教区に属するウクライナ正教会の聖職者や信徒たちを追い詰める法案が議会に提出されていると非難した。
「ロシア正教を破壊しようとしている」とプーチン大統領がウクライナを非難 政治の問題が宗教に影響(海外通信・バチカン支局)/佼成新聞デジタル.2022
東方正教会の最大派閥「ロシア正教会」
ロシア正教会は、2億6000万人強の信者を擁するキリスト教東方正教会のなかの最大派閥。
ウクライナ正教会、ロシア正教会から独立へ/ナショナルジオフラフィック.2018
東方正教会の大部分をロシアとウクライナの信徒が占める
ロシアとウクライナの信徒を合計すると、世界のその他の正教会の信徒全員を合わせた数を超える。現在、モスクワ総主教庁が抱える1億3600万人の信徒の4分の1はウクライナ人が占め、また1万8000カ所ある教会区の3分の1はウクライナにある。
ウクライナ正教会、ロシア正教会から独立へ/ナショナルジオフラフ
もちろんプーチンもロシア正教徒!!5歳で正教の洗礼を受ける
ロシア国民の多数は正教徒だ。そしてプーチン氏も5歳の時、正教の洗礼を受けている。
正教徒プーチン氏の「戦争と平和」/オピニオンの「ビューポイント」.2022
プーチン氏は、「父親の意思に反し、母親は自分が1カ月半の赤ん坊の時、正教会で洗礼を受けさせた。父親は共産党員で宗教を嫌っていた。正教会の聖職者が母親に『ベビーにミハイルという名前を付ければいい』と助言した。なぜならば、洗礼の日が大天使ミハイルの日だったからだ。
ウクライナ正教会独立は「善の勝利」か/アゴラ 言論プラットフォーム.2008
しかし、母親は、『父親が既に自分の名前と同じウラジーミルという名前を付けた』と説明し、その申し出を断わった」という。また、「キリスト変容教会は1977年以来、キリル総主教の実兄が運営しているが、自分の両親の追悼ミサもここで挙行された」と述べ、洗礼を受けた教会との縁の深さを強調したという(「正教徒『ミハイル・プーチン』の話」2012年1月12日参考)。
正教徒プーチン氏の「戦争と平和」/オピニオンの「ビューポイント」.2022
“東方正教会”って?
東方正教会(Eastern Orthodox Church)とは、キリスト教の一宗派である。ギリシア正教会、ロシア正教会などと呼ばれることもあるが、すべて同じ東方正教会である。
つながりロシア(13) コロナ・パニックと東方正教会(1)──この世の終わりとよみがえったラスプーチン|高橋沙奈美/ゲンロンα.2020
“東方”って?
「東方」という言葉が付されているのは、カトリックやプロテスタントが西欧で広がったのに対して、正教が中近東、バルカン半島、ロシア等に広がったためである。ちなみに、東方正教会自身は、「東方正教会」という言い方を認めつつも、自らの教会をたんに「正教会」と呼んでいる。
東方キリスト教世界とロシア(p.1)/2014年度「ーロッパ地域研究入門」
“正教会”って?
正教会(Orthodox Church)の「Orthodox 」とはギリシャ語の「オルソス(正しい)」と「ドクサ(教え・讃美)」という2つの言葉に由来しており、その名のとおり正教会が「正しく神を讃美する教会」、「正しい教えの教会」であるということを意味しています。これはロシア語でも同じで、ロシア語では「プラバ(正しい)スラーブナャ(讃美) ツェルカフ」と言います
正教会というキリスト教/前橋ハリストス正教会
“ギリシア正教”って?
このギリシア正教というのは何かと申しますと、もともとローマ帝国の全体において最も有力だったキリスト教ですが、395年のローマ帝国の分裂に伴い、首都ビザンチウム(後にコンスタンチノープルと呼ばれることになる)をいただく東ローマ帝国が、独自に皇帝のもとにおいて新しくキリスト教のあり方を模索したことに始まります。
複雑なウクライナの宗教と民族との関係/テンミニッツTV
コンスタンティノープル教会は、ルールを守る正しいキリスト教。後にギリシア正教と名乗るようになりました。
ギリシア正教とローマ=カトリックの違いとは?/受験世界史研究所 KATE.2020
東方正教会のTOPはコンスタンティノープルの総主教 a.k.a(世界総主教)!!
キリスト教3大宗派の一つで信徒は約2億5000万人と言われる東方正教会では、各国教会が対等な地位にあるのが原則で、カトリック教会のローマ法王のような絶対的権威がいない。しかし、コンスタンチノープル総主教は「世界総主教」と呼ばれ、名目上ながら最高位の称号が与えられている。
東方正教会分裂、プーチン政権に大きな打撃/世界日報.2018
東方正教会の大部分をロシアとウクライナの信徒!!
ロシアとウクライナの信徒を合計すると、世界のその他の正教会の信徒全員を合わせた数を超える。現在、モスクワ総主教庁が抱える1億3600万人の信徒の4分の1はウクライナ人が占め、また1万8000カ所ある教会区の3分の1はウクライナにある。
ウクライナ正教会、ロシア正教会から独立へ/ナショナルジオフラフィック.2018
ロシア正教では神の代理人はプーチン!?
カトリックとロシア正教は同じキリスト教ですが、似て非なるもの。その違いは、イエス・キリストをいかに考えるかの違いです。カトリックではキリストは神であると同時に人間であるのに対し、ロシア正教は思考の上では同じように理解しながら、感性の上ではキリストが人間であることが迫ってきます。つまり、ロシア正教は神と化した人間を求めるのです。
ウクライナ侵攻は「宗教戦争」泥沼化の可能性も プーチン氏に「ロシア正教を守る」使命感/AERA dot.2022
この違いが1千年にわたる宗教対立となり、ロシア人特有の宗教感覚は国の頂点に立つ者を「神の代理人」とする統治者観を生むことになりました。
ウクライナ侵攻は「宗教戦争」泥沼化の可能性も プーチン氏に「ロシア正教を守る」使命感/AERA dot.2022
帝政ロシアで神の代理人はツァーリー(皇帝)と呼ばれていた……。ツァーリーの命令は神の命令
神の代理人は、帝政ロシアではツァーリ(皇帝)で、今はプーチン氏です。プーチン氏の権力の強大さは、この統治者観の上に成立しています。
ウクライナ侵攻は「宗教戦争」泥沼化の可能性も プーチン氏に「ロシア正教を守る」使命感/AERA dot.2022
ですから神の代理人であるプーチン氏がウクライナに侵攻すると言えば、ほとんどのロシア人は神に命令されるのと同じ感覚で最終的には受け入れているのだと思います。
ウクライナ侵攻は「宗教戦争」泥沼化の可能性も プーチン氏に「ロシア正教を守る」使命感/AERA dot.2
プーチンはロシアの威信回復のためにロシア正教会を利用してきた
プーチンはロシアの威信を回復するため、ロシア正教会をロシアのアイデンティティの中心に押し上げ、同時にモスクワ総主教座の独立性を損ねるようなことをしてきた。
プーチンは土地以上にウクライナの宗教的魂を欲している 2022年3月6日/キリスト新聞社ホームページ.2022
ソ連時代に力を失ったロシア正教会を立て直した
ロシア正教会はソ連共産党時代の癒着問題があって、ソ連解体後も立ち直りに時間がかかったが、プーチン大統領時代に入り、勢力をほぼ回復してきた。プーチン大統領はロシア正教を積極的に支援し、国民の愛国心教育にも活用してきた。プーチン氏自身も教会の祝日や記念日には必ず顔を出し、敬虔な正教徒として振る舞ってきた。プーチン氏はロシア正教会復興の立役者といってもいいだろう。
ウクライナ正教会独立は「善の勝利」か/アゴラ 言論プラットフォーム.2008
軍の完全な保護下!ロシア軍とロシア正教会の繋がり
ロシア正教会は国からの完全な保護下で運営されています。軍の敷地に教会を建設し、軍のために定期的に集団崇拝を行うことは、ロシア正教会が体系的に行っていることです。そして、そのような行動がロシア連邦の「良心と宗教団体の自由について」および「軍人の地位について」という法律に直接違反しているという事実に誰もが目をつぶっています。
あとどのくらいロシア正教会はウクライナに残ることができるのか?/Ukraїnerでウクライナをもっと知ろう! • Ukrainer.net
ロシア正教会の聖職者は、武器(核兵器を含む)や軍事施設を奉献するだけでなく、軍隊の人員配置と採用にも影響を与えています。正教会文化学部が、軍事教練を行う複数の大学に開設されました。そして1994年以来、ロシア正教会は従軍聖職者の創設を求めてきました。
あとどのくらいロシア正教会はウクライナに残ることができるのか?/Ukraїnerでウクライナをもっと知ろう! • Ukrainer.net
このように、ロシア正教会は、強い愛国心を持つ社会の教育のためにロシアにより合法化された機関であり、「兄弟民族」と世界中におけるロシア人の再統合の必要性に関するメッセージを体系的に発信しています。ロシア正教会による宗教的独占は他の宗派を抑圧し、それらに対する不寛容を植え付けます。
あとどのくらいロシア正教会はウクライナに残ることができるのか?/Ukraїnerでウクライナをもっと知ろう! • Ukrainer.net
歴史的な繋がりが深すぎる!?ロシア正教会とウクライナ正教会の歴史
かつてローマ帝国には、ローマを筆頭として、コンスタンティノープル(現トルコ領イスタンブール)、アンティオキア、イェルサレム、アレクサンドリアの5つの総主教座が存在した(古代総主教座)。
つながりロシア(6)ウクライナ正教会独立が招いたさらなる分断|高橋沙奈美/ゲンロンα.2019
ローマ帝国が東西に分裂!東のビザンツ帝国(コンスタンティノープル)を中心に独自の発展を遂げていく
395年のローマ帝国の東西分裂後、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の首都コンスタンティノープルを中心とした教会典礼や慣例は、西のローマ・カトリック教会のそれとは異なる発展を遂げた。これが東方正教会である。
つながりロシア(6)ウクライナ正教会独立が招いたさらなる分断|高橋沙奈美/ゲンロンα.2019
スラブに教えを伝えた兄弟「キュリロスとメトディオス」

キュリロス(西暦827-869年,本名はコンスタンティノス)とメトディオス(西暦825-885年)は,ギリシャのテサロニケ出身で,貴族の家に生まれました。当時テサロニケは,ギリシャ語とある種のスラブ語とが用いられる,二言語併用の都市でした。同市にスラブ人が大勢いたこと,また同市民と周辺のスラブ人共同体との間に緊密な関係があったことから,キュリロスとメトディオスは南スラブ族の言語を詳しく学ぶ機会があったと思われます。また,メトディオスについて書いたある伝記作者は,その両人の母親がスラブ人の血を引いていたとも述べています。
キュリロスとメトディオス ― 文字を考案して聖書を翻訳した人たち/ものみの塔 オンライン・ライブラリ
2人はスラブ人の文化に触れ、それを身につけ、のちに首都コンスタンチノープルにも遊学した。キュリロスは哲学、神学に優れ、宮廷付司祭となった。メトディオスは、官職についたが、のちに修道院に入った。
聖キュリロス/聖メトディオス/Laudate | 聖人カレンダー.女子パウロ会
スラブ系諸民族が住んでいたモラヴィア(現スロバキア)国王がビザンツ帝国に宣教師派遣を要請
