【ウクライナ危機(31)】ロシアとNATOとの確執はベルリンの壁崩壊までさかのぼる!?『侵攻の口実“ウクライナのNATO加盟”』

 

【ウクライナ危機(31)】ロシアとNATOとの確執はベルリンの壁崩壊までさかのぼる!?『侵攻の口実“ウクライナのNATO加盟”』

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【ウクライナ危機(30)】2022年2月24日……欧州にとって暗黒の日。プーチンがウクライナに宣戦布告『特別軍事作戦』
“https://diggity.info/society/ukraine-30/”

NATO vs Russia

新冷戦!!?NATO vs ロシア

DW News/YouTube

 ロシアはウクライナに対する侵攻を、北大西洋条約機構(NATO)の脅威に対する自衛措置だとも説明しています。プーチン大統領は2月24日、作戦開始を宣言する演説で「NATOはロシアを敵と見なしてウクライナを支援している。いつかロシアを攻撃する」と言い切っています

【60秒動画でわかる】NATOとは? ロシアはなぜ敵視するのか/朝日新聞デジタル.2020
軍事同盟NATOの東欧拡大

周知のように、1991年のソ連崩壊によって、東側陣営の軍事同盟だったワルシャワ条約機構は消滅したが、西側陣営の軍事同盟であるNATOは、社会主義圏の東欧諸国を次々に吸収し、拡大していった。

ロシア「ウクライナ侵攻計画」プーチンの強気の背景にある中国との“準同盟”関係/現代ビジネス | 講談社.2021

アイスランド、アメリカ、イタリア、イギリス、オランダ、カナダ、デンマーク、ノルウェー、フランス、ベルギー、ポルトガル、ルクセンブルク、ギリシャ、トルコ、ドイツ、スペイン、チェコ、ハンガリー、ポーランド、エストニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、アルバニア、クロアチア、モンテネグロ、北マケドニア……いまや加盟国は、30ヵ国に上る。

ロシア「ウクライナ侵攻計画」プーチンの強気の背景にある中国との“準同盟”関係/現代ビジネス | 講談社.2021

しかし今、大国復活を目指すロシアはこの地域で軍事的影響力を再び増大させる。厳しさを増していくNATOとロシアとの対立は、「新冷戦」とも呼ばれている。

ポスト「冷戦後」のかたち:ロシアと新たな対立 NATO、米欧亀裂で問われる存在意義/毎日新聞.2019

ウクライナではポロシェンコ前大統領によってEU・NATO加盟路線が憲法にされている

Петро Порошенко/YouTube

2019年2月、ウクライナの議会に当たる最高会議は、ポロシェンコ大統領(当時)が提出したEUと北大西洋条約機構(NATO)へのウクライナの加盟路線をウクライナ憲法に明記する憲法改正法案を可決しました。その結果、憲法序文には、ウクライナ民族の欧州アイデンティティとウクライナの欧州・欧州大西洋路線の不可逆性に関する文言が加筆されましたた。また、第102条には、「ウクライナ大統領は、ウクライナのEUとNATOへの完全な加盟に向けた国家の戦略的方針の実現を保証する者である」との文言も追加されたのです。

ウクライナとEUの関係はどこまで深まったか/朝日新聞GLOBE+.2021
ゼレンスキーも加盟方針を引き継いだ
НАШ/YouTube

しかし、親欧米路線の懸命のアピールも実らず、ポロシェンコは2019年3、4月の大統領選挙に敗れます。ただ、この選挙では対外路線の選択はほとんど争点にならず、ポロシェンコに取って代わったV.ゼレンスキー大統領も、方針を大きく変えることはありませんでした。ポロシェンコ前政権のようなドグマ的な色彩こそ薄れたものの、EUおよびNATOへの統合を軸とした国造りを進め、そのスタンスに立ってロシアと対峙していくという点で、ゼレンスキーは前任者の路線を基本的に引き継いでいます。

ウクライナとEUの関係はどこまで深まったか/朝日新聞GLOBE+.2021
NATOの東方拡大……ロシアにとっては自国の安全保障

ソビエトの崩壊後、疲弊した国のかじ取りを担うことになったプーチン大統領。一貫して掲げてきたのが「大国ロシアの復活」でした。

緊迫ウクライナ ~瀬戸際の国際秩序~(前編)/NHK.JP.2022

そのプーチン大統領が強く警戒してきたのが、アメリカが主導する軍事同盟=NATOの存在です。NATOは東西冷戦の終結後、東へと拡大。ウクライナの西隣にまで迫り、ロシアは自国の安全保障が脅かされていると繰り返し批判してきました。

緊迫ウクライナ ~瀬戸際の国際秩序~(前編)/NHK.JP.2022

【冷戦の時代】「北大西洋条約機構(NATO)」VS 「ワルシャワ条約機構(WTO)」

HISTORY/YouTube

 欧州では冷戦期、米国と西欧が「北大西洋条約機構(NATO)」、ソ連と東欧が「ワルシャワ条約機構(WTO)」というそれぞれの軍事同盟を結成し、激しくにらみ合った。

ポスト「冷戦後」のかたち:ロシアと新たな対立 NATO、米欧亀裂で問われる存在意義/毎日新聞.2019
1949年 北大西洋条約機構(NATO)結成
NATO/YouTube

第二次世界大戦が終わり、共産主義のソビエト連邦との対立が激しさを増す中で、ソ連を中心とする共産圏(東側諸国)に対抗するため、イギリスやアメリカが主体となり、1949年4月に結成されたのがNATO(北大西洋条約機構)。実質的に西側陣営の多国間軍事同盟である。

ウクライナ軍事侵攻:あおり運転は犯罪/アゴラ 言論プラットフォーム.2022

NATOの本来の任務は“集団防衛”でした。

【詳しく】そもそもNATOとは?なぜウクライナは加盟できない?/NHK | 日本放送協会.2022

実際に、ある加盟国に対する攻撃があった場合には、その攻撃を同盟全体への攻撃とみなして、攻撃された国を同盟国が援助する体制を築きます。

【詳しく】そもそもNATOとは?なぜウクライナは加盟できない?/NHK | 日本放送協会.2022

これが「集団的自衛権」の行使と呼ばれています。ただ、「冷戦」と呼ばれるように、実際に集団的自衛権が行使されることはありませんでした。

【詳しく】そもそもNATOとは?なぜウクライナは加盟できない?/NHK | 日本放送協会.2022
1955年 ワルシャワ条約機構(WTO)結成
British Pathé/YouTube

ソ連側もこれに対抗するため、6年後の冷戦期の1955年、ソ連を盟主とした東ヨーロッパ諸国が軍事同盟を結成、これがワルシャワ条約機構である。

ウクライナ軍事侵攻:あおり運転は犯罪/アゴラ 言論プラットフォーム.2022

NATOとの確執はベルリンの壁崩壊までさかのぼる

AP Archive/YouTube

 NATO拡大をめぐって今でも論争になっているのが、統一ドイツのNATO加盟の交渉にあたり、ゴルバチョフ氏が「NATO不拡大を約束されたのか否か」である。

ゴルバチョフは語る 西の「約束」はあったのか NATO東方不拡大/朝日新聞デジタル.2022
ブッシュ(父)米大統領とゴルバチョフソ連書記長が東西ドイツ統一への協議
AP Archive/YouTube

 1989年にベルリンの壁が崩壊し、ブッシュ(父)米大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長の間で東西ドイツの統一に向けた議論が始まりました。

「ゴルバチョフ氏の愚は繰り返さぬ」鈴木宗男氏が語るプーチン大統領の論理/AERAdot. – 朝日新聞デジタル.2022

同時にそのドイツとNATOとの関係をどうするかが大きな問題として浮上した。

軍事専門家が徹底分析、ロシア軍のウクライナ侵攻はあるか/JBpress.2022
「NATO軍は1インチたりとも東方に拡大しない」

当時のベーカー米国務長官は、ソ連の最高指導者だったミハイル・ゴルバチョフ書記長に対し「もし我々がNATOの一部となるドイツに留まるなら、NATO軍の管轄は一インチたりとも東方に拡大しない」と語っていたそうです。

特別掲載 戦争と平和/法学館憲法研究所.2022

この発言はその後、ワルシャワ条約機構(旧ソ連を中心とした東側の軍事同盟)が解体し、ソ連も崩壊したことで、正式に文書化されることはなかった。

中距離ミサイルが7分でモスクワに ウクライナの「核武装」を恐れるロシア=下斗米伸夫/週刊エコノミスト Online.2022

しかしこれはあくまでも当時の情勢を背景にした「発言」にすぎず、国家間の約束となる条約の形にはなっていない。

【新聞に喝!】ウクライナ危機 露の偽情報、日本でも拡散 日本大教授・小谷賢/産経ニュース.2022
ドイツの再統一にはソ連の安全保障に配慮する必要があった

 米国もドイツもほかの主要西側諸国もドイツ再統一に対するソ連の同意を得るために、ソ連の安全保障に配慮することを示す必要があり、ベーカー、コール、ゲンシャーのほか、当時、ジョージ・H・W・ブッシュ米大統領を含めソ連首脳と接触した米欧首脳はこぞって基本的にベーカーらの発言を支持したことが分かっている。

軍事専門家が徹底分析、ロシア軍のウクライナ侵攻はあるか/JBpress.2022

 ゴルバチョフに対するそうした働きかけの成果が1990年10月3日の再統一となって結実した。

軍事専門家が徹底分析、ロシア軍のウクライナ侵攻はあるか/JBpress.2022
果たして約束は本当にあったのか!?今も議論は続く

 文書化されていませんが、当時のベーカー米国務長官の回顧録『シャトル外交 激動の四年』(新潮文庫)にも、1990年2月9日のベーカー国務長官とゴルバチョフ氏の会談で「1インチたりとも拡大しない」と伝えた場面が紹介されています。

「ゴルバチョフ氏の愚は繰り返さぬ」鈴木宗男氏が語るプーチン大統領の論理/AERAdot. – 朝日新聞デジタル.2022

 公文書を研究した米国やドイツの研究者もNATOの東方拡大の約束はあったとの研究結果を発表している。

軍事専門家が徹底分析、ロシア軍のウクライナ侵攻はあるか/JBpress.2022
「東への1インチ」は東ドイツのこと?

