ブラジルの大規模なファヴェーラ、エリオポリスで生まれたエリオポリス交響楽団が、音楽を通じて地域社会を変革しています。この記事では、音楽教育が子供たちの人生をどのように変え、コミュニティの安定に貢献しているかを紹介します。
また、映画『ストリート・オーケストラ』の制作背景や、マシャード監督が音楽教育を通じて社会問題に取り組む理由も掘り下げています。幅広い音楽ジャンルを演奏するエリオポリス交響楽団が、地域文化の発展や若者の希望を育む役割を果たしている様子をお楽しみください。
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Heliópolis Symphony Orchestra
ファベーラのオーケストラ「エリオポリス交響楽団」
エリオポリス交響楽団は、多様な音楽を演奏するプロフェッショナルなオーケストラであり、その活動はクラシック音楽の普及や地域文化の発展に貢献しています。
エリオポリス交響楽団は、クラシック音楽の伝統的なレパートリーを網羅しながらも、新進作曲家の作品や世界音楽、ポップスなど幅広いジャンルを取り上げ、多くの音楽ファンに親しまれています。
大都会サンパウロ“最大のファベーラ”「エリオポリス」
エリオポリスは、ブラジルのサンパウロにある最も大きなファヴェーラ(スラム街)で、南米大陸で2番目に大きなファヴェーラです。2008年のテレビ番組の調査データによれば、約12万5千人が居住しており、そのうち53%が25歳以下の子供や若者です。エリオポリスでは、貧困との闘いとともに、地域の文化活動や教育への取り組みが行われています。
エリオポリスの歴史
エリオポリスは、20世紀中頃に人口の急激な増加と都市化が進むサンパウロで形成されました。当初は小さな入植地から始まり、急速に人口が集まり、規模が拡大しました。都市の発展に伴い、エリオポリスも次第にインフラや公共サービスが整備され、現在ではその独自の文化やアイデンティティを持つコミュニティとして知られています。
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社会課題と取り組み
エリオポリスは、経済的困難や失業、犯罪、麻薬などの社会課題に直面しています。しかし、地域住民やNGO、政府機関などが協力し、教育や文化活動、スポーツを通じて地域社会の向上を目指す取り組みが行われています。
- 教育: エリオポリスでは、子供や若者を対象とした教育プログラムが展開されており、学業支援や職業訓練が提供されています。これにより、若者たちに自立した将来を築くチャンスが与えられます。
- 文化活動: 地域の文化活動や芸術を通じて、コミュニティの一体感を醸成し、若者たちに向上心や希望を持たせる取り組みが行われています。エリオポリスでは、音楽やダンスなどの文化イベントが盛んであり、住民たちが誇りを持って参加しています。
- スポーツ: サッカーをはじめとするスポーツ活動がエリオポリスでは盛んであり、地域の子供たちや若者たちに健
- 康な体を作る機会やチームワークを学ぶ場が提供されています。さらに、スポーツを通じて、若者たちが困難な状況から逃れる道を見つけることができます。
- 地域経済の発展: エリオポリスでは、地域経済の発展を促すために、マイクロクレジットやスキルトレーニングなどの支援が行われています。これにより、住民が自分たちのビジネスを立ち上げたり、地域で働く機会が増えることが期待されています。
- 地域インフラの改善: エリオポリスでは、政府やNGOが協力して地域インフラの改善に取り組んでいます。水道や電力、下水道などの基本インフラの整備や、住宅や公共施設の改善が進められています。
エリオポリスは、ブラジルのサンパウロにある大規模なファヴェーラであり、多くの社会課題に直面しています。しかし、地域住民やNGO、政府機関などが協力して、教育、文化活動、スポーツ、地域経済の発展やインフラ改善などの取り組みを進めており、次世代に明るい未来を築くための努力が続けられています。
エリオポリスで生まれたオーケストラ!