スラブ系の諸民族はゲルマン民族が西方に移動した後、東ヨーロッパに移り住み、部族国家を形成しました。その一つであるモラヴィア(現在のスロバキアに位置する)のロスチスラフ王は、宣教師の派遣をビザンチン帝国に要請。
東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏 Ⅲ スラブ民族へのキリスト教の宣教 ― キリルとメトディオス兄弟の働き/KeyNoters.2016
兄弟はモラヴィアに派遣される
862年、東ローマ皇帝ミカエル3世は、モラヴィアの国王の要請に応じて、兄弟を宣教師としてモラヴィアに派遣した。
聖キュリロス/聖メトディオス/Laudate | 聖人カレンダー.女子パウロ会
スラブ民族には文字がなかったため聖書や教えを伝えるために翻訳!
当時のスラブ民族には文字がなく、口語しかありませんでしたが、兄弟は聖書やその他の祈祷書を現地の言語に翻訳。
東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏 Ⅲ スラブ民族へのキリスト教の宣教 ― キリルとメトディオス兄弟の働き/KeyNoters.2016
「キリル文字」の誕生
また、ギリシャ文字をもとに、それを書き記す文字「グラゴル文字」を考案しました。つまりスラブ民族は彼らによって、文章語としての「教会スラブ語」と独自の文字を獲得し、宗教だけでなく文明全体の面で前進したのです。兄弟の死後、グラゴル文字は改良され、キリルの名を取って「キリル文字」となりました。これは現在でも、ロシア語、ウクライナ語、ブルガリア語、セルビア語などのスラブ系言語で使用されている文字です。
東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏 Ⅲ スラブ民族へのキリスト教の宣教 ― キリルとメトディオス兄弟の働き/KeyNoters.2016
兄弟はスラブ人の使徒と使徒と言われるようになった

こうしてスラブ族の大半は、キリスト教徒になった。
聖キュリロス/聖メトディオス/Laudate | 聖人カレンダー.女子パウロ会
血のつながった、信仰における兄弟である二人は、スラヴ人の使徒として知られています。
教皇ベネディクト十六世の182回目の一般謁見演説 聖キュリロスと聖メトディオス/カトリック中央協議会.2009
兄弟の布教活動はやがてルーシ国家(現ウクライナの首都)でキリスト教が国教として採用されるまでに

このキュリロスたちが布教した結果、10世紀後半になりますと、今のウクライナの首都であるキエフを中心として成立していたルーシと呼ばれる国家、これがキリスト教を国教として採用するようになりました。
複雑なウクライナの宗教と民族との関係/テンミニッツTV
ルーシがモンゴル帝国によって滅亡すると、ルーシーの正教会はコンスタンティノープル総主教庁が直接管轄される
ルーシは1240年にモンゴル帝国に滅ぼされてしまい、ルーシにあった正教会の組織は、その後、コンスタンディヌーポリ総主教庁の直轄となった。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
ルーシーの中心はモスクワ公国に移っていく……。同時に正教会の庇護者として自認し始める
13世紀にモンゴル帝国によってキエフが陥落すると、キエフの府主教も主教座をウラジミールそしてモスクワに移していったが、モスクワ公国が正教会の庇護者であることを自認し始めた(後略)
キエフ・ルーシーvs第三のローマ -正教会からみたウクライナとロシア/一般社団法人 霞関会.2019
モスクワ公国は力は徐々に強大化…モスクワ大公国に名前を変更
やがてモスクワ公国は周辺国を併合して徐々に強大化し、モスクワ大公国へと名前を変えました。
モスクワ大公国をわかりやすく解説/やさしい世界史
正教会(キリスト)の中心地のビザンツ帝国(コンスタンティノープル)がオスマン帝国(イスラム)によって滅亡
1453年、ビザンチン(東ローマ)帝国の滅亡は、正教会の世界に大きな影響を与えた。
【後編】宗教の境界で三分するウクライナと「千年に一度のキリスト教世界の分裂」:ロシアとの宗教対立/Yahoo!ニュース.2022
正教会の最大の庇護者が、イスラム教の国であるオスマン・トルコに滅ぼされてしまったのだ。
【後編】宗教の境界で三分するウクライナと「千年に一度のキリスト教世界の分裂」:ロシアとの宗教対立/Yahoo!ニュース.2022
コンスタンチノープルはオスマン帝国の帝都となり、徐々にイスタンブールと呼ばれるようになっていった。
イスタンブールの至宝・トプカプ宮殿で起きた、ハレムの悲劇|世界の美しい城(第18回)/JBpress autograph.2022
東ローマ帝国滅亡の5年前!!モスクワ正教会が独立を宣言!!「ロシア正教会の誕生」
そのような時代のことであった、モスクワ教会が独立を宣言したのは。千年以上続いた東ローマ(ビザンチン)帝国が滅亡する5年前、1448年のことだ。
【後編】宗教の境界で三分するウクライナと「千年に一度のキリスト教世界の分裂」:ロシアとの宗教対立/Yahoo!ニュース.2022
当時、コンスタンティノープル総主教はそれを認めていなかったが……
これがロシア正教会のいわゆる「誕生」である。これは、ビザンツ帝国の衰退・滅亡により、コンスタンティノープル総主教庁の影響力が低下する中で起きた出来事であったのだが、しかし、その独立の仕方に問題があった。正教会世界においては、いくら庇護するビザンツ帝国が滅びたといっても、正式な独立は最高権威のコンスタンティノープル総主教庁が認めなければならない。そのため、このモスクワの教会の「独立」は、他の教会からはあくまで自己宣言的なものとしかみなされていなかった。独立のための「トモス(正教会が発行する独立などに関する文書)」は与えられていなかったのである(なお、今日までロシア正教会はトモスを付与されたことはない)。しかし、モスクワの正教会は、国家の成長とともに、着実に勢力を伸ばしていく。
ウクライナ正教会の独立とロシア正教会の抵抗、その歴史的背景/ウクルインフォルム通信.2018
モスクワ大公国がモンゴル帝国から独立を果たす!ロシア正教会が独立へ!!
