カリブ海のトリニダード・トバゴ共和国発祥の「スティールパン」という打楽器をご存知ですか?廃棄されたドラム缶の再利用から生まれたこの楽器は、美しい音色と繊細な表現力で世界的に注目を集めています。
この記事では、スティールパンの歴史やトリニダード・トバゴの文化、音色の魅力などについて詳しく紹介しています。カリビアン音楽だけでなく、ジャズやクラシック、ポップスなど幅広いジャンルで活躍するスティールパンの魅力を知り、音楽愛好家必見の記事です。
Steelpan
スティールパン a.k.a スティールドラム
スティールパンは、スティールドラムとも呼ばれる打楽器で、カリブ海のトリニダード・トバゴ共和国が発祥の地です。スティールパンは金属製のドラム型の楽器で、その表面には様々な大きさの凹みがあります。それぞれの凹みが異なる音程を出し、槌で叩くことで音楽を演奏します。
魅力的な島国「トリニダード・トバコ」
トリニダード・トバゴは、カリブ海にある二つの島からなる国で、トリニダード島とトバゴ島があります。首都はトリニダード島のポートオブスペインです。
トリニダード・トバゴは、地理的に南アメリカのベネズエラの北東に位置しており、多様な文化と独自の歴史を持つ国です。人口は約140万人で、主な民族はアフリカ系とインド系の人々です。
トリニダード・トバゴは英語が公用語で、政治体制は議会制民主主義であり、立憲君主制国家として英連邦に加盟しています。
経済は主に石油、天然ガス、石油製品の輸出が基盤であり、世界の主要な天然ガス供給国のひとつです。観光業も盛んで、特にトバゴ島は美しいビーチやダイビングスポットで知られています。
トリニダード・トバゴの文化は多様性に富んでおり、アフリカ、インド、ヨーロッパ、中国などの影響を受けています。
カーニバルやカリプソ音楽、スティールパン楽器が有名で、その文化は世界中に広まっています。料理も多様で、ロティやダブルスといったインド系の料理や、シャドウ・ベニ(カリプソの葉)、ココナッツミルクを使った料理などが楽しめます。
ドラム缶をカンカン!!独特の作り方
トリニダード・トバゴのスティールパンは、廃棄されたドラム缶の再利用から生まれました。最初は、鍛冶屋がドラム缶の金属表面を加工して、音が出るようにしていました。
当時、トリニダード・トバゴには石油産業があり、金属製のドラム缶が大量に利用されていたため、素材として手に入れやすかったのです。
初期のスティールパンは単純なものでしたが、次第に演奏者たちがドラム缶の形状や加工方法を改良していき、より洗練された楽器へと進化していきました。異なる大きさや形状の凹みをつくることで、幅広い音程を出すことが可能になりました。
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絶妙的な叩き具合
スティールパンの製作過程は、非常に熟練した技術が求められるものです。以下に、スティールパン製作の一般的な手順をまとめます。
- 選定: まず適切なドラム缶を選びます。金属の厚みや品質が重要で、音質に影響を与えます。
- 凹みの形成: ハンマーでドラム缶の底を叩き、中央に凹みを作ります。この凹みは、後に音を出すための基本形状となります。
- 平面の作成: 凹んだ部分にいくつもの平面を作り、それぞれの平面が異なる音程を出すようにします。平面は通常、円形や楕円形で、大きさや形状によって音程が変わります。
- 倍音の調整: スティールパンの音色には独特な倍音が含まれており、これを調整する技術が非常に難しいです。製作者は、平面の形状や位置を変えることで、倍音を調整します。
- 調律: 音程を調整するために、製作者は各音程ごとにドラム缶の大きさや形状を変えたり、表面の平面数を調整したりします。ハンマーを使用して、音程を微調整することが一般的です。
- 仕上げ: スティールパンの表面を磨いたり、塗装したりして、見た目を整えます。
- 完成: 輪切りにして音程が調整されたスティールパンが完成します。これで、演奏者がスティールパンを用いて音楽を奏でることができます。
このようにドラム缶を叩いて作るとはいえ、業的に量産することが難しく、高度な技術と経験と専門的な知識が必要で、熟練した職人による手作業で製作されています。
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音域に応じて多種多様なドラム缶を使い分ける
スティールパンには、メロディを担当する楽器から和音やベースを担当する楽器まで、様々な種類があり、それぞれの音域に合わせて異なるサイズや形状のドラム缶が使用されます。
- ソプラノ・パン(テナーパン): 高音域のスティールパンで、メロディーや主旋律を担当します。小さめのドラム缶を使用しており、音域は最も広いものです。
- アルト・パン(ダブル・セカンド): 中音域のスティールパンで、和音やカウンターメロディーを担当します。通常、2つのドラム缶がペアになっており、テナーパンよりも少し大きいです。
- テナーベース・パン: 低中音域のスティールパンで、ハーモニーやリズムを担当します。複数のドラム缶を組み合わせて使用し、大きさはアルト・パンよりも大きいです。
- ベース・パン: 低音域のスティールパンで、基本的なリズムや低音を担当します。最も大きなドラム缶を使用し、しばしば複数のドラム缶が並べられて演奏されます。
スティールパンの楽器群は、これらの異なる音域のパンを組み合わせて演奏されることが多く、独特の音楽的な表現が可能です。
楽器専用のドラム缶も使用!
スティールパンの製作には、廃棄されたドラム缶だけでなく、楽器専用に作られたドラム缶も使用されます。楽器専用のドラム缶は、一般的な廃棄されたドラム缶よりも金属の品質が高く、均一な厚さを持っています。これにより、より正確な音程や美しい音色を持つスティールパンを製作することができます。
楽器専用のドラム缶で作られたスティールパンは、クロームメッキやパウダーコーティング処理が施されることが多く、美しい仕上がりと耐久性があります。また、熟練したチューナーによって丁寧に調律され、高品質なスティールパンが製作されています。
これらのスティールパンは、プロの演奏家やアーティスト、音楽愛好家に向けて販売されており、世界中で愛されています。楽器専用のドラム缶を使用することで、スティールパンの音楽性や表現力がさらに高まり、その人気はますます広がっているのです。
専門学校でスティールパンを学ぼう!
トリニダード・トバゴでは、スティールパンの演奏や製作を専門に教える音楽学校やプログラムが存在しています。これらの教育機関では、スティールパンの演奏技術や理論、歴史、文化などを学ぶことができます。また、国内外の音楽祭や競技会に参加して、実践的な経験を積むことができます。
スティールパンの教育は、トリニダード・トバゴの文化遺産を継承し、新たな世代に伝える重要な役割を果たしています。また、スティールパンは国内外で人気があり、その教育機会は世界中の人々にも広がっています。
一部の学校やコミュニティ・センターでは、地域の子供たちや若者たちが無料でスティールパンを学ぶことができるプログラムが提供されています。
その音色は天使の歌声のよう
スティールパンはその独特の美しい音色と倍音によって多くの人々を魅了しています。金属容器の特性と、表面の平面数や形状、ドラムスティックの打点の強さなどが組み合わさり、豊かな倍音と独特の響きを生み出します。
スティールパンの音色は、どこかセンチメンタルで暖かみのある響きがあり、感情的な表現が可能です。これが多くの人々を惹きつけ、スティールパンが世界中で愛される理由のひとつです。また、スティールパンの音色は「天使の歌声」と称されることがあり、その美しさと繊細さが表現されています。
スティールパンは、カリビアン音楽だけでなく、ジャズ、クラシック、ポップスなど幅広いジャンルの音楽にも適応し、その独特の音色を活かした多様な表現が可能です。このため、スティールパンは世界中の音楽シーンで重要な存在となっています。
超有名ディズニー映画の挿入歌に抜擢!!
ディズニー映画「リトル・マーメイド」の挿入歌「Under the Sea」は、スティールパンの音色が効果的に使用されている良い例です。この曲では、スティールパンの明るく楽しい音色が、カリブ海の雰囲気を盛り上げ、観客を楽しませています。
スティールパンを中心に構成されたバンド!「スティール・バンド」
スティールバンドとは、スティールパンを主体とした楽器編成の音楽グループのことを指します。トリニダード・トバゴ発祥のスティールパンは、カリブ海地域を中心に広まり、その独特な音色が多くの人々に愛されています。
スティールバンドは、様々なサイズや音域のスティールパンを組み合わせて演奏します。これにより、幅広い音楽表現が可能となり、バンド全体で豊かなハーモニーを奏でることができます。スティールパン以外にも、パーカッション楽器やベース、ギター、キーボードなどが編成に加わることがあります。
カリブ海地域の音楽だけでなく、ポップス、ジャズ、クラシックなど多様なジャンルで活躍しており、その独特の魅力が世界中で評価されています。また、スティールバンドは、カーニバルや音楽祭、パーティーなど、さまざまなイベントや祝祭で演奏されており、観客に楽しい雰囲気を提供しています。
近年では、スティールパンの普及とともに、世界中でスティールバンドが結成され、その魅力が広まっています。多様な文化背景を持つメンバーが集まり、スティールパンを通じて音楽という共通の言語で交流することが、スティールバンドの大きな魅力のひとつとなっています。
スティールパンだけで構成されたオーケストラ!!
スティールパンオーケストラまたはスティールオーケストラとは、スティールパンのみで構成される大規模な楽団を指します。スティールパンオーケストラでは、異なる音域のスティールパンを組み合わせて、幅広い音楽表現を可能にしています。
スティールパンオーケストラは、ソプラノ(テナー)スティールパン、アルト(ダブルセカンド)スティールパン、テナー(セロ)スティールパン、バリトン(ギター)スティールパン、ベーススティールパンなど、さまざまな音域のスティールパンを組み合わせて演奏します。これにより、オーケストラに匹敵する豊かな音色とハーモニーを奏でることができます。
スティールパンオーケストラでは、カリブ海地域の音楽だけでなく、ポップス、ジャズ、クラシックなど幅広いジャンルの音楽が演奏されます。その独特の魅力は、世界中で高く評価されており、国際的な音楽イベントや競技会で活躍しています。
また、スティールパンオーケストラは、音楽教育やコミュニティ活動の場でも活躍し、多くの人々にスティールパンの魅力を広めています。スティールパンオーケストラは、その卓越した演奏技術と音楽性を通じて、スティールパンの普及と発展に大きく貢献しています。
スティールパンを世界的にしたのが世界最大のコンテスト!「パノラマ」
「パノラマ」は、スティールパンオーケストラが競い合う世界最大のコンテストで、1963年にトリニダード・トバゴで開始されました。カーニバル期間中に開催されるこのイベントは、スティールパンオーケストラが新曲やアレンジを披露し、その技術と創造力を競う舞台となっています。
パノラマは、スティールパン文化の発展と普及に大きく貢献しており、多くの人々が毎年このイベントに参加しています。コンテストには、地元のトリニダード・トバゴのオーケストラだけでなく、世界各地からの参加者が集まり、観客も国内外から訪れます。
パノラマは、スティールパンオーケストラの演奏技術や音楽性の向上を促すだけでなく、国際的な交流の場としても機能しています。このコンテストを通じて、スティールパンの魅力が世界中に広まり、多くの人々がスティールパンの音楽に触れる機会を持つことができます。
現在でも、毎年開催されるパノラマは、スティールパンオーケストラにとって最も権威ある舞台のひとつとされ、その競技レベルは年々高まっています。
奴隷制時代の彼らにとって音楽は救いだった「スティールパン誕生」
スティールパンは、確かに人類の「闇の時代」に生まれた楽器の一つと言えます。トリニダード・トバゴでは、16世紀以降のヨーロッパ人の進出によって、多くのアフリカ人奴隷が連れてこられました。彼らは厳しい労働を強制され、多くの差別や迫害を受けました。
1838年に奴隷制が廃止された後も、黒人の地位は低く、社会的・経済的な困難に直面し続けました。このような厳しい状況の中で、彼らは音楽を通じて自分たちのアイデンティティーや文化を守り、喜びや楽しみを見出しました。
「カーニバル」の時期には音楽を好きに鳴らす事が許されていた
カーニバルは、トリニダード・トバゴの伝統的な祭りであり、奴隷制時代にも存在していました。奴隷たちは、カーニバルの時期になると自分たちの文化や音楽を表現することができ、その中には暴動の火種となるものも含まれていました。
やがて、トリニダード・トバゴはイギリス領となり、黒人奴隷たちの待遇は相変わらず最悪なものでした。奴隷暴動や労働者のストライキ、抗議行動などが頻発し、カーニバルの時期にはしばしば暴動が発生していました。
19世紀初頭には、で奴隷制が廃止されましたが、それでも黒人たちの地位は低く、様々な差別や迫害に直面していました。彼らはカーニバルの時期を利用して、自分たちの声を表現し、社会的な変革を求める運動を展開しました
暴動の引き金になっていたために音楽が全面的に禁止に…。
19世紀後半、カーニバルの時期に暴動が頻発し、植民地当局は暴力的なパーカッション音楽を禁止する政策を採用しました。具体的には、金属の棒や鉄パイプを用いるパーカッション音楽を全面的に禁止。これにより、人々は新しい方法で音楽を奏でる必要が生じました。
それでも音楽を!金属の代わりに竹を使ったがそれも禁止
禁止された金属の棒や鉄パイプに代わり、人々は竹やスティックを使って音楽を表現するようになりました。竹を地面に打ちつけることでリズムを作り、竹の長さを変えることで音程を表現することができました。これが「タンブー・バンブー」と呼ばれる音楽形態です。しかし、この楽器も武器とみなされ、植民地当局によって禁止されました。
身の回りのあらゆる物を叩いて音楽を奏でる
今度は、身の回りにあるものでリズムを取るようになりました。瓶やスプーン、ポット、缶など、何でも使って音楽を演奏することが行われました。また、身体を使った打楽器演奏も盛んに行われました。この頃の、カーニバルでは空き缶やその他の物を打ち鳴らしながらパレードを行っていました。
戦争中に残されたドラム缶を叩く
第二次世界大戦中、トリニダード・トバゴはアメリカの給油基地として重要な役割を果たしました。この際、アメリカ軍が使っていた石油のドラム缶がトリニダード・トバゴに残され、地元の人々がそれを再利用することになりました。
1939年にある男性が、へこんでいたドラム缶を叩いたところ、異なる音色が出ることに気付き、このドラム缶を音楽楽器にすることを思いつきました。その後、トリニダード・トバゴの若者たちがこのドラム缶を改良し、スティールパンが生まれたとされています。
その楽器はひっそりと誕生した
楽器製作者のエリー・マネットがピアノの音階に合わせた8音階のスティールパンを開発し、さらに別の楽器製作者のスプリー・サイモンがギターパンやチェロパンなどを作り出したことで、現在のスティールパンのラインナップが揃いました。
しかし、第二次世界大戦の影響で、スティールパンが一般的に知られるようになるまでには時間がかかりました。
アメリカ海兵隊のためにドラム缶のパーカッションを披露
1941年、トリニダード・トバゴに派遣されたアメリカ海兵隊の余興として、現地のミュージシャンたちがドラム缶を利用したパーカッション演奏を披露し、大成功を収めました。
これがスティールパンが世界的に広まるきっかけとなったと言われています。この演奏を聴いたアメリカ兵たちは、トリニダード・トバゴに帰国後、自分たちでもスティールパンを演奏し始めたという話もあります。
この頃から、トリニダード・トバコでスティールパン人気が本格化。アメリカ軍が残したドラム缶からスティールパンの製造が大量生産化されていきました。
1945年には第二次世界大戦のヨーロッパ戦線戦勝パレードで街頭にデビュー。
イギリスのフェスでスティールパンが世界的に知られていく
1950年代には音楽文化としての認知度が高まっていく。
1951年7月26日に「Trinidad All-Steel Percussion Orchestra(TASPO)」が、イギリスのフェスティバルである「Festival of Britain」に出演し、スティールパンを用いた新しい音楽ジャンルを世界に紹介しました。TASPOは、トリニダード・トバゴ政府が派遣した選りすぐりのスティールパン奏者たちで構成されたバンドでした。この出演は、スティールパンを初めて国際的な舞台で披露することとなり、その後、スティールパンは世界的な注目を集めるようになりました。
国民楽器として政府が認定!!今では愛と平和のシンボルとされている!!
スティールパンは、20世紀最大のアコースティック楽器発明とされ、1992年にはトリニダード&トバゴ共和国政府から国民楽器として認定されました。
スティールパンは音楽だけでなく、トリニダード・トバゴの文化やアイデンティティーの象徴とも言えます。また、スティールパンを演奏する人たちは、多くの場合、地域コミュニティーで活動し、地域の人々に愛されています。スティールパンの音楽は、人々に平和や希望、幸福感を与えることがあり、ピース&ラブのシンボルとしても捉えられているのかもしれません。
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歴史を折ったドキュメンタリードラマ『スティールパンの惑星』
『スティールパンの惑星』はトリニダード・トバゴのスティールパンの歴史と文化に焦点を当てたドキュメンタリードラマ。アフリカのドラム演奏が禁じられていた時代から、スティールパンが生まれるまでの過程を描く。インタビューやドラマを織り交ぜた物語で、スティールパン奏者・二ノ宮千紘をはじめとした出演者が登場し、スティールパンの魅力とルーツを紹介しています。