エリオポリス交響楽団は、サンパウロのエリオポリス地区で活動するプロフェッショナルなオーケストラであり、NGO「バカレリ協会(Instituto Baccarelli)」によって組織されています。
バカレリ協会の目的は、エリオポリス地区の青少年に対して音楽教育を無償で提供し、彼らの才能や創造力を育むことです。また、音楽を通じて地域の文化活動やコミュニティの絆を強める役割も果たしています。
バカレリ協会が組織するエリオポリス交響楽団は、この目的を具現化する形で、多くの子どもたちに音楽の喜びを届けています。
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バカレリ協会の設立と大火災
バカレリ協会の設立のきっかけは、1996年にエリオポリスで発生した大規模な火災です。この火災により、多くの家屋が焼失し、住民たちは困難な状況に置かれました。
音楽家のシルヴィオ・バカレリ
音楽家のシルヴィオ・バカレリ(Silvio Baccarelli)は、エリオポリスでの大火災のニュースをテレビで見て、地域の子供たちに音楽教育を提供する決意をしました。
彼はエリオポリスの公立学校に出向き、クラシック音楽の楽器を教えることを提案しました。その提案に、学校の先生たちは驚きましたが、バカレリの熱意に感銘を受け、プロジェクトを受け入れました。そしてバカレリは、自らの手でエリオポリスで音楽教育を開始しました。
スラムのストリートで練習
彼は、音楽が子供たちに自己表現の機会を与え、困難な状況から抜け出す力になることを信じていました。数ヶ月後、36人の子供たちがヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの練習を始めました。当初、練習できる適切なスペースがなく、子供たちは屋外で楽器の練習を行っていました。
しかし、バカレリと子供たちの熱意は、地域住民や関係者からの支援を受け、徐々に活動環境が整っていきました。
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1996年「バカレリ協会」設立
彼の活動は次第に支持を集め、1996年に正式に「バカレリ協会(Instituto Baccarelli)」が設立されました。
バカレリ協会が設立されると、子供たちの練習環境は大きく改善され、専用のスペースが提供されるようになりました。これにより、子供たちは集中して練習に取り組むことができるようになり、急速に技術を向上させました。
やがて、エリオポリス交響楽団が組織され、子供たちは本格的な音楽活動を開始しました。このオーケストラ活動は、子供たちにチームワークやコミュニケーション能力を身につけさせるだけでなく、彼らに夢と希望を与えることができました。
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エル・システマとバカレリ協会
エル・システマは、1975年にベネズエラで生まれた音楽教育プログラムで、子供たちに無料の楽器演奏やオーケストラ活動を提供しています。このプログラムは、音楽教育を通じて社会的な変革を促すことを目的としており、世界中で多くの支持を受けています。
バカレリ協会は、エル・システマの活動に大きな影響を受けており、エリオポリス交響楽団を通じて、同様の取り組みを行っています。
エル・システマの哲学は、演奏と音楽の社会的意義が密接に結びついているという考えに基づいており、オーケストラ活動は人間関係の構築や他者への思いやり、協働を重視しています。
バカレリ協会も、エル・システマが提唱する音楽教育のアプローチを採用しており、子供たちにオーケストラを通じたチームワークやコミュニケーションを学ばせています。
オーケストラは、ハーモニーを創り出す小さな世界であり、芸術的感性と結びつくことで、さまざまな可能性を広げるという考えが、エル・システマの根本にあります。
エル・システマは音楽教育であると同時に、社会政策でもあります。これは、音楽を通じて子供たちに自己肯定感や希望を与え、社会全体の問題解決に繋げるという考え方が含まれています。
バカレリ協会も、エリオポリス交響楽団を通じて、エル・システマの理念を実践し、地域の子供たちやコミュニティに貢献しています。
世界的指揮者「ズービン・メータ」と共演!
2005年、エリオポリス交響楽団が組織されると、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の名誉指揮者であるズービン・メータが彼らを訪れました。
ズービン・メータはオーケストラの演奏の質の高さに驚き、その場でベートーヴェンの「運命」を指揮しました。この出来事は、エリオポリス交響楽団の才能と努力が国際的な注目を集めるきっかけとなりました。
サンパウロを代表するオーケストラへの成長
その後、エリオポリス交響楽団は着実に成長を続け、サンパウロを代表するオーケストラへと発展しました。彼らは数々の国内外のコンサートに出演し、さまざまな指揮者や音楽家と共演して経験を積み重ねていきました。
エリック・シューマンとの共演
エリオポリス交響楽団は、名指揮者エリック・シューマンとも共演を果たしました。シューマンとの共演は、オーケストラにとって更なる飛躍を意味し、国際的な音楽界での評価が高まることとなりました。
今や生徒は1000人以上!