 しかし、ベーカー国務長官が1インチたりとも「東方(eastward)」に拡大しないと言った時の東方とは東ドイツ部分のことで、東欧諸国を念頭に入れていたわけではないという米国の研究者の反論もある。

軍事専門家が徹底分析、ロシア軍のウクライナ侵攻はあるか/JBpress.2022
ロシアは約束したのに裏切られたと思っている

これには都市伝説だという批判もあるようですが、少なくともロシアではそのように受け止められています。

特別掲載 戦争と平和/法学館憲法研究所.2022

(前略)ドイツが統一され,ソ連が解体した後は,NATOの「東方拡大」が展開された。中欧・東欧の旧社会主義諸国,バルト三国もNATOに加盟したことで,ロシアは直接NATO加盟国と陸上での国境を接することになった。多くのロシア人は西側に「裏切られた」と思うようになっていた。

政権支持率の上昇と極東への梃入れ : ロシアのア ジア政策(p.35)/日臺 健雄.日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所.2015
果たしてNATOは「拡大」したのか?

「拡大」はNATOの趨勢を表現するのに最適な言葉ではない。なぜなら、それは1999年以降加盟した東欧12カ国が、多少なりとも受身的に関わったとも受けとれるからだ。第2次世界大戦後、ソ連の影響下にとらわれながら、ポーランドとリトアニア、チェコ、ハンガリーは自らの最良の保険契約を選んだ。結局、NATO加盟という決断は、自国を自力で守ることができず、中立も選択肢にない民主的な主権国家によって下されたものだ。

コラム:NATOはプーチン大統領をどう苛立たせたか/REUTERS.2016

【ソ連崩壊前】ソ連を構成する国々に対して“NATOには入らない”という条件をつけ独立を認める

BBC News – Русская служба/YouTube

1991年のソビエト崩壊によって、ソ連の共和国が独立していく。その中にウクライナもあったが、ロシアはこれらの地域がNATO(北大西洋条約機構)に入らないという条件付きで、独立を認めた。

ロシアとウクライナが「こじれた」複雑すぎる経緯/東洋経済ONLINE.2022

ワルシャワ条約機構が失効……NATOは敵を失った

 相手からの軍事的脅威を防ぎ、共同で侵略行為に対抗するための集団的安全保障の仕組みだったが、ワルシャワ条約機構は、ソ連が崩壊する直前の1991年7月に失効した(ソ連崩壊は同年12月)。

NATOを牽制したつもりがNATO加盟のドミノ倒しを生んだプーチンの自爆/JPbress.2022
ロシア(ソ連)は存在意義がなくなったNATOも同じようになくなると期待していた

ロシアとしては、一発の弾丸が飛んでこなくても、欧州分断のもとになっていたワルシャワ条約機構を廃止したのだから、その対抗組織であるNATOはなくなると期待したわけである。

「NATOに行くのは許さない」プーチン政権が異常なまでにウクライナに執着する悲しい理由/PRESIDENT Online.2021

冷戦が終わったとき、敵が消滅した。当然ながら使命を失ったのであるから、組織自体も不要である、との意見が出た。とくにロシアは、NATOに対抗してきたワルシャワ条約機構(WTO)が解体したのだから、NATOも解体し、東西を包摂する欧州安全保障協力会議(CSCE、後にOSCE)がヨーロッパの新しい安全保障組織になるべきである、と主張した。

変わるヨーロッパの安全保障の枠組み/時事オピニオン.2007
NATOは存在意義を模索していく中で存続していく事になった

 しかし、NATOは、長年かけて協力のノウハウを蓄積してきた軍事組織である。解体は容易でも、創設には時間がかかる。結局、NATOは新たな使命を模索しながら存続することになったのである。

変わるヨーロッパの安全保障の枠組み/時事オピニオン.2007

ソ連崩壊後……恐怖を覚えていたバルト三国などはNATO加盟を目指す

World101/YouTube

これまでワルシャワ条約に基づく軍隊に攻め込まれ散々痛い目を見てきた旧東欧諸国やソ連邦の中でもロシアに対する恐怖心を明確に持っていたバルト三国などが、「一回政体が変わったからといって信用できない。NATOは残すだけではなく、自分たちをそこに入れてほしい」と言い出したのである。

「NATOに行くのは許さない」プーチン政権が異常なまでにウクライナに執着する悲しい理由/PRESIDENT Online.2021
ロシアにとってこれは西側の軍事同盟が迫ってくる脅威と受け取られた

これには一定の説得力があった。しかしロシアとしては、冷戦の遺物たる反ロシア機構が東方に拡大し国境線に迫ってくることなど受け入れられるわけがなかった。

「NATOに行くのは許さない」プーチン政権が異常なまでにウクライナに執着する悲しい理由/PRESIDENT Online.2021
アメリカのクリントン大統領とその親友タルボット

この時調整の役割を果たしたのがアメリカである。その任に当たったのが1993年1月から8年間大統領職についたクリントンであり、この間対ロ政策のシナリオを描いたのがロシア専門のジャーナリストでクリントンの学生時代からの親友ストローブ・タルボットだった。タルボットは日本の対ソ連政策に関心をもち、当時外務省のソ連課長だった筆者とも親しかった。

「NATOに行くのは許さない」プーチン政権が異常なまでにウクライナに執着する悲しい理由/PRESIDENT Online.2021

ロシアとアメリカの関係悪化のはじまりは“アメリカのクリントン大統領のNATO拡大”

 ソ連崩壊後、民主主義と市場経済を標榜して米国に擦り寄っていたロシアと米国の関係が今のように悪化した遠因は、1994年クリントン大統領がNATO拡大を始めたことにある。

