《スペイン風邪》戦争を止めた疫病 ── 変化する世界の健康への取り組み【パンデミック】

スペイン風邪という大流行は、100年以上前に世界中を襲い、多くの人々を犠牲にしました。当時の人々にとって、突然に命を奪われる悲惨な出来事は、多大な衝撃を与えました。しかし、スペイン風邪に対する当時の医療技術や社会的取り組みは、現代の感染症対策に大きな影響を与えたと言われています。

本記事では、スペイン風邪の歴史や病気の特徴、当時の医療状況や社会情勢、そして感染症対策に必要な知識について解説します。感染症という共通の敵に立ち向かうために、スペイン風邪から学ぶことができることを考えていきましょう。

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著者クロスビーは本書で、世界情勢と流行拡大の関連のようなマクロな事象から一兵卒の病床の様子まで、1918年のパンデミックの記録を丹念に掘り起こしている。改めて史上最悪のインフルエンザの記憶をたどり、社会あるいは個人レベルの危機管理の問題点を洗い直すうえで必備の一冊。(「BOOK」データベースより)

The Spanish Flu

「歴史に刻まれた忘れがたき教訓」スペイン風邪の流行

Wallangarra Quarantine Camp, Qld - 1919

スペイン風邪のパンデミックは、現代においても感染症対策やパンデミック対策の重要性を認識させる事例として引き合いに出されることが多いです。また、この歴史的なパンデミックは、医学や公衆衛生の分野での研究や進歩を促す契機となりました。

現代の感染症対策やパンデミック対策は、スペイン風邪の教訓を受けて改善された方法が多く採用されています。

1918年、米軍基地から始まった世界的なパンデミック

1918年3月4日、アメリカ・カンザス州のファンストン陸軍基地で、兵士のアルバート・ギッチェルが発熱、頭痛、喉の痛みを報告しました。これがスペインかぜとして知られるインフルエンザ大流行の最初の症例とされています。同日には、ギッチェルの同僚100人以上も同様の症状を訴え、数日以内に522人が罹患しました。

当時アメリカは第一次世界大戦に参戦中であり、ヨーロッパへ派兵されるアメリカ外征軍の訓練場としてファンストン基地が使用されていたため、インフルエンザの流行は他のアメリカ軍基地やヨーロッパへと急速に拡大しました。

米軍キャンプ説と養豚場説の論争

一部の学者たちは、スペイン風邪が米軍キャンプで偶然に出現したものではなく、必然性のもとに生み出されたと考えています。北フランスのエタプルにあった英国軍のキャンプでは、第一次世界大戦中にインフルエンザ様の症状を示す病気が発生し、1916年に報告されていたとされています。

このキャンプには、実験的に養豚場が併設されており、インフルエンザウイルスが人に感染する環境であったとされています。

また、当時の戦争で使用されたガス兵器により、呼吸器系にダメージを受けた兵士が多数出ており、これがウイルスの侵入を容易にし、スペイン風邪の爆発的な繁殖を招いたという説もあります。

ただし、これらの説には科学的な証拠が不十分な点が指摘されています。現代の研究でも、スペイン風邪の正確な起源はまだ解明されていないとされています。

「スペイン風邪」という名称が定着した理由

スペイン風邪(Spanish Flu)という名称は、この流行が特にスペインで報道されたことに由来しています。第一次世界大戦(1914年-1918年)の最中にこのインフルエンザが流行し始めたため、戦争に関与していた国々は報道規制や検閲が実施されていました。

そのため、多くの国では流行の実態が伝えられず、パンデミックの情報が十分に公開されませんでした。

一方で、スペインは中立国であり、報道規制がなかったため、インフルエンザの流行について積極的に報道が行われました。それにより、世界中の人々はこの流行がスペインで起こっていると誤解し、そのため「スペイン風邪」という名前が定着しました。

3つの波を超えたスペイン風邪

スペイン風邪のパンデミック(世界的大流行)は、3つの波に分けられます。

  1. 第一波(1918年春 – 3月から6月頃) 第一波は最も軽度であったとされています。この時期に感染した人々は、通常のインフルエンザ患者と似た症状を経験しました。しかし、この第一波は、ウイルスがさらに変異し、より危険な形に進化するきっかけとなりました。
  2. 第二波(1918年秋 – 9月から12月頃) 第二波は最も猛威を振るった時期で、死亡率が非常に高かったことが特徴です。ウイルスは変異し、より感染力と致死率が高い形態になりました。この波では、若い成人や免疫力が強い人も含めた多くの人々が犠牲になりました。第二波は、世界的に軍事活動が活発化していた第一次世界大戦と時期が重なっており、兵士たちの移動や軍事施設での密集状態がウイルスの拡散を促進しました。また、戦争情報の統制や検閲により、流行の初期においては報道が制限されていたため、感染拡大の対策が遅れたことも要因とされています。
  3. 第三波(1919年冬 – 1月から6月頃) 第三波は、第二波と比べるとやや症状が緩和されたものの、それでも多くの人々が感染し、死亡する結果となりました。この波は主に1919年の初めにピークを迎え、各国でさまざまな対策が講じられたことで徐々に感染が収束していきました。この第三波では、ウイルスが徐々に弱まりつつあったことや、感染者や死亡者が出たことで免疫を獲得した人々が増えたため、死亡率は第二波よりは低下しました。しかし、依然として感染者数は多く、世界中で多くの人々が影響を受けました。

日本でも感染拡大

日本でのスペイン風邪の1回目の流行は、1918年8月下旬から9月上旬に始まり、10月上旬には全国に広がっていきました。その後、急速に拡大し、11月には患者数や死亡者数が最大になりました。2回目の流行は1919年10月下旬から始まり、1920年1月末がピークとなりました。いずれの時も、大規模な流行期間は概ねピークの前後4週間程度でした。この期間は、通常のインフルエンザの流行期間と同じくらいでした。

スペイン風邪の流行は、その後も一部地域で継続し、一部では1920年代後半まで影響が残りました。しかし、最も大規模な流行期間は、1回目の流行が1918年秋から冬にかけて、2回目の流行が1919年秋から冬にかけてであったとされています。

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関東大震災の5倍近くの死者をもたらしながら、「スペイン風邪」と称され、被害の実態も十分把握されないまま忘却された、90年前の史上最悪の「新型インフルエンザ」について、各種資料を駆使し、その詳細を明かす。(「MARC」データベースより)

地獄すぎる…。戦場の兵士を襲う

第一次世界大戦中のスペイン風邪は、兵士たちに大きな被害をもたらしました。当時、彼らは過酷な環境で生活しており、栄養不足や怪我、ストレスが問題となっていました。加えて、兵舎や軍艦の狭い空間で生活することで、感染症が簡単に広まりました。

更に、兵士たちが感染しているにもかかわらず、指揮官たちは彼らを戦場に送り続けたことで、状況は悪化しました。結果として、多くの兵士がスペイン風邪にかかり、犠牲となりました。

St. Louis Red Cross Motor Corps on duty during influenza epidemic (1918). Original from Library of Congress. Digitally enhanced by rawpixel.

アメリカの深刻な犠牲とは?

スペイン風邪の流行は、当時の米国で大変な犠牲をもたらしました。推定で50万人以上が命を落としたとされており、これは南北戦争や第二次世界大戦の死亡者数を大きく上回るものです。このインフルエンザの大流行は、社会、経済、そして医療システムにも深刻な影響を与えました。

感染が急速に広がったため、医療従事者や病院のキャパシティが追いつかず、多くの患者が適切な治療を受けられない状況が続きました。スペイン風邪の大流行は、感染症がもたらす恐ろしい影響を示す歴史的な事例として、今日まで語り継がれています。

「人類史上最悪の感染症パンデミック」5000万人以上の犠牲者

スペイン風邪による死者数については、従来の推計では2000万人程度とされていましたが、近年の研究では5000万人から1億人とする説もあります。このような数字は、第一次世界大戦の死者数や第二次世界大戦の死者数を上回り、両大戦の死者数の合計をも超える可能性があります。

日本においても、従来の推計では約2300万人の患者と約38万人の死亡者が出たとされていましたが、実際には死亡者は少なくとも45万人程度とされるようになっています。これは、従来の推計が十分なデータをもとにしていなかったため、正確な数字が把握されていなかったと考えられます。

スペイン風邪のパンデミックは、人類史上でも類を見ない大規模な感染症の一つであり、感染症による死者数としては14世紀のペスト流行以来で、当時の人類の3割が感染したとされています。

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著者クロスビーは本書で、世界情勢と流行拡大の関連のようなマクロな事象から一兵卒の病床の様子まで、1918年のパンデミックの記録を丹念に掘り起こしている。改めて史上最悪のインフルエンザの記憶をたどり、社会あるいは個人レベルの危機管理の問題点を洗い直すうえで必備の一冊。(「BOOK」データベースより)

戦争を止めたパンデミック

スペイン風邪のパンデミックは、人類史上でも類を見ない大規模な感染症であり、感染症による死者数としては14世紀のペスト流行以来最大規模でした。当時の人類の3割が感染したとされています。

スペイン風邪は戦争の結果にも大きな影響を与えたことが、ドイツ陸軍総指揮官ルーデンドルフの言葉「第1次世界大戦の勝者は英米仏など連合国ではない。それはインフルエンザだった」として広く知られています。

スペイン風邪は、兵士たちの間で猛威を振るい、戦争の勢力バランスに影響を与えました。兵士たちが弱体化し、国内の人々も犠牲者が続出したことで、戦争遂行能力が低下しました。

また、スペイン風邪の大流行により、国内の経済や社会も大きな打撃を受けました。このような状況は、戦争の長期化や勝敗を決する要因の一つとなりました。

特に、ドイツやオーストリア=ハンガリー帝国のような中央同盟国は、戦争末期には兵士たちの間でインフルエンザが大流行し、戦争状況がさらに悪化しました。これは、連合国との講和交渉や戦争終結に向けての動きを加速させる要因となりました。

戦争が終わった後も、スペイン風邪の影響は続きました。多くの国では、医療システムの整備や感染症対策が見直され、公衆衛生の重要性が再認識されました。

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第二次世界大戦の要因?とも言われている

スペイン風邪と第二次世界大戦の直接的な関係はありません。ただし、スペイン風邪が世界各国に大きな被害をもたらしたことで、各国の社会や経済に大きな変化が生じ、その影響が長期にわたって続いたことは事実です。

第二次世界大戦が勃発した背景には、第一次世界大戦後の国際情勢や各国の政治・経済状況、ヴェルサイユ条約による過剰な賠償金の課せられ方など、様々な要因があります。

ただし、スペイン風邪により各国が混乱状態に陥り、国際情勢や各国の政治・経済状況が変化したことが、第二次世界大戦の遠因の一つとして取り上げられることもあります。

スペイン風邪が第二次世界大戦の原因となったわけではありませんが、その影響は長期にわたって続き、感染症対策の重要性を世界的に認識させるきっかけとなりました。

また、スペイン風邪が世界各国に与えた被害やその対処についての経験は、第二次世界大戦後の感染症対策にも活かされることになりました。

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インフルエンザの発見によってスペイン風邪の正体が明らかに!

当時はインフルエンザウイルスがまだ発見されていない時代で、スペイン風邪の原因となる病原体が何であるかは、完全には解明されていませんでした。ただし、スペイン風邪の流行期間中、科学者たちは病原体が感染性を持ち、人から人へと急速に広がることが明らかになりました。

1930年代初頭にインフルエンザウイルスが発見され、また、スペイン風邪が引き起こす症状や病態についての研究が進むにつれ、スペイン風邪がインフルエンザウイルスが原因である可能性が高いことが示唆されるようになりました。

2008年に、アメリカ合衆国の研究者たちは、スペイン風邪のウイルス株が初めて特定されたと発表しました。彼らは、スペイン風邪の症例から回収された組織標本から、ウイルスのRNAを分離・解析し、スペイン風邪のウイルス株がインフルエンザウイルスの一種であるH1N1型であることを突き止めました。

この研究により、スペイン風邪の原因がインフルエンザウイルスであることが確定されたわけではありませんが、インフルエンザウイルスがスペイン風邪の原因である可能性が高くなったとされています。

また、この研究によって、スペイン風邪のウイルス株が今日の季節性インフルエンザウイルスの祖先であることが示されたため、インフルエンザウイルスの進化と変異に関する研究にも大きな貢献を果たしました。

「手洗い、うがい、マスクの着用、患者の隔離」感染症対策と医療技術の未熟さ

スペイン風邪が流行した1918年から1920年にかけては、まだ「ウイルス」という概念が確立されていなかったため、病原体としての存在が把握されていませんでした。また、抗生物質の発見もまだ行われていなかったため、現代のような抗生物質による治療は存在しませんでした。

当時の主な対策としては、手洗いやうがい、マスクの着用、患者の隔離といったことが挙げられます。このような対策は、病原菌の感染を予防するために有効であり、今日でも感染症対策の基本的な手段として広く行われています。

ただし、当時の医療技術が未熟であったことや、社会の状況が今日とは大きく異なっていたことから、スペイン風邪は世界中で多数の犠牲者を出し、深刻な社会的影響をもたらしました。

「スペイン風邪以前と以後」マスク着用の歴史的転換点

BBC News Japan/YouTube

医療用のマスクは18世紀後半に病院で導入されたものの、一般の人々による使用は一般的ではなく、マスクは主に外科手術や感染症患者の治療時に使用されることが多かったです。しかし、スペイン風邪が大流行した際には、一般の人々もマスクを着用するようになりました。

マスクの着用は、感染者が咳やくしゃみをした際に飛沫を拡散させることを抑える効果があります。また、マスクを着用している人が他の人の飛沫を吸い込むリスクも減少させることができます。

当時のマスクは主にガーゼや布で作られていて、医療用マスクと比べると、フィット感やろ過効率などの点で劣っていたとされています。それでもインフルエンザウイルスの感染を防ぐための効果的な手段とされていました。

スペイン風邪の流行時には、公共の場所でのマスク着用が義務付けられたり、マスクを着用しない人に罰金が科されることもありました。

「マスク着用」で感染拡大を防止!100年前のサンフランシスコの決断

スペイン風邪の流行が拡大する中で、当時のアメリカ合衆国のサンフランシスコ市は、緊急事態宣言を発令し、マスク着用を義務化することになりました。この措置は、感染拡大を抑えるために行われたもので、当時の市長や衛生当局、市民の協力により、短期間で効果的に感染拡大を食い止めることに成功しました。

1918年10月24日にサンフランシスコ市の立法府が可決した法令では、公共の場でのマスク着用が義務付けられ、違反者には罰金が科されることになりました。この措置は、当時のアメリカ合衆国の他の都市や国々でも広がり、感染拡大を食い止める一助となったとされています。

100年前の日本でもマスク大流行!

日本でもスペイン風邪の流行に対して、口蔽器(マスク)の着用を促す指示が出されました。1918年11月、内務省から各地方官庁に対して、流行性感冒(スペイン風邪)の予防のために、公共の場でのマスク着用を励行するよう通達が出されました。

この通達は、当時の新聞などで大々的に報じられたため、マスクの着用が広まりました。また、マスクを着用しない者に対しては、電車への乗車を拒否するなど、強制的な措置が取られることもあったとされています。ただし、この通達が実際に整理記者によるいたずらで見出しの可能性もあった。

マスク着用で感染リスク低減!現代の高度なマスク技術

このような対策は、感染拡大の抑制や、社会的距離の維持を促すために役立ちました。現代のパンデミック禍でも、マスクの着用が重要な役割を果たしています。

現代のマスクは、スペイン風邪の時代よりも高度な素材や技術が用いられており、ウイルスの感染をより効果的に防ぐことができます。例えば、使い捨てのサージカルマスクやN95マスク、布製マスクなどが広く利用されています。

マスクの適切な着用や取り扱いが重要であり、正しく使用することで感染リスクを低減できます。以下は、マスクを効果的に使用するための一般的なガイドラインです。

  1. 顔とマスクの間に隙間がないように、しっかりとフィットさせます。
  2. 鼻と口を完全に覆い、あごまでカバーするように着用します。
  3. 汚れたり損傷したりしたマスクは使用せず、新しいものに交換します。
  4. マスクを取り外す際は、耳の後ろのゴムやストラップを引っ張り、手でマスクの表面に触れないようにします。
  5. 使い捨てマスクは使用後すぐに捨て、布製マスクは定期的に洗濯します。
ウイルスと戦うための最新予防法

マスクの着用は、他の予防策と併用することで、感染リスクをさらに低減できます。例えば、次のような対策が効果的です。

  1. 社会的距離の確保:人との距離を保ち、密集した場所やイベントを避けることで、感染リスクを減らすことができます。
  2. 手洗い:こまめな手洗いや、アルコールベースの手指消毒剤の使用が推奨されています。手にウイルスが付着している場合、これらの方法で除去することができます。
  3. 咳エチケット:咳やくしゃみをする際は、マスクを着用している場合でも、肘やティッシュで口と鼻を覆い、飛沫の拡散を防ぎます。

これらの対策は、スペイン風邪や他の感染症に対して効果的であり、パンデミックの拡大を抑制し、個人やコミュニティの健康を保護する上で重要です。また、感染症の流行に伴って、医療施設への負担が増大するため、これらの予防策によって医療システムへの圧力を軽減できます。

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