バカレリ協会は、エリオポリス交響楽団以外にも、幅広い音楽教育プログラムを展開しており、多くの子供たちが参加しています。
- オルケストラ・ド・アマニャン(明日のオーケストラ) このプログラムでは、楽器の習得段階にある子供たちが参加し、オーケストラ活動を行っています。将来のエリオポリス交響楽団のメンバーを育成することを目的としており、子供たちに基礎的な楽器演奏技術やアンサンブルの経験を積ませています。
- コラル・ダ・ジェンチ(私たちの合唱団) このプログラムでは、子供たちがコーラスを学ぶことができます。ボーカルテクニックや音楽理論を教えることで、子供たちの声楽能力を向上させるとともに、音楽を楽しむ心を育んでいます。
- 公立学校網での合唱プログラム バカレリ協会は、公立学校と連携し、合唱を学ぶ仕組みを管理しています。これにより、より多くの子供たちが音楽教育にアクセスできるようになっています。
現在、バカレリ協会を通じて、およそ1300人の子供たちが音楽を学んでいます。
これらのプログラムは、エリオポリス地区の子供たちに音楽の素晴らしさを伝えるだけでなく、彼らの人間性やコミュニケーション能力を育てる役割も果たしています。バカレリ協会は、今後も地域の子供たちに夢と希望を与える音楽教育を提供し続けることでしょう。
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この場所だけは安全!?ギャングからもリスペクト!!
エリオポリスは、現在も犯罪が問題となっている地域であり、麻薬取引や暴力犯罪が生じることがあります。しかし、バカレリ協会は地域で高い評価を受けており、麻薬ディーラーをはじめとする犯罪者たちからも敬意を払われています。
これは、同協会が子供たちや青少年たちに夢と希望を与える音楽教育を提供し、彼らが犯罪から遠ざかる道を作っていることが評価されているためです。
バカレリ協会の活動は、エリオポリス地域の子供たちにポジティブな影響を与えるだけでなく、地域社会全体にも良い影響を与えています。その結果、同協会は犯罪者たちとのトラブルを回避し、安全な環境で音楽教育活動を続けることができています。
このように、バカレリ協会は地域の状況にも関わらず、音楽教育を通じて子供たちに希望を与え、コミュニティの安定に貢献しています。今後も同協会の活動は、エリオポリス地域の子供たちや社会にとって大切な存在となり続けるでしょう。
El Profesor de Violín
実話をもとにした映画!映画「ストリート・オーケストラ」
エリオポリス交響楽団の奇跡的な成長と成功の物語は、映画『ストリート・オーケストラ』として映画化されました。この映画は、楽器の持ち方も知らない、楽譜も読めないスラム街の子供たちが、クラシック音楽教育との出会いを通じて「エリオポリス交響楽団」を結成し、自分たちの運命やブラジル社会を変えていく感動的な実話を描いています。
映画『ストリート・オーケストラ』は、2016年8月13日(土)から、ヒューマントラストシネマ有楽町をはじめとする全国各地の映画館で順次公開されました。この映画は、音楽が人々の人生を変える力を持っていることや、子供たちが未来への希望を持ち続けることの重要性を伝えており、多くの観客に感動を与えていました。ブラジル最大の映画祭「サンパウロ国際映画祭」で観客賞に輝きました。
映画『ストリート・オーケストラ』のあらすじ
物語は、ブラジルの名門サンパウロ交響楽団のオーディションに落選したヴァイオリニストのラエルチが、失意の中でスラム街の学校で音楽教師を務めることから始まります。
ある時、ギャングに襲われたラエルチは見事な演奏で彼らを逆襲し、音楽に感動したギャングたちが銃を下ろすというエピソードがあります。これによって、子供たちは暴力以外に人を変える力があることを知ります。
しかし、音楽の喜びに気付いた子供たちと、情熱を取り戻したラエルチのもとには、やがて思わぬ事件が待ち受けることになります。
キャスト
『ストリート・オーケストラ』は、ブラジル最大の映画祭“サンパウロ国際映画祭”で観客賞に輝きました。監督は『セントラル・ステーション』で助監督を務めたセルジオ・マシャードが担当し、教師役はスラム街出身のブラジルの俳優ラザロ・ハーモスが演じました。
出演者はほとんどがスラム出身
また、700名以上のオーディションから選ばれた生徒役の子どもたちは、ほとんどがスラム街出身で、演技経験がほとんどないということです。
オーディションでは、子どもたちに自分の人生を語ってもらい、初めて集めた日にもう一度、みんなの前で自分の人生を語ってもらいました。彼らはまだ子どもですが、苦しみや暴力などの痛みをすでに感じており、共通点があることがわかります。監督は、他人の話を聞いて涙する子どもたちを見た時、「この映画のことが分かった」と感じたそうです
スラム街で撮影…。衝撃的なストーリーの数々
セルジオ・マシャード監督は音楽家の両親の元で育ち、サンパウロ交響楽団や実在するスラム街のエリオポリス交響楽団と半年に及ぶ撮影を経て、映画『ストリート・オーケストラ』を制作しました。
製作にあたり、脚本家のマルタ・ネリングはエリオポリスに一時住み、マシャード監督は地区を歩き回り、登場人物や地域の人たち、さらには麻薬ディーラーやギャングたちの話にも耳を傾けました。これは現実をできるだけ物語に取り込むための努力でした。
マシャード監督はエリオポリス交響楽団の草創期からのビオラ奏者、グラジエラ・テイセイラの衝撃的な話に触れました。彼女の父や元夫は麻薬ディーラーで、5歳の時に父に銃を持たされ、父が彼女の手を使って抗争相手に向かって引き金を引いたという話に衝撃を受けました。
マシャード監督は、「父親が娘にそんなことをするなんて、信じられなかった」と語り、そうした現実を物語の背景に織り込みながら撮影に臨みました。
その結果、映画『ストリート・オーケストラ』はリアルな背景を持つ感動的な作品となりました。これは、監督やスタッフが地元の人々や状況を理解し、彼らの人生経験や現実を映画に反映させることによって成し遂げられたものであり、観客に深い共感を呼び起こす要素となっています。
ヒップホップとオーケストラ
映画『ストリート・オーケストラ』は、クラシック音楽とヒップホップが融合したサウンドトラックで話題を呼んでいます。この映画では、子どもたちが奏でるクラシック音楽とクラブで流れるヒップホップが共存し、物語に深みを加えています。
クラシック音楽の部分では、バッハ、パッヘルベル、パガニーニ、リスト、シューマン、モーツァルトなどの名曲が劇中で使用されています。これらの曲は、実際にエリオポリス交響楽団やサンパウロ交響楽団によって演奏されており、聴衆に感動を与えています。
一方、映画のヒップホップ部分では、ブラジルを代表するミュージシャンたちが登場しています。例えば、ドラッグ・ディーラー役を演じるクリオーロや、2003年に銃弾によって命を落とした伝説的なブラジルのラッパー「サボタージ」のアカペラ曲などが特徴的です。
伝説のラッパー「サボタージ(Sabotage)」
サボタージの曲「Respeito e lei(リスペクトすることが掟)」のミュージックビデオが公開されました。
ボタージの息子は、「父は自分の曲をオーケストラで演奏してもらうのが夢だった」と語っており、この映画はその夢を実現させる形で、彼の楽曲がエンディングで使用されることになりました。
マシャード監督、音楽を通じた社会改革を信じる
マシャード監督は、ブラジルが多くの問題を抱えていると認めながらも、音楽を通じて社会が変わることができると信じています。彼はバカレリ協会での取り組みを目にし、問題解決が決して難しくないと考え始めました。
彼は、音楽学校を設立して運営する方が、刑務所を建てるよりも安価であることを指摘し、バカレリ協会の生徒たちが音楽によってどれだけ人生が変わったかを強調しています。
ベネズエラには公的支援による音楽教育プログラム「エル・システマ」があり、それは日本の鈴木鎮一氏によるスズキ・メソードから影響を受けています。
マシャード監督自身の息子もスズキ・メソードでバイオリンを習っており、彼はその教育方法が秩序立っていて、音楽を通じて鍛錬や集中力、協調性を学ぶことができると評価しています。
さらに、マシャード監督はブラジル人のアドリブ力と日本人の秩序立った演奏を組み合わせることで、ファベーラの人々特有のスイングを感じる特別な音楽が生まれると期待しています。彼のビジョンは、音楽を通じて国や社会の問題を解決し、また新たな価値観を創出することです。