米ロ関係はなぜここまで悪化したのか/WEDGE Infinity.2017
「NATOに拡大はロシアを挑発することになる」ジョージ・ケナンがタルボットに警告

 同盟拡大はロシアを挑発すると警告したのは、ソ連代理大使も務めた晩年のジョージ・ケナン氏だ。プーチンにはソ連を再建する意図はない、とクリントンのブレーン、ストローブ・タルボット国務副長官(当時)に説いた。

(ひもとく)なぜウクライナか ロシアが侵す、宗教の断層線 下斗米伸夫=訂正・おわびあり/朝日新聞デジタル.2022
警告を無視したタルボットロシアを敗戦国扱いし従わせた

 当時国務副長官として対ロ政策を仕切っていたストローブ・タルボットは、上記のケナンの警告を無視した。タルボットは自ら書いているように、「こちらの提案から一歩も譲らず、相手が折れるまで待つ」という交渉術を奉じ、ロシアを敗戦国扱いして何でも呑ませたのである。当時コズイレフ外相は、タルボットに苦情を述べている。「米国の命令に従うのがロシアの為になると君は言うが、それは我々の傷に塩を塗り込むようなやり方だ」と。

米ロ関係はなぜここまで悪化したのか/WEDGE Infinity.2017
当時のロシアの大統領は新欧米路線のエリツィン

 1991年のソ連解体後、エリツィン大統領の時代、ロシアは急速に欧米流の自由主義や市場経済を導入した。

元ロシア情報機関員変死:所謂「ロシアのソ連回帰」について考える/JIIA -日本国際問題研究所-.2022
「旧ソ連諸国のNATO加盟については長い道のり」クリントン政権(アメリカ)がエリツィン大統領に説明

 1993年10月のクリストファー国務長官の訪ロから、ボタンの掛け違いは始まった。彼はNATOと東欧・ロシア諸国の関係についてPfP(Partnership for Peace)という構想(注:ワルシャワ条約機構の旧ソ連諸国がまとまって、NATOと緩い協議体を作るというもの)を提示、「これは東欧・ロシア諸国がいつかはNATOに加盟する道を開くものだが、それは長い道のりである」とエリツィン大統領に説明した。当時のロシアのエリツィン大統領は、これでNATOとの関係は安定し、ロシアの面子も救われると考え、この構想を全面的に支持した。

米ロ関係はなぜここまで悪化したのか/WEDGE Infinity.2017
「NATOにはどの国も加盟できる」大統領選を控えたクリントンは政策を変更

 ところが、1994年後半になって、アメリカのクリントン政権は、大統領選で東欧系移民の票を得るために、「NATOにはどの国も加盟できる」と表明して政策変更をしたのである。選挙ですべてが決まる民主主義、そしてポピュリズムのアキレス腱である。

【舛添直言】プーチン、NATOへの敵愾心の原点は「クリントンの裏切り」/JBpress.2022
クリントン大統領(アメリカ)がロシアを「騙した」ことになった

クリントンは約束を違え、ロシアを「騙した」ことになった。クリントンはロシアを宥めるために、NATO・ロシア評議会を設置したが、何も決定権のないまやかしであった。

米ロ関係はなぜここまで悪化したのか/WEDGE Infinity.2017
ボスニア紛争での国連や欧州の無力感、NATOの関与拡大などに刺激されたロシアでは親欧米の政治家が没落

それまでにユーゴスラビア崩壊にともなうボスニア紛争での国連やヨーロッパ諸国の無力とNATO軍の関与拡大はロシアをさらに刺激し、親欧米路線の若手アンドレイ・コズィレフ外相の没落につながった。

第 1 章 ソ連崩壊 30 年の米ロ関係とロシアの政策(p.8)/下斗米 伸夫.JIIA -日本国際問題研究所-
次々とNATO加盟国は増えていく……ついに旧ソ連圏のバルト三国も加盟

 その後、ロシアは1997年5月にNATO・ロシア基本協定を結んだのだが、NATOは同年7月にマドリッドで開いた首脳会議で、チェコ共和国、ハンガリー、ポーランド3カ国の加盟を承認、これら3カ国は1999年4月に加盟した。

独統一の際、NATO東方不拡大の約束はあったのか/News Socra.2022

 拡大の動きはさらに、かのヘルシンキ首脳会談でエリツィン大統領が「レッドライン」と警告した旧ソ連圏にまで及び、2004年にはバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)がNATOに加盟してしまった。

ロシアはもうG8復帰を望まない/日経ビジネス.2022
「新たな東西対立へとおとしめることになるだろうと。残念ながら、その通りになった」エリツィンの回想録

 エリツィン氏は、退任後の00年に出した回想録「大統領のマラソン」(AST出版)の中ではこう記している。

ゴルバチョフは語る 西の「約束」はあったのか NATO東方不拡大/朝日新聞デジタル.2022

 「私は世界に向けてこう語った。これ(NATO東方拡大)は誤りだ。新たな東西対立へとおとしめることになるだろうと。残念ながら、その通りになった」

ゴルバチョフは語る 西の「約束」はあったのか NATO東方不拡大/朝日新聞デジタル.2022
親欧米路線が崩壊したロシアはインド・中国などにさまざまな方位に外交を転換

こうしてロシアの親欧米路線は崩れ、かわりに96年にロシア外相になったゴルバチョフ・ブレーンだったプリマコフはインド、中国など全方位外交に転換し、クリミア半島に位置する戦略部隊、黒海艦隊を賃貸と共同管理で決着します。

