【音楽は世界を変える】貧困から生まれた“オーケストラ”②「エル・システマの歴史」

【音楽は世界を変える】貧困から生まれた“オーケストラ”②「エル・システマの歴史」

History of El Sistema

エル・システマの歴史

TED/YouTube

ではなぜベネズエラのような、クラシックとは一見遠そうな南米の貧困国でエル・シス テマが生まれたのか。意外にもエル・システマの始まりは今のような福祉のための組織ではなかった。それは 1930 年代にまで遡る。ベネズエラは 1930 年代以降豊富に採れる石油 の輸出を背景に成長したため、庶民の生活が豊かだった時代があった。そのため奢侈な芸術を受け入れる基盤があったのである。クラシック音楽も例外ではなく、外国人奏者の招致によって度々演奏会が開かれ、文化として消費されていった。

発達障害児の社会適応とオーケストラ(p.12)/Waseda

1960年代のベネズエラでは、石油ブームの効果によって経済は潤い、文化や芸術が盛んになり、各地でオーケストラなどが創設されつつあった。ただ文化芸術はエリートや富裕層を対象としたもので、ベネズエラ人に対して音楽家への門戸は閉ざされたままだった。

『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ』奇跡の教育モデル/HONZ.2013

クラシック音楽も例外ではなく、外国人奏者の招致によって度々演奏会が開かれ、文化として消費されていった。そして 1970 年代、ベネズ エラの子供でオーケストラをつくろうと考えた人物が現れた。ホセ・アントニオ・アブレウである。

発達障害児の社会適応とオーケストラ(p.12)/Waseda

ホセ・アントニオ・アブレウ博士

El Sistema/YouTube

エル・システマの最初の集まりは1974年の年末に、アブレウと8人の音楽を学ぶ若者が集まって相談を始めたとされている。

エル・システマの研究(上)(p.2)/太田 和敬

ベネズエラの著名な経済学者が30年前にゴミ処分場に住んでいた子どもたちを毎週日曜に自宅に集め、食事を与え、シャワーを浴びさせ、服を着替えさせ、楽器を見せながらクラシック音楽を教えていました。子どもたちが何度か来た際「あなたはどれか楽器を弾いてみたいですか?」と尋ねました。すると子どもたちはこの楽器を弾いてみたいと言うようになったそうです。

O.オドゲレル (Odgerel Odonchimed)Jargal Defacto

1975年、エル・システマの創立者であるホセ・アントニオ・アブレウ博士はカラカスのガレージで11人の少年を集めて、楽器を手渡しました。犯罪や非行が日常茶飯事のスラム街に、当時のエリート層しか手にすることのなかったバイオリンを持って行って子どもたちに音楽を教え始めたのです。そこで彼は子どもたちに語りました。「君たちは、この楽器で世界を変えるんだ。この楽器を奏でて、闘いなさい。」翌週、子どもたちは50人集まり、その次には100人を超え、あっという間に譜面台も足りなくなったと、当時アブレウ博士とエル・システマの創立に関わった父から聞いています。

erika colon mothers for peace

このような壮大な目標をオーケストラで達成しようとした理由として博士は「オーケストラは社会の縮図であり、調和と協調、自己表現、忍耐、そして皆が合意に達しようする唯一の芸術体だからです」と語っています。

ベネズエラに学ぶオーケストラの社会的役割/トヨタ芸術環境KAIZENプロジェクト

アブレウは、祖父が子供のための吹奏楽団を運営していたこと、自身の小さい頃のオーケストラへの情熱、そして、ベネズエラ人によるオーケストラを作るという情熱から、現在のシモン・ボリバル・ユース・オーケストラの母体となる国立ユース・オーケストラを設立した。

発達障害児の社会適応とオーケストラ(p.12)/Waseda

創設すぐに国際音楽祭に参加!そして……。

1976年、アブレウは、この新しく創設されたユース・オーケストラを結成から1年も経たない中で国際音楽祭へと参加させ、誰も想像しなかった快挙を成し遂げた。欧米・日本などの実力が確立されているオーケストラをさしおき、コンサートマスター含めほとんどのポジションでベネズエラ人が最優秀奏者として選出されたのだ。

『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ』奇跡の教育モデル/HONZ.2013

ヨーロッパから帰国すると、アブレウは、成果の報告を武器に、ベネズエラの全国的な音楽学校の建設のための資金を、政府から引き出すための働きかけをした。あらゆる話し合いをして、どのくらいの費用がかかるか、計算し、他方、アルコール、ドラッグ、貧困、暴力などによる問題解決のための費用と比較検討した。社会の事実を知る政治家で、アブレウに反対する人はほとんどいなかった。

エル・システマの研究(下)―刑務所におけるオーケストラ活動の矯正教育的側面を中心に―(p.46)/太田 和敬

ベネズエラ中に音楽教室を!

Últimas Noticias/YouTube

1979年政府が正式に支援を決め、ナショナル・ユース・シンフォニー財団(FESNOJIV)が設立され、その後の財政を支えることになる。またシモン・ボリバル音楽院が設立され、この時期ヌクレオが各地に設立されている。

エル・システマの研究(上)(p.5)/太田 和敬

アブレフはその国家予算を使い、1980年代前半までに50を超える音楽教室を全国各地に誕生させ、音楽家への道が閉ざされていたベネズエラの若者に無料でオーケストラを体験させる活動をしていくのである。

『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ』奇跡の教育モデル/HONZ.2013
ヌクレオって?

アブレウの設立したランダエタ・ユース・オーケストラは、首都カラカスを拠点としていたが、それでは地方の子どもたちは、参加することができない。全国的に、文字通り「誰でも参加できる」ためには、地域にオーケストラ活動をする場が必要であり、それを実現するために設置されたのがヌクレオである。

エル・システマの研究(下)―刑務所におけるオーケストラ活動の矯正教育的側面を中心に―(p.40)/太田 和敬

子どもたちは、ヌクレオに毎日通い、毎日4時間程度の練習をこなし、演奏会を開催する。才能や意欲の高い子どもは、上級のオーケストラのオーディションを受けて移動していくが、そうでない子どもたちも、練習や公演を通して、音楽する喜び、チームワークの大切さ、責任感などを学んでいくのである。アブレウが強調する徳育の側面もめざされている。

エル・システマの研究(下)―刑務所におけるオーケストラ活動の矯正教育的側面を中心に―(p.46)/太田 和敬

「エル・システマ」システムの構築と“日本人音楽家”

そうして広まっていく中で新たに生じた問題が生じた。第一に、音楽教育システムの必要性である。音楽文化が根付いていない地方では、初心者や幼少の子どