【ウクライナ危機(3)】約350年待ち続けた……。ウクライナの人々はついに独立へ!!『ウクライナ独立』

【ウクライナ危機(3)】約350年待ち続けた……。ウクライナの人々はついに独立へ!!『ウクライナ独立』

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【ウクライナ危機(2)】史上最悪の原発事故“チェルノブイリ”は超大国の終わりの始まり!?共和国が次々と独立『ソビエト連邦崩壊』
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Ukraine independence

ウクライナ独立

almostunrealthing/YouTube

1917年、ロシア革命がありました。その頃に独立の試みがあって、事実上独立国のような形で一時的にウクライナ人民共和国が存在はしたのですが、当時のロシア・ソビエト政権からの攻撃に遭って滅ぼされて独立はかなわなかった。第二次世界大戦後も独立はかなわず、独立は冷戦終結時まで待たざるを得なかった。

ウクライナは西をめざす/一般財団法人 日本原子力文化財団

事実上の独立を宣言する「国家主権宣言」

 ソ連邦の構成共和国であったウクライナ社会主義共和国は、ペレストロイカの機運の中,1990年7月16日に共和国主権宣言を採択した。

徹底解説:ウクライナ危機とNATO東方拡大の歴史/JBpress.2022

同宣言の前文には、「共和国政権のその領土内での統治、自律、完全性、不可分性、また外交関係での独立と平等」が宣言されている。宣言では、ウクライナの民の名を代表できるのは最高会議のみと記述された他、現存の国境でのウクライナ領は不可侵だと宣言された。また、ウクライナの民のみが、ウクライナの国家の資源を管理し、利用し、使役できる権利を持つと強調された。

30年前の今日、ウクライナは国家主権宣言を採択/ウクルインフォルム通信.2020

ウクライナ国家主権宣言は、その後1991年8月24日に最高会議によって採択される「ウクライナ独立宣言」にとっての基盤となった。8月24日、ウクライナは、独立国家であることの実質的に2度目の宣言を行い、ソ連邦の構成から最終的に離脱したのであった。

30年前の今日、ウクライナは国家主権宣言を採択/ウクルインフォルム通信.2020

国民投票では90%以上が独立を支持!「クラフチョクが初代大統領に就任」

 同年12月1日に独立に関する国民投票を行い、90%以上の圧倒的多数が独立を支持し、同時にレオニード・クラフチュク最高会議議長が初代大統領として選出された。

徹底解説:ウクライナ危機とNATO東方拡大の歴史/JBpress.2022

しかも,この住民投票では,ロシア語地域,民族的なロシア人が多数暮らす地域でも独立が支持され,くだんのクリミアにおいても賛成票が54.2%と多数に上った。

ウクライナ経済の実相と対EU関係(p.139)/服部 倫卓.『日本EU学会年報』第35号,pp.137-163 平成27年
キエフ子の中央の広場「独立広場」

 キエフ市の中心に位置する「独立広場」(マイダン・ネザレージュノスチ)は,旧ソ連時代には「革命広場」と呼ばれていました。1991年8月24日,ウクライナは独立を宣言し,同年末のソ連崩壊によりウクライナ独立が達成されました。武力衝突のない無血の独立でしたが,1990年夏には,キエフ大学を中心に学生のハンガー・ストライキがこの広場で行われ,ソ連共産党の指導的役割を謳った憲法の条項を削除することなどを要求しました。このデモは市民の賛同を得て,最後には当時のクラフチューク最高会議議長(初代ウクライナ大統領)が学生達と会うことにより解決されました。

略史/在ウクライナ日本国大使館

ソ連崩壊!!ついにウクライナは本当の意味の独立を果たす!

 12月3日ロシア共和国が独立を承認するに至って同国の独立(ソ連邦からの離脱)は決定的になり、さらに、旧ソ連諸国からなる独立国家共同体(CIS)の誕生(12月8日)とソ連邦解体(12月25日)に伴い、ウクライナは名実ともに独立国となった。

徹底解説:ウクライナ危機とNATO東方拡大の歴史/JBpress.2022

独立国を持つまで、約350年待ったとされるウクライナ人。

「ウクライナの自由奪うな」 ゆかりの研究者、教え子や仲間の無事祈る/産経ニュース.2022

長い歴史を振り返れば、10世紀、11世紀、12世紀のキエフ・ルーシの頃はヨーロッパの一つの大国でした。ビザンチン帝国(東ローマ帝国)と並ぶ大国でした。1991年はそれ以来の独立かもしれません。

ウクライナは西をめざす/一般財団法人 日本原子力文化財団

西側や東側にもつかない中立国として始まった独立国として歩み出した

(前略)ようやく完全な独立国になり、西側世界とも東側世界とも密着しない中立を貫いてきました。

近代における「ウクライナ」の歩み ロシアによる侵攻 ~ウクライナをNATOに加入させたくないロシア~/ラジオ関西 JOCR 558KHz

首都「Київ」の英語表記を「Kiev」から「Kyiv」に変えることが正式に認められたのは1995年だった。

英語メディアはウクライナの首都をKievではなくKyivと綴る。前者はロシア語の発音に基づく/HUFFPOST.2022

ウクライナ憲法が成立

 1996年6月28日に最高会議にて採択・施行された現行のウクライナ憲法は,ウクライナは共和国であると規定し,立法府(一院制の最高会議),行政府(閣僚会議),司法府(裁判所)の三権分立を明記している。また,国家元首たるウクライナ大統領は,国家主権,ウクライナの領土一体性,ウクライナ憲法の遵守,国民の権利と自由の保証人であるとされる。

ウクライナ概観 (2011年10月現在)/在ウクライナ日本国大使館

新通貨「フリヴニャ」

1991年の独立に伴いくソビエト連邦のルーブル(SUR)と等価の独自通貨であるカルボーヴァネツィ(UAK)は発行された。もともとSURもウクライナではカルボーヴァネツィと呼ばれ、紙幣にもウクライナ語ではカルボーヴァネツィと記されている。正式名称はカルボーヴァネツィだが、紙幣にはより大きな文字でクーポンと記され、通常はクーポンと呼ばれた。

ウクライナ/世界のお金 – 旅して

1991年発行のカルボーヴァネツィは番号もないものだったため、1992年にデザインを変更し通し番号を入れた。

ウクライナ/世界のお金 – 旅して

1996年に、100000UAK=1UAHのレートで実質的なデノミを行い、現在の通貨であるフリヴニャ(UAH)が導入された。

ウクライナ/世界のお金 – 旅して

ロシアと友好協力条約を結ぶ

 ロシアとウクライナは歴史的・文化的に極めて密接な繋がりを有し,ウクライナ国内に約1,000万人のロシア系住民が,またロシア国内にも約400万人のウクライナ系住民が居住するなど,文字通り最大の隣国である。同時に最大の貿易相手国でもあり,対ロ外交はウクライナ外交の優先分野の一つである。1999年3月には,両国間で最大の懸案であった包括的な友好協力条約(1997年5月署名)がロシア上院において批准され,ウクライナの領土保全,両国の国境不可侵が確認された。また,ロシア側が同条約の発効の条件としていた黒海艦隊分割に関する3協定も,1999年3月にウクライナ最高会議によって批准され,独立以来の両国の懸案が解決された。

外交/在ウクライナ日本国大使館

独立時は世界3位の核保有国「ソ連崩壊前の核弾頭が国内に多数存在」

  当時のウクライナは世界3位の核保有国だった。そのため、ウクライナ独立はソ連解体の直後から地政学的な安全保障問題となっていた。

オリガルヒ時代の終焉近づく、プーチン大統領のウクライナ誤算で/Bloomberg.2022

ソ連がウクライナ国内に大量の核兵器を置いていたためだ。ウクライナにあった核弾頭は当時1240発。英国が冷戦期に保有していた「核」の2倍以上だ。

金言:ウクライナと核保有=小倉孝保/毎日新聞.2022
核を廃棄する道を選ぶ「国家主権宣言で非核三原則を宣言」

 それでもウクライナは核保有の道を選ばなかった。チェルノブイリ原発事故の影響から、国民に核アレルギーがあった。ウクライナ議会はソ連崩壊の前年、「受け入れない、作らない、手に入れない」の非核三原則を宣言している。ただ、政府や軍には「核を手放して、自国の安全を守れるか」との懸念もあった。

金言:ウクライナと核保有=小倉孝保/毎日新聞.2022

その後、ソ連の解体に伴う安全保障の関係や核兵器の取り扱いに関する取り決めとして、「独立国家共同体(CIS)創設協定」「アルマアタ宣言」「核兵器の共同措置に関する協定」「戦略軍に関する協定」が合意され、その中でもCIS戦略軍が核兵器の管理を担い、ウクライナは非核化するという方針が確認されている。

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること/現代ビジネス | 講談社.2020

さらに、1992年には戦略兵器削減条約(START)の「リスボン議定書」に旧ソ連のカザフスタン、ベラルーシとともに署名し、条約で求められている核ミサイルや戦略爆撃機などすべての核兵器を廃棄し、非核兵器国として核不拡散条約(NPT)に加入することに合意した。

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること/現代ビジネス | 講談社.2020

ブダペスト覚書(おぼえがき)「ウクライナは自ら核を放棄!見返りに安全と独立性を保障」

WikiWikiup/YouTube

 それは、歴史が一区切りを迎えたと思われていた冷戦後の平穏な時代の出来事だった。ウクライナ国内には当時、短距離戦術兵器や空中発射巡航ミサイルを含む約1800の核兵器が存在していた。米国は核保有国数と、核兵器の数を減らしたいと考えており、当時は米国に対する信頼感がピークに達していた。

【社説】ブダペスト覚書に裏切られたウクライナ/ウォール・ストリート・ジャーナル日本版.2022

ウクライナは1994年12月7日、米国・英国・ロシアなどと「ブダペスト覚書」を締結し、当時世界3位規模であった核兵器を放棄するかわりに、領土の安全性と独立的主権が保障されることになった。

ウクライナ外相「米国の安保を信じて28年間 “核放棄”してきた」…「代価を払え」/wowKorea.2022

協定の正式名称は「ウクライナの核兵器不拡散条約加盟に伴う安全保障に関する覚書」であった。

ウクライナの運命は、核軍縮の努力に大きな疑問符を投げかけている/ARAB NEWS.2022
旧ソ連時代の国の核兵器をロシアに集める、その見返りに安全を保障する

これは当時、旧ソ連の中ではロシア、ウクライナ、カザフスタン、そしてベラルーシに置かれていた核兵器をすべてロシアに集め、核兵器がなくなるウクライナの安全保障をどう担保するのかということで交わされた覚書です。

読めば流れが分かる ウクライナ危機の背景 プーチン大統領は何を恐れているのか〜後編/テレ朝news.2022

その後、ウクライナでは安全保障の不安などから非核化を進めることへの異論も一部から出たが、米国は1994年、見返りとなる財政支援を打ち出すことで非核化を受け入れさせた。

「核から守る」中国がウクライナと交わした約束、ロシアにどう対応?/朝日新聞デジタル.2022

 覚書はウクライナがNPTに加盟し、核兵器をロシアに移送することと引き替えに、署名国がウクライナの独立、主権、国境線を変更しないこと保証、同国に対する核兵力を含む武力行使や威嚇、経済制裁を行わないと約束するもので、核と引き替えにウクライナの安全を保障する内容となっている。条約のように各国議会で批准こそされなかったものの、首脳が署名しており、一定の法的効力を持つ文書と言っていいだろう。

北朝鮮は核放棄できるか ウクライナの先例/47NEWS
中国は声明を発表「ウクライナをあらゆる核の脅威から守る」

中国は1994年12月、「ウクライナへの安全保証の提供に関する声明」を発表。その内容は、中国は核不拡散条約(NPT)が認める核保有国として、無条件に核兵器の使用や核の脅威を与える動きをしないことや、他の核保有国にも同様の保証をウクライナに与えるよう呼びかけることだった。つまり、「中国はウクライナをあらゆる核の脅威から守る」という宣言だ。

「核から守る」中国がウクライナと交わした約束、ロシアにどう対応?/朝日新聞デジタル.2022

 2012年に中国共産党総書記に就任し、国を率いる立場になった習氏も、この声明を引き継いでいる。

「核から守る」中国がウクライナと交わした約束、ロシアにどう対応?/朝日新聞デジタル.2022
さまざまな事情でウクライナは自国だけで核兵器の維持が困難だった

1993年には、ロシアの戦略軍とウクライナの第43ロケット軍の間で核の管理をめぐる協議が行われた。その後、両国の視察団はウクライナの戦略核の現状を視察し、ロシア側はその時の様子を、保管と安全の面で深刻な問題があり、このままではチェルノブイリ級の事故を起こしかねないと記している。

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること/現代ビジネス | 講談社.2022

ウクライナ側はロシアが支援を拒否したと反発したが、技術的にも組織的にも独自で核を管理する能力を持たないウクライナは、事実上核兵器の起爆装置を解除するしか選択肢がなかった。

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること/現代ビジネス | 講談社.2022

そもそも、核兵器の運用の指揮統制システム(Command and Control)はロシア管理のシステムに依存していたとされ、核兵器のコントロールの権限を管理する行動許可伝達システム(PAL:Permissive Action Link)もロシアが管理していたとされる。

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること/現代ビジネス | 講談社.2022

(前略)自前での核兵器の維持が技術的に困難であったことに経済危機が拍車をかけ、ウクライナは、自国に残置されたICBMの保有は断念し、ロシア及び米国との交渉の主眼を、経済協力、非核化支援、安全の保証(security assurance)の条件闘争へと切り替えたのである。

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること/現代ビジネス | 講談社.2022
ウクライナは約束通り核兵器をロシアに返却・廃棄をして非核化

ウクライナは1800余基の核弾頭とICBM(大陸間弾道ミサイル)を全てロシアに返還・廃棄し、1996年6月には全ての核兵器をロシアに渡し、非核化を完了した。

ウクライナ外相「米国の安保を信じて28年間 “核放棄”してきた」…「代価を払え」/wowKorea.2022
……この覚書(おぼえがき)は何の効力ももっていなかった
UKRAINE TODAY/YouTube

核兵器をロシアに移転・廃棄する見返りとして米英が経済支援を行うとともに、3カ国が安保を「確約」するという内容だ。「確約」は国際法的に安全保障を「保証」するものではなかった。だから合意の名称は条約ではなく覚書だ。

[コラム]韓国大統領候補がウクライナの悲劇から学ぶべき教訓/hankyoreh japan.2022

名称からして、ただの「覚書」(Memorandum)であり、最初から何の法的拘束力もないことが分かる。つまり、ブダペスト覚書の条項を破っても国際法違反にはならない。

「他国の言葉にすべて従う国は滅びる」ウクライナ人政治学者が日本人に伝えたい苦い教訓/PREISIDENT Online.2022

当時の国際情勢においては、ウクライナが武力攻撃を受けるはずがないのは常識だったので、ウクライナの無能な権力者はこの「ただ」の代物を「安全を保障された文書」として受け入れた。覚書の詳細を知らないウクライナ国民の多くも、これでウクライナの安全が保障された、と思い込んでしまった。

「他国の言葉にすべて従う国は滅びる」ウクライナ人政治学者が日本人に伝えたい苦い教訓/PREISIDENT Online.2022

しかし、英米は仮に何かがあってもブダペスト覚書の文書からウクライナを守る義務が生じないように文面を作成していた。

「他国の言葉にすべて従う国は滅びる」ウクライナ人政治学者が日本人に伝えたい苦い教訓/PREISIDENT Online.2022

・ブダペスト覚書の署名国に対する法的拘束力の問題は、2003年9月、ロシアとウクライナの間でケルチ海峡にあるトゥズラ島を巡った対立が発生した際に、顕在化した。その後、当時のユシチェンコ大統領が覚書の見直しを提起したが、ブダペスト覚書に変わり、新たにウクライナの安全を保証する合意の作成に向けた国際会議は、ついに開催されなかった。

「存在しなかった安全」ブダペスト覚書署名から24年/ウクルインフォルム通信.2018
ロシアのプーチン大統領がブダペスト覚書を利用する

・これを利用したのがロシアである。2014年3月1日、プーチン大統領は、ウクライナ領におけるロシア軍の使用許可を同国連邦院から受け取ることになる。以降、クリミア占領、ドンバス戦争があり、ウクライナは、ブダペスト覚書はその署名国であるロシアにより違反されたとみなしている。さらに、ウクライナでは、同覚書のその他の署名国も自らの義務を守らなかったとして批判する者が少なくない。

「存在しなかった安全」ブダペスト覚書署名から24年/ウクルインフォルム通信.2018

独立国家ウクライナとロシアの最初の対立

(前略)基本的に安定した関係を築いていたロシアとウクライナでしたが、その間で初めて大きな外交危機が発生したのは、2003年にトゥーズラ島を巡る紛争が起きたときです。

ウクライナ情勢の背景と今後の展開(1) ー 軍事衝突に至った歴史的な背景/イノベンティア.2022

トゥーズラ島は、ケルチ海峡にあるウクライナ領の島で、ケルチ海峡大橋が架けられています。ロシアはこのトゥーズラ島に堤防建設を開始しましたが、ウクライナはこれを、国境線を引き直す試みであると主張しました。この対立は、後に政府同士の交渉によって堤防の建設が中止されたことにより解決されましたが、その際に、両国の友好関係に最初のひびが入ったと言われています。

ウクライナ情勢の背景と今後の展開(1) ー 軍事衝突に至った歴史的な背景/イノベンティア.2022
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ロシア帝国やソヴィエト連邦のもとで長く忍従を強いられながらも、独自の文化を失わず、有為の人材を輩出し続けたウクライナ。不撓不屈のアイデンティティは、どのように育まれてきたのか。スキタイの興亡、キエフ・ルーシ公国の隆盛、コサックの活躍から、一九九一年の新生ウクライナ誕生まで、この地をめぐる歴史を俯瞰。人口五〇〇〇万を数え、ロシアに次ぎヨーロッパ第二の広い国土を持つ、知られざる「大国」の素顔に迫る。(「BOOK」データベースより)

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【ウクライナ危機(4)】“自由と民主主義”を掲げたロシアの前に現れたのは“腐敗と格差”!?立て直しのため国民は強い権力者を求めた『ロシア連邦デフォルト』
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