「ソ連崩壊から30年」(視点・論点)/NHK 解説委員室 – NHK.2021
さらにエリツィンが実施してきた欧米流の政策はアジア金融危機とぶつかり破綻

この間エリツィンの市場改革路線は98年アジア金融危機のあおりを受けて破綻、この危機を救ったのも外相から急遽首相になったプリマコフでした。またNATO拡大がコソボ危機を招いた時、首相プリマコフは訪米を中止したことで、次期大統領候補の呼び声も出てきます。

「ソ連崩壊から30年」(視点・論点)/NHK 解説委員室 – NHK.2021
エリツィンはプーチンに後を任せ大統領の座を降りる

こうした折、エリツィンがプリマコフに対抗するため登用したのが、元東ドイツ駐在KGBのプーチン現大統領でした。1999年末、病気がちのエリツィンは、プーチンに後事を託しました。チェチェンなどのテロに対抗したプーチンは国家再建と保守主義、そして経済成長を掲げ登場しました。

「ソ連崩壊から30年」(視点・論点)/NHK 解説委員室 – NHK.2021

大統領に就任したプーチンはNATOを敵と見なした!!?

2000年、初めての大統領選に立候補したプーチン大統領は、NATOを敵とみなしたり、同等の立場からNATOに加盟する可能性を排除したりしないと述べた。「同等の立場から」という言葉は今日、プーチン氏の怒りを理解するためのカギとなる。

コラム:NATOはプーチン大統領をどう苛立たせたか/REUTERS.2016

【コソボ紛争】NATOがユーゴスラビアを空爆……ロシアのNATOやアメリカの不信感が増幅

AP Archive/YouTube

ロシアの反NATO・反米観を増幅したのが、99年のNATO軍によるユーゴスラビア空爆だった。

ウクライナ侵攻×特派員:冷戦終結後30年余は「戦間期」だった 「冷たい平和」も消えた国/毎日新聞.2022
ユーゴスラビア連邦セルビアの一つの自治州コソボ「多数派のアルバニア系住民・この土地が聖地のセルビア系住民」

多数派のアルバニア系住民と、ここを聖地と考えるセルビア系住民が共存していた。コソボの自治とはまさにアルバニア系住民のためのもので、当時はアルバニア語教育などが認められていた。

空爆から20年後の旧ユーゴスラビアを行く (1)セルビア編/情報・知識&オピニオン imidas.2019

 1980年代は、「本国」アルバニアが、独裁者エンベル・ホッジャが始めた鎖国によって欧州最貧国となったために、この寛容なセルビアのコソボ自治州を目指し難民となって流れくるアルバニア人が多数存在した。むしろ当時は少数派のセルビア系住民が被害にあっていたという事実も存在する。

空爆から20年後の旧ユーゴスラビアを行く (1)セルビア編/情報・知識&オピニオン imidas.2019
冷戦後にユーゴスラビアのアルバニア系住民は独立運動を開始!!

冷戦終結後、旧ユーゴスラビアの解体が始まるにつれて、コソボのアルバニア系住民は、コソボの独立あるいはユーゴスラビア内の共和国昇格を求めて運動を強めた。

コソボ独立宣言とその影響/JIIA -日本国際問題研究所
政府はコソボの自治権を無効!さらにアルバニア系住民との対立が深まる

1989年、ユーゴスラビア連邦共和国はコソボの地方自治権を無効にした。(中略)コソボのアルバニア人は反発し、自治を求めてセルビア国家機関や行政当局をボイコットした。

コソボ/国連広報センター
アルバニア系の武装勢力コソボ解放軍(KLA)が台頭

緊張が高まり、1996年、武力による独立を求めてコソボ解放軍(KLA)が表面に出てきた。KLAは、セルビア人役人と彼らに協力するアルバニア人を対象に攻撃を開始し、セルビア当局は大量逮捕の形でそれに応えた。

コソボ/国連広報センター
武装組織コソボ解放軍(アルバニア系)がセルビア人に武力攻撃

1998年3月5日、コソボの政治指導者たちが自治権を高めようと長年苦闘してきた平和的努力が実を結ばす、コソボ解放軍は、イスラム教徒が多数を占めるユーゴスラビアの地域におけるセルビア人支配に対して武力蜂起した。

コソボ紛争/ARAB NEWS.2020
ユーゴスラビア政府は鎮圧するために軍隊を派遣!それはアルバニア家住民への無差別に攻撃

(前略)ミロシェビッチ大統領は強硬策に出て、軍隊を現地に派遣してアルバニア系住民に対する厳しい弾圧を行った。

コソボ独立宣言とその影響/JIIA -日本国際問題研究所

治安部隊は、アルバニア系住民の町や村で多数の一般住民を殺害し、家を焼き討ちしました。

世界は レイシズムと どう向き合ってきたか(p.13)/宮原曉・山本博之・石丸次郎・ 立岩礼子・西芳実 編.JCAS公開シンポジウム報告書世界はレイシズムとどう向き合ってきたか地域研究とジャーナリズムの現場から.2015

(前略)隣接するアルバニアに多くの難民が流れ、重大な人道危機をもたらした。

コソボ紛争/ARAB NEWS.2020
「人道的介入」国連の決議を無視してアメリカ主導のNATOが空爆を開始!アルバニア系住民が優位になった

NATOの介入は国連の決議なく行われ、先導した米国のクリントン大統領は「人道的介入」と呼んだ。

ミャンマー、ウイグル、香港…国際社会で試される日本の「人権問題」対応/ダイヤモンド・オンライン.2021

 セルビア系住民から虫ケラ同然に扱われていたアルバニア系住民は、NATOの進駐で一転優位となった。

【ウクライナ発】プーチン「虐殺発言」は耄碌か ニセ旗にしてはお粗末/田中龍作ジャーナル.2022

 人道介入を掲げたNATOはセルビア側を完膚なきまでに叩いたのである。

【ウクライナ発】プーチン「虐殺発言」は耄碌か ニセ旗にしてはお粗末/田中龍作ジャーナル.2022
NATOの空爆は沢山の民間人と子供を虐殺

 当初、NATOとすればコソボ自治州のアルバニア系住民への虐殺に象徴される迫害をユーゴ・ミロシェビッチ大統領の「民族意識による非人道的浄化作戦だ」と非難し、「人道的見地から和平を促進させる」という大義名分を用意し、国際世論を味方にしてユーゴを武力でねじ伏せ、ミロシェビッチに和平案を受け入れさせるのが狙いだった。

NATO空爆が残したもの/ローカル通信舎

 しかし、空爆効果という表面的な幻想での「武力でねじ伏せる」思惑の実現は、米軍自慢のステルス攻撃機の撃墜が一面を象徴したように簡単なものではなかった。また「人道的見地での攻撃」は、逆にコソボからの大量難民の流出に拍車をかけた。否、そればかりではなく誤爆による民間人の死傷者増など、いわば「非人道的な状況」を生んだりと、いずれも皮肉な結果になった。

NATO空爆が残したもの/ローカル通信舎

 国連難民高等弁務官事務所によると、NATOの空爆開始以来、コソボ州から避難したアルバニア系難民は、アルバニアに約44万人、マケドニアに約23万人、モンテネグロに約7万人、ボスニアに約3万人が流入。トルコやクロアチア、ブルガリアにも約3万人が避難したという。欧州連合(EU)やNATOは、難民10万人を一時受け入れる方針を決めたが、空爆開始後2カ月間で受け入れたのは約5万人にとどまり、バルカン諸国に難民の受け入れを依存し続けた。

NATO空爆が残したもの/ローカル通信舎

 さらにNATO空爆は、民間人の死者1500人以上、負傷者約5000人以上をうみ、その4割が子供という現実は、「典型的な戦争犯罪」にも至った。

NATO空爆が残したもの/ローカル通信舎
セルビア人がコソボから避難、今度はアルバニア人がセルビア人を迫害した

99年のNATO(北大西洋条約機構)による空爆によってセルビア軍はコソボより撤退し、半数の80万人が難民となって国外へ避難したアルバニア人がコソボへ戻った。今度は逆にセルビア人がコソボより避難を始め、アルバニア人によるセルビア人を含む少数民族への迫害が伝えられるようになった。

世界の子どもたち/日本ユニセフ協会.2001
第三者から見るとどっちもどっち?西側メディアはセルビア人側だけを叩いた

コソボ紛争でも「エスニッククレンジング(民族浄化)」という言葉が「発明」されて、セルビアが一方的に「エスニッククレンジング」を行っている悪者、コソボ人=被害者的な報道が主流だった。ところがこれも嘘で、KLA(コソボ解放軍)の方が先に警察署を襲ったり、虐殺行為などを行っていた。やったらやり返すことが繰り返されて、第三者からみればどっちもどっちだったが、西側メディアはセルビアだけを悪者にした。

ウクライナ侵攻 ロシアにも三分の理/Japan In-depth.2022
ロシアはNATOをパートナーから敵に変更する

(前略)NATOが、ロシアが常任理事国として参加している国連安全保障理事会の決議を取り付けないまま、NATO域外であるユーゴスラビアへの空爆に踏み切ったことは、ロシアからすれば従来の国際安全保障のルールを逸脱する暴挙であった。また、域外における軍事行動を容認する新戦略概念をNATOが採用したことも、チェチェン問題を抱えるロシアとしては、論理的にはコソボと同じような人道介入がロシアにも適用される可能性が生まれたこととなり、決して容認することはできないものであった。

プーチン・ロシア新政権の対外・安全保障戦略(p.127)/兵頭 慎治.防衛研究所WEBサイト

 冷戦が平和的に終結した在り方、つまり、敗北した側が負けを認め、新たな秩序に同意し、勝利した側との和解と統合を目指すという在り方は、歴史上まれなことである。全体主義的な共産主義のくびきから放たれたロシア国民は、西側との良好な関係が見込まれることを歓迎した。その親善ムードは、1999年のNATOによる一方的なコソボ介入によって水を差されて消失し、その代わりに西側の意図と誠意への疑念が再燃した。これを機にロシアは、NATOの潜在的なパートナーから再び不倶戴天の敵へと変わったのである。

クリントン、ブッシュ、オバマ、トランプの大統領外交政策における最悪の失敗/戸田記念国際平和研究所

ロシアにとって地政学的にも最重要な緩衝地帯“ウクライナ”はEU・NATO加盟を目指した

ウクライナは1991年にソ連邦の解体によって独立国家として誕生した。その後、2004年5月にポーランドやスロバキアなど旧東欧8カ国がEUに加盟したことによりウクライナはEUとロシアとの国境を接することになり、地政学的にも最重要な地帯となった。

ウクライナ大統領候補のダイオキシン中毒事件とマスコミ報道(pp.1-2)/林俊郎、石丸梓.情報操作と社会現象 その6

2004 年 11 月にはウクライナで、大統領選挙の結果を不当と主張する抗議運動が広まって、
再選挙によりヴィクトル・ユシチェンコが当選した(オレンジ革命)。ユシチェンコ政権は
NATO 加盟の交渉を進めるなど、反ロシアの政策を進め、ロシアは反発したが、この政権
を崩すほどの工作を行わなかった。

第9章ウクライナ戦争とNATOをめぐるロシアの言説と現実(p.86)/山添 博史.JIIA -日本国際問題研究所-

「NATO拡大はいったい誰に対抗するためのものなのか?」プーチン大統領がNATOにブチギレ

Brut America/YouTube

 2007年になると、プーチンはついにぶちギレた。アメリカやNATOに対して、堪忍袋の緒がついに切れたことを明言したのだ。

15年前に発せられていたプーチンのNATO、アメリカに対する“ぶちギレ”演説/デイリー新潮.2022

2007年のミュンヘン安全保障会議での演説だった。「ワルシャワ条約機構の解体後、欧米は(軍事ブロックを拡大しないよう)保証したのか」。

【地球コラム】新ウクライナ危機、プーチンの真意は/JIJI.COM.2021

「NATOは前線部隊をわれわれの国境付近に配置してきた。それでも、われわれは条約義務を厳格に守り、こうした活動にも目をつぶってきた。NATOの拡大が、同盟そのものの現代化やヨーロッパの安全保障の確保と無関係であることはあまりに明らかだ。一方、お互いの信頼を貶める重大な挑発であることは間違いない。そこで訊こう。NATO拡大はいったい誰に対抗するためのものなのか?」。大規模な国際会議の場で、プーチン大統領がアメリカへの不満をぶちまけたのはそれが初めてだった。

15年前に発せられていたプーチンのNATO、アメリカに対する“ぶちギレ”演説/デイリー新潮.2022

当時は、ロシアがソ連崩壊後の混乱と弱体化を経て、大国としての自信を取り戻した時期に当たる。安全保障をめぐる主張はこの時から変わっていない。

【地球コラム】新ウクライナ危機、プーチンの真意は/JIJI.COM.2021

 なお、こうした訴えにもかかわらず、NATOは2008年4月の首脳会議でウクライナとジョージアを「将来的に」加盟させる方針を決めた。

【地球コラム】新ウクライナ危機、プーチンの真意は/JIJI.COM.2021

ジョージア(グルジア)とウクライナがNATO加盟の機会があったが……実現しなかった

FRANCE 24 English/YouTube

2008年4月、ウクライナとジョージアはブカレストサミットでNATOに加盟する機会がありました。米国大統領ジョージ・W・ブッシュ政権による有利な立場にもかかわらず、候補国としての地位を与える決定は、ロシアからの圧力もあって、ドイツとフランスによって阻止されました。

なぜロシアはウクライナのNATO加盟をそこまで恐れているのか?/Експедиція Україною
これをレッドラインとみなしたロシアがジョージアに侵攻
CBS/YouTube

だがロシアはこれを一線を越えたものとみなした。

6枚の地図が明らかにするロシア・ウクライナの衝突/CNN.co.jp.2022

勢いづくジョージアの挑発を受け、ロシアは同年8月に軍事介入。親ロシアの南オセチアなどを「独立」させ、NATOが旧ソ連圏を侵食することに強い警鐘を鳴らした。

【地球コラム】新ウクライナ危機、プーチンの真意は/JIJI.COM.2021
さらに数年後にウクライナのクリミア・とドンバス地方を占領

そして6年後、ロシアはウクライナのクリミアとドンバスを占領したのです。

なぜロシアはウクライナのNATO加盟をそこまで恐れているのか?/Експедиція Україною

NATO加盟のためにはその国は領土紛争問題を抱えてはいけない=侵略や占領を実行で加盟阻止できる?……つまり

NATO加盟が認められるためには、申請国はいかなる領土紛争問題も抱えてはいけないことになっている。

コラム:NATOはプーチン大統領をどう苛立たせたか/REUTERS.2016
プーチンの戦争の口実「NATO東方拡大」に疑問符

ジョージアとウクライナへの悲劇的な侵略と占領のため、二つの国のNATO加盟の希望についてプーチンは事実上の拒否権を手にした。なぜならばNATOはロシア軍に部分的に占領されている国の加盟を認めることは決してないからである。この事実はプーチンの現在の侵略はNATO加盟に向けられたものであるという主張を弱める。彼は事実上NATO拡大をすでに阻止しており、このことから、彼が今日のウクライナにおいて、はるかに重要なことを望んでいることを明らかにしている。つまり、ウクライナの民主主義を終焉させることと従属国への引き戻すことが目的である。

プーチンが最も恐れているもの/nippon.com.2022

ある時期、プーチンはロシアのNATO加盟について話していた!?

ロシアのNATO加盟を示唆する発言が、プーチン本人の口から出たこともあった。

《三流国に甘んじない。ロシアの真の力を回復する》今こそ知るべきプーチンの“内的ロジック”/文春オンライン.2022
プーチンが大統領代行時代にクリントン大統領にはNATO加盟を打診

 2000年にはクリントン大統領に対し、ロシアのNATO加盟を打診している。当時、ロシア経済は破綻しており、軍事力も衰退していた。西側の支援を得ることで危機打開を図ろうとしたのである。

ロシア・ウクライナ侵攻は何が引き金になったのか㊦ ロシアとの外交を軽んじたアメリカとNATOの「誤算」=中岡望/エコノミストONLINE.2022
プーチンは当時を振り返り「クリントンに冷たくあしらわれた」

2000年に、クリントン米大統領(当時)にロシアのNATO加盟は可能かと尋ねたところ、実に冷たくあしらわれたという。NATOが東方に拡大し、旧ワルシャワ条約の加盟諸国まで含むようになれば、「それら諸国と私たちの関係は改善され、ロシアは友好的な国々に取り巻かれることになるだろう」。クリントンはそう言ったと、プーチンは苦々しく回想してみせた。

プーチンは戦争に負けたことがない、この戦争は長くは続かない/Newsweek.2022

彼はその時「なぜダメなのか。ロシアの国益を考え、もし平等なパートナーということであれば、その可能性を排除しないのは当然だ。ロシアは欧州文化の一部であり、ロシアが欧州の中で孤立するとは考えていない。だから、NATOを敵対視することは困難だ」などと話している。

プーチンが最も恐れているもの/nippon.com.2022
【9.11】のアメリカがテロとの戦いを始めると、プーチンはアメリカNATOと協力関係を結ぶ
AP Archive/YouTube

米同時テロが起きた2001年9月11日の前後、ロシアでは南部チェチェン共和国の独立派との紛争が続き、大規模テロが頻発していた。

対テロ名目で弾圧強化と批判も ロシア国内の脅威は低下―「9.11」から20年・プーチン政権/JIJI.COM.2022
プーチンがNATO本部を訪問!!ロシアがNATOに参加する可能性にも言及

ロシア指導部は、今回のテロ事件を、停滞している対米関係、対欧州関係を一気に改善する絶好の機会ととらえた。また、チェチェン共和国におけるロシアの軍事行動が、あくまでも国際テロのネットワークへの対処であるとのロシアの主張を欧米諸国に理解させる機会ともみなした。

第1章 米国同時多発テロ事件と東アジアの安全保障(p.24)/防衛研究所WEBサイト

プーチンは、各国首脳の中でもいち早くブッシュに電話し、米国支持と具体的な支援策も打ち出した。9月24日、プーチンは、対テロ対処に関する5項目からなる決定を明らかにした。それらは、①米軍に対する情報の提供、②人道支援のための航空機の領空通過の容認、③中央アジア諸国が自国の飛行場の使用を米国に認めた場合、その決定を支持する、④アフガニスタンにおける国際捜索救助活動への参加、⑤反タリバーンである「北部同盟」に対し装備および軍用機材を提供し追加的支援を行う、というものであった。ロシアは、旧ソ連時代のアフガン戦争の経験から得た多くの貴重な情報を有していることと、アフガニスタンに隣接する中央アジア諸国に大きな影響力を有していることから、米国に対して協力できる分野が大きかった。

第1章 米国同時多発テロ事件と東アジアの安全保障(pp.24-25)/防衛研究所WEBサイト

10月初頭、ブリュッセルのNATO本部を訪問したプーチンは、国際テロリズムという共通の敵に対して、ロシアとNATOの協力関係を強化することが不可欠であるとの考えを表明し、将来ロシアがNATOに参加する可能性についても言及したと報道されている。ロバートソンNATO事務総長は、「クレムリンは西側の安全保障機構への統合を決めたのだ」との見方を示している。しかし、ロシアとNATOの対テロ協力体制は、NATOの第2次東方拡大の動きによって崩れる可能性も否定できない。

第1章 米国同時多発テロ事件と東アジアの安全保障(p.25)防衛研究所WEBサイト

同年11月の訪米中、プーチンは(テロとの戦いについて)「われわれは異なったやり方や手段を用いるかもしれないが、それは同じ目標に向かうものであり…、どんな解決方法が見つかったとしても、それは両国と世界における利益を脅かすものではない」という現実的だが友好的な手記を発表した。また、同月行ったインタビューでは「ロシアは国際社会におけるNATOの役割を理解しており、この組織との協力を拡大する用意もある。もしわれわれが両者の関係を質的に変化させ、関係の形式を変容させるなら、NATO拡大という問題はもはや懸案でなくなり、 関連のある問題ではなくなるだろう」とまで述べている。

プーチンが最も恐れているもの/nippon.com.2022
旧ソ連圏「エストニア」「ラトビア」」「リトニア」がNATO加盟方針を打ち出した時、プーチンは理解を示していた

NATOは02年、エストニアとラトビア、リトアニアの旧ソ連圏バルト三国の加盟方針を打ち出したが、プーチン大統領はここでもほとんど反応しなかった。加盟阻止に向けた侵攻の脅しもなかった。01年末に、バルト諸国のNATO加盟に反対するのかと具体的に質問された際に、プーチンは「われわれはもちろん、(他国に)どうしろという立場にはない。彼らが安全保障を強化したいと希望する場合に特定の選択を禁止することはできない」と述べている。

プーチンが最も恐れているもの/nippon.com.2022
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ヨーロッパはなぜ東西陣営に分断され、緊張緩和の後は一挙に両陣営が統合されたのか。経済、軍事的側面にも注目しつつ、最新研究により国際政治力学を分析する。(「紀伊國屋書店」データベースより)

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【ウクライナ危機(32)】NATOのミサイル防衛システムは脅威!それがウクライナに配備されればモスクワまでたった数分で……。『侵攻の口実“MDシステム”』
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