イヴァン3世が1480年、拡大したモスクワ大公国をモンゴル帝国キプチャク・ハン国の占領下から独立させ約250年続いた「タタールのくびき」を終わらせると、ロシア最大勢力の都に成長した。クレムリンは壮麗となり、赤の広場もこの時代に作られた。
ロシアの都市・人口ランキングTOP10/都市メモ.2019
イヴァン3世が皇帝がツァーリ(皇帝)を名乗り、ローマ帝国(ビザンツ帝国)の後継者を宣言!!
また、ビザンツ帝国最後の皇帝の姪と結婚し、ツァーリの称号を使った。ツァーリとはカエサルのことで皇帝を意味する。つまり、ビザンツ帝国(ローマ帝国)の後継者であると宣言したのである。
ロシアの歴史/株式会社ビボネット
コンスタンティノープル総主教はロシア(モスクワ)正教会の独立を認める
そこで、1589年、イェレミアス2世コンスタンティノープル総主教が、このモスクワの正教会を「総主教庁」にまで引き上げることで事態の正常化を行い、その際、モスクワ主教に自らと同じ「総主教」を『名乗る』ことを認めた。
ウクライナ正教会の独立とロシア正教会の抵抗、その歴史的背景/ウクルインフォルム通信.2018
東方正教会の中心モスクワ
以来、ロシア帝国は、南方のイスラム世界の北上を防ぎ、西方のカトリックやプロテスタントの間で、東方正教の中心と見なされた。
ロシアは何を目指すのか? 『宗教・地政学から読むロシア「第三のローマ」をめざすプーチン』(1)
コンスタンティノープル総主教は上下関係をつけた上でのロシア(モスクワ)正教会の自治権の付与していた
(前略)それまでのおよそ140年間、モスクワ府主教区としてのロシア正教会は事実上の存在でしかなかったのである。加えて、イェレミアス総主教は、その際にモスクワ主教は「総主教」と名乗る権利を与えたものの、その条件としてコンスタンティノープル総主教の絶対的上位を認めさせている。この際の、あくまでコンスタンティノープル総主教が上位、という上下関係は、実は正教会世界では今日まで維持されている。
ウクライナ正教会の独立とロシア正教会の抵抗、その歴史的背景/ウクルインフォルム通信.2018
ウクライナor ロシア?キリスト教を国教化した国家がどちらかで揉め続ける
ウクライナ人からすれば、このキエフ・ルーシという国家を指してこの時期にウクライナ国家ができたと、このように言うのですが、その一方で、このルーシという古い言葉がそもそもロシア人やロシアを意味するということからも知られるように、実はこれはロシア国家であるということを、一貫してロシア人たちは主張し続けています。つまり、キエフ・ルーシという、スラブの間でも一番古いといわれるキリスト教を国教化した国家が、ウクライナ系であったのか、ロシア系であったのかということから、そもそも問題は複雑なのであります。
複雑なウクライナの宗教と民族との関係/テンミニッツTV
西はカトリック系で東は正教会!?そこからさらに分裂!?ウクライナ国内のキリスト教
一方、ウクライナの宗教構造は複雑だ。大きく分けるとウクライナ正教およびカトリック教の勢力が強い。
日本の仏教、ロシア正教…なぜ”人々を救済すべき”宗教が侵略戦争に積極加担するのか/PRESIDENT Online.2022
西部はポーランドと関係が深くウクライナ語・東部はロシア語を使い正教会
ウクライナは一種の複合国家でして、西側はカトリック系ポーランドとの関係が深く、ウクライナ語が国語となるのですが、東側はロシア語を使い正教的で、つまりロシアとの結びつきが深かったのです。
「ソ連崩壊から30年」(視点・論点)/NHK 解説委員室 – NHK.2021
ただし、ウクライナ東部の正教会はロシアの宗教「ロシア正教会」……というより「ウクライナ正教会」
次に、東部住民の宗教が「ロシア正教」かどうかである。上記のキーウ国際社会学研究所の調査では、ウクライナ東部諸地域において、自らを「正教徒」だと答える者は78~84%であり、正教徒信者は西部より若干多い。ただし、その回答者の内訳を見ると、独立「ウクライナ正教会」の信者だと答える回答者が48~54%であるのに対し、ロシア正教会系列の「ウクライナ正教会モスクワ聖庁」の信者だと答えたのは約24~35%でしかない。つまり、東部住民の間では確かに正教徒は比較的多いが、しかし、彼らの間では自らを「ロシア正教徒」よりも「ウクライナ正教徒」だと考えている者の方が多いことがわかる。
ロシアのプロパガンダを発信してしまう日本の「専門家」たち/JBpress.2022
日本の専門家からは、「ウクライナ東部の人たちは自分がロシア人だと考えている」「ロシアに統合されることを望んでいる」という主張も聞かれる。だが、これも実態に即していない。
ロシアのプロパガンダを発信してしまう日本の「専門家」たち/JBpress.2022
ロシア王国の領土になったウクライナ!!
十七世紀の半ばに、それまでにポーランドに支配されていたウクライナは、ロシア王国に制圧されて、その領土になった。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
そしてウクライナの正教会はロシア正教会の一部になった
軍事的に強いロシアは、国家のバックを持っていないコンスタンディヌーポリ総主教庁に、ウクライナにおける正教会の組織をコンスタンディヌーポリ総主教庁直轄からモスクワ総主教庁の管轄に委譲するように迫ったのである。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
世俗の世界において、実力を持っていないコンスタンディヌーポリ総主教庁は、これを承認せざるを得なかった。1686年にウクライナにおける正教会はロシア正教会の一部となった。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
1917年ロシア革命の年にウクライナ正教会はロシア正教会からの独立を目指し始める
1917年、ロシア革命の年に、ウクライナの正教会は「ロシア正教会」のウクライナ教区ではなく、「ウクライナ正教会」として独立すべきであるという問題提起が教会会議でなされた。以後、独立は悲願となる。
つながりロシア(6)ウクライナ正教会独立が招いたさらなる分断|高橋沙奈美/ゲンロンα.2019
ソ連崩で独立を果たしたウクライナ!!ウクライナ正教会は国内で3つに分裂!!
ウクライナにおける正教会は、ロシア正教会からの独立を目指してきた歴史があり、現在は3つに分裂している。
日本の仏教、ロシア正教…なぜ”人々を救済すべき”宗教が侵略戦争に積極加担するのか/PRESIDENT Online.2022
ロシア正教会からの独立を求める第1位のウクライナ正教会・キエフ総主教庁(約40%)、ロシア正教会の監督下で活動する第2位のモスクワ総主教庁派(約30%)、ウクライナ独立正教会などだ。
ウクライナの正教会、来年1月の独立に向けて統一 ロシア正教会は反発/クリプレ(クリスチャンプレス).2018
《ウクライナ正教会(キエフ総主教派)》ソ連崩壊でウクライナが独立!それでもウクライナ正教会はモスクワ総主教庁の傘下
ソ連崩壊前後からは教会も独立の動きが活発化してきたが、教会法で唯一の「合法教会」とされたのは、モスクワを総本山とするロシア正教会が監督下におく「ウクライナ正教会(モスクワ総主教派)」だけだった。
政治にもてあそばれる信仰 ウクライナとロシア、深い溝/朝日新聞デジタル.2022
ウクライナの独立後、国内でウクライナにも自治権のある教会が必要だろうという意見が広がった。しかし、モスクワ総主教庁は当然それに猛反発し、国家が独立しても、ウクライナはモスクワ総主教庁の管轄領であると強く主張した。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
《ウクライナ正教会(キエフ総主教派)》ウクライナの聖職者たちがモスクワからの独立を目指し立ち上げた教会
独立を目指す聖職者らは独自に「ウクライナ正教会(キエフ総主教派)」などの教会をつくり、多くの信者が集まった。それにもかかわらず、他国の正教会から承認を得ることができなかった。
政治にもてあそばれる信仰 ウクライナとロシア、深い溝/朝日新聞デジタル.2022
当然、モスクワ総主教庁はそれを認めず、キエフ総主教庁を「分裂主義者集団」と認定して、正教として認めなかった。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
キエフ総主教庁下の信者数は全体の約50%を占め、最大の規模を誇ってきた。モスクワ総主教庁所属の正教徒約26%だ。信者数ではキエフ総主教庁下に所属するウクライナ正教会が最大の正教会といえるわけだ。
ウクライナ正教会独立は「善の勝利」か/アゴラ 言論プラットフォーム.2008
《ウクライナ自治教会》1917年 ロシア革命を機に独立を目指した教会
他方、規模は小さいが、長らく独立運動を担ってきたのが「ウクライナ自治教会」。1917年の革命を機に独立を目指して組織された後、長期にわたって北米を中心に活動してきた。
つながりロシア(6)ウクライナ正教会独立が招いたさらなる分断|高橋沙奈美/ゲンロンα.2019
《ウクライナ正教会(キエフ総主教派)》・《ウクライナ自治教会》は教会法で認められていない組織
後者2つの教会は、正教会の教会法上は「非合法」である。それはつまり、これらの教会の聖職者は他の正教会では正式な聖職者として扱われず、またこれらの教会で受けた洗礼などの秘跡は、ほかの正教会では有効と認められないということを意味する。
つながりロシア(6)ウクライナ正教会独立が招いたさらなる分断|高橋沙奈美/ゲンロンα.2019
ちなみにウクライナでは正教会だけでもなくカトリック協会も2つ存在する
カトリック教会に関しても,ローマ・カトリック(ラテン典礼を受け継ぐカトリック教会)と,儀式は東方典礼を受け継ぎつつもローマ教皇の首位権を認めるギリシャ・カトリック(ユニエイトとも呼ばれる)の二つがあります。
宗教編/在ウクライナ日本国大使館
ウクライナ正教会が悲願の独立へ!!
ウクライナ正教会の独立への道は、長く険しいものであった。最初の独立の試みは、ヘトマン体制・ディレクトリヤ(指導部)体制の時期、約100年前にさかのぼる。しかし、当時のウクライナ正教会独立は、ボリシェヴィキ軍による占領により妨げられた。
ウクライナ正教会の独立から2年経過/ウクルインフォルム通信.2021
正教会の伝統で独立国家は独立協会を持っている……でもウクライナは持っていなかった
正教会の伝統では、たくさんの正教会の信者のいる独立国家は、独立教会を持つことができる。先述したもの以外に、ブルガリア正教会、チェコ・スロバキア正教会、ポーランド正教会など、現在、全部で15の独立正教会が存在する。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
だから、独立したウクライナにも、独立正教会があって当然なのである。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
しかし、ロシア正教会の猛反発のため、これがずっと適わなかった。正式に認められていないウクライナ正教会キエフ総主教庁は、その後何度もコンスタンディヌーポリ総主教庁に自治権を認めるようにお願いしていたが、毎回拒否された。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
ユシチェンコ大統領(ウクライナ)もコンスタンディヌーポリ総主教に自治権を要望
宗教者だけではなく、ウクライナの政治家からもお願いしていた。ウクライナの第三大統領、ヴィクトル・ユシチェンコは、2008年にコンスタンディヌーポリ総主教のヴァルソロメオス1世をウクライナに招待して、その際改めて自治権をお願いした。 しかしヴァルソロメオス総主教は検討すると言いながら、結局、その時は決断されなかった。
5分でわかる! ウクライナ正教会独立騒動の真相/日刊SPA!.2018
独立にはウクライナ正教会の統一が条件として出された……。
(前略)コンスタンティノープル総主教庁の返事は、「まず国内の教会が統一すること、統一すれば我々は独立を付与する」というものであった。ロシア正教会の影響下にあるモスクワ聖庁が、独立を求めるキーウ聖庁と統一することはありえないと、長らく多くの人が考えていた。
ウクライナ正教会の独立とロシア正教会の抵抗、その歴史的背景/ウクルインフォルム通信.2018
2014年にウクライナにロシアが軍事介入!これを機にウクライナ正教会の独立の動きが活発化
しかし、2014年のロシアによるウクライナへの軍事介入を機に、ウクライナでは正教会独立の機運が決定的に高まった。
【ロシアを読む】ウクライナ正教会、「盟主」ロシアから独立 東方正教会に分裂危機/産経ニュース.2022
2018年にウクライナ正教会は統一に動いた
2018年になって状況が変わる。ウクライナ正教会モスクワ聖庁の一部の主教が、キーウ聖庁や自治独立派の主教とともに、コンスタンティノープル総主教に請願することに同意したのである。一部といえど、ウクライナ正教会の全3派がそろってコンスタンティノープル総主教に請願したことで、形の上ではコンスタンティノープル総主教庁の求める「ウクライナ正教会の統一」が成立したことになる。これに合わせて、国家の側もより積極的に動き出す。
ウクライナ正教会の独立とロシア正教会の抵抗、その歴史的背景/ウクルインフォルム通信.2018
2018年8月31日から9月4日まで、トルコのイスタンブールにおいて「シノド」と呼ばれる正教会主教会議が開かれました。そこでコンスタンティノープル正教会総主教であるバルトロメオ1世は、ウクライナに2人のコンスタンティノープル総主教代理を派遣する決定を行います。
ロシアのウクライナ侵攻、原因は宗教対立!? 残酷な歴史を徹底解説!/ダイヤモンド・オンライン.2022
ウクライナのポロシェンコ大統領は、シノドの決定を「悪に対する善の勝利」と呼び、またモスクワ総主教庁は「ウクライナの国家安全保障への直接的な脅威だった」と発言した。
ウクライナ正教会、ロシア正教会から独立へ/ナショナルジオフラ
コンスタンティノープル総主教庁がウクライナ正教会の独立認める発表
同年10月11日、コンスタンティノープル全地総主教庁聖会議が、教会法上、ロシア正教会がウクライナ領の管轄権を失ったこと、またウクライナの母なる教会はコンスタンティノープルであることを発表したのである。
ウクライナ正教会の独立から2年経過/ウクルインフォルム通信.2021
ポロシェンコ氏は「これはわれわれの独立、国家の安全保障、そして国家としての地位に関わる問題だ」とする声明を自身のウェブサイトに掲載。「神を愛するウクライナ国民は、モスクワの悪魔たちとの戦いで偉大な勝利を収めた」と続けた。
東方正教会、ウクライナ正教会の独立を承認 ロシアは非難/ウォール・ストリート・ジャーナル日本版.2018
正教信者数が人口の約7割を占めるウクライナ正教会には、ロシア正教会に融和的な1宗派と、独立志向の2宗派(「キエフ総主教庁」と「独立正教会」)の計3宗派があって、このうち独立系2宗派が今春、総主教庁に「独立した地位」を求める嘆願書を提出していた。フィラレート・キエフ総主教は総主教庁の決定を受け、複数ある教会組織を統合して新たな正教会の設置を目指す考えだ。
東方正教会分裂、プーチン政権に大きな打撃/世界日報.2018
ロシア正教会はこの決定を「破滅的」と非難
一方、ロシア正教会は今回の決定について、コンスタンチノープル総主教庁にとっても世界の正教にとっても「破滅的」だと非難した。キリル総主教の報道官は「コンスタンチノープル総主教庁は越えてはならない一線を越えた」と述べた。
ウクライナ正教会の独立承認、ロシア正教会は「破滅的決定」と非難/AFPBB News.2018
決定事態を違法として拒否!コンスタンティノープル総主教庁と断絶を表明
ロシア正教会は10月15日、ベラルーシの首都ミンスクで教会会議を開き、ウクライナ正教会の独立に関する「コンスタンチノープル総主教庁」の決定を「違法」として拒否、同庁との正教会としての関係を「維持することが不可能になった」とする声明を出した。同庁がロシア正教会の管轄下にあったウクライナ正教会の独立手続きを始めたことに反発した。
ロシア正教会が「コンスタンチノープル総主教庁」と断絶 日本正教会も続く 2018年10月23日/キリスト新聞社ホームページ.2018
2018年12月15日 聖ソフィア大聖堂にて統一公会が開催!!ポロシェンコ大統領が独立を宣言
結局2018年12月15日、聖ソフィア大聖堂にて統一公会が開かれました。
ロシアのウクライナ侵攻、原因は宗教対立!? 残酷な歴史を徹底解説!/ダイヤモンド・オンライン.2022
会議には、1991年にウクライナがソ連から独立した後、正式な承認を得られぬまま活動してきた「ウクライナ正教会(キエフ総主教派)」などの聖職者や関係者190人以上が出席。新たに統一したウクライナ正教会トップの府主教に、キエフ総主教派のエピファニー主教を選出した。
ウクライナ正教会、独立に向け統一へ ロシア正教会反発/朝日新聞デジタル.2022
主教会議には、ロシアのプーチン政権と対立するウクライナのポロシェンコ大統領も出席し、統一を歓迎。
ウクライナの正教会、来年1月の独立に向けて統一 ロシア正教会は反発/クリプレ(クリスチ
公会の最中、宗教的なシンボルではないはずのウクライナ国旗を掲げた群衆が広場を埋め尽くし、当時のポロシェンコ大統領は「モスクワ総主教庁からの独立に向けて第一歩を踏み出した!」と宣言しました。
ロシアのウクライナ侵攻、原因は宗教対立!? 残酷な歴史を徹底解説!/ダイヤモンド・オンライン.2022
「新たな教会には、プーチン(ロシア大統領)やキリル(ロシア正教会総主教)、ロシア政府や軍への祈りもない。ロシア正教会に残ることを望む信者と、独立を望む信者双方の選択を尊重し、保証する」と述べた。
ウクライナの正教会、来年1月の独立に向けて統一 ロシア正教会は反発/クリプレ(クリスチ
ちなみに、ポロシェンコはNATO加盟を目標とした人物でもありました。
ロシアのウクライナ侵攻、原因は宗教対立!? 残酷な歴史を徹底解説!/ダイヤモンド・オンライン.2022
2019年1月5日 ウクライナ正教会が独立が正式に認められる!!
そして2019年1月5日にコンスタンティノープル総主教庁においてウクライナ独立正教会の地位を確認するトモスが署名されコンスタンチノープル総主教のバルトロメオ1世がエピファニウス1世のキエフ府主教としての地位を正式に認めました。
ウクライナのクリスマス ‐ ロシア正教会からの独立とコロナ 柴田裕史/ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト.2020
トモスが発行
トモスは、教会法上、全世界の15の独立した正教会の一つとして、ウクライナ正教会の独立した地位を公式に確認するものとなっている。トモスは、署名とともに発効し、ウクライナ正教会の存在の根拠となる文書となっている。
ウクライナ正教会の独立から2年経過/ウクルインフォルム通信.2021
「何の効力もない」ロシアは強く反発!
一方、新組織の正当性を否定するロシア側はトモスに強く反発。露正教会幹部は「今回のトモスには何の効力もない」と述べた。タス通信はギリシャやポーランド、セルビアの正教会は露正教会の立場を支持しているとした。露上院のコサチョフ外交問題委員長も「トモスは宗教的なものではなく、政治的なものだ」との見方を示した。
ウクライナ正教会、正式独立 筆頭権威が文書授与 ロシアは猛反発/産経ニュース.2019
ロシア正教会はコンスタンティノープル総主教庁との国境断絶を表明
一方、ロシア正教会は、ウクライナ正教会の独立承認を不服として、コンスタンチノープル総主教庁との交流断絶を表明。ウクライナのモスクワ総主教庁派の主教に対しても、主教会議への不参加を呼びかけた。その結果、主教90人のうち、会議に出席したのは2人だけで、モスクワ総主教派は今回の統一を拒否している。
ウクライナの正教会、来年1月の独立に向けて統一 ロシア正教会は反発/クリプレ(クリスチャンプレス).2018
そうした中はじまった2019年2月の大統領選!ポロシェンコとゼレンスキは二人とも「EU加盟・NATO加盟」
同年2月にはウクライナ憲法が改正され、EUと NATO加盟がウクライナ憲法に明記される。3月に大統領選が行われポロシェンコとゼレンスキーの間で大統領選が戦われるがもはや親ロシアか親西洋かといった問題は争点とならず、どちらもEU加盟、NATO加盟を目標に掲げ選挙運動を行った。
ロシアは、なぜウクライナに侵攻したのか/一般社団法人 霞関会.2022
この独立はプーチンにとっても痛手だった!!
教会分裂の結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を失い、世界の正教会で影響力を失う一方、モスクワ正教会を通じて東欧諸国の正教会圏に政治的影響を及ぼそうとしてきたプーチン氏の政治的野心は一歩後退せざるを得なくなった。
正教会分裂がウクライナ危機を誘発?/アゴラ 言論プラットフォーム.2022
2022年2月24日 ウクライナへの宣戦布告の演説ではウクライナのロシア正教徒に明言した
プーチン氏は先月24日、戦争宣言の中で、「ウクライナでのロシア系正教徒への宗教迫害を終わらせ、西側の世俗的価値観から守る」と述べている。プーチン氏にとって、ウクライナ正教会のモスクワ正教会離脱はレッドラインを超えたことを意味したのかもしれない。
正教会分裂がウクライナ危機を誘発?/アゴラ 言論プラットフォーム.2022
攻撃が始まった2月23日には、国中で祈りを捧げるウクライナ人の画像がツイッターに投稿された。その他、正教会以外のキリスト教徒は、両側のキリスト教徒がいかに戦っているかを指摘した。「ロシアから戦車が転がり落ちてきて、ロシア正教会の司祭が戦車を祝福している」「ウクライナ正教会の司祭がウクライナ兵を祝福して、ロシアと戦わせている」
プーチンは土地以上にウクライナの宗教的魂を欲している 2022年3月6日/キリスト新聞社ホームページ.2022
NATOとロシアの代理戦争!?「コンスタンティノープル総主教 vs モスクワ総主教」
プーチン政権は16年、クレムリン(大統領府)の近くに巨大な大公の銅像を建立、正教会を利用してウクライナなどを勢力圏と主張してきた。
ウクライナの独立教会を承認 コンスタンティノープル、ロシア反発/日本経済新聞.2018
プーチンのウクライナ構想には、モスクワと同盟関係にあるウクライナ正教会――モスクワ総主教座の潜在的な宗教的ソフトパワーを活用することも含まれていた。「オーソドックス・タイムズ」によると、ロシアは偽情報キャンペーンを使って両教会の対立をあおった。
プーチンは土地以上にウクライナの宗教的魂を欲している 2022年3月6日/キリスト新聞社ホームページ.2022
だが、ウクライナ正教会は自主独立を表明
これらの取り組みは2018年後半、ウクライナ正教会=キエフ総主教座が正教会のエキュメニカル総主教に自主独立を求めた時、頭打ちになった。ロシアの干渉を恐れたキエフ総主教庁は、自民族の地位による独立を達成すれば、OCU-KP(ウクライナ正教会=キエフ総主教座)がモスクワ総主教座から脱却し、その権威下に身を置くことができると考えたのだ。
プーチンは土地以上にウクライナの宗教的魂を欲している 2022年3月6日/キリスト新聞社ホームページ.2022
コンスタンチノープル総主教が独立を承認
「東方正教会」の筆頭権威であるコンスタンチノープル総主教庁が、「ウクライナ正教会を承認し、同正教会に対するロシア正教会の管轄権を認めない」と決めたのです。事実上の独立が認められたわけです。
「片っ端から捕まえて収容所送り」「餓死者の肉が市場で売られる」日本人が知らない悲劇のウクライナ史/PRESIDENT Online.2022
ロシアはこの背後にNATOを意思感じ、強く反発
しかしロシアは、この決定の背後にNATO(北大西洋条約機構)加盟諸国の意思が働いたと受け止め、強く反発しました。
「片っ端から捕まえて収容所送り」「餓死者の肉が市場で売られる」日本人が知らない悲劇のウクライナ史/PRESIDENT Online.2022
なぜなら、コンスタンチノープル総主教庁の背後にはNATO(北大西洋条約機構)加盟諸国の意思が働いているとロシアが受け止めているからだ。1917年のロシア革命後、共産党政権は宗教弾圧政策を取った。多くの聖職者や信者が亡命した。それらの反共系の亡命ロシア人からなる正教会をコンスタンチノープル総主教庁が支援してきた。東西冷戦が始まるとコンスタンチノープル総主教庁は政治的にNATO加盟諸国と価値観を共有するようになった。
【佐藤優の世界裏舞台】正教会による代理戦争/産経ニュース.2018
NATOとロシアの代理戦争が、コンスタンチノープル系の正教会とモスクワ系の正教会の間で展開されたと見ることもできます。
「片っ端から捕まえて収容所送り」「餓死者の肉が市場で売られる」日本人が知らない悲劇のウクライナ史/PRESIDENT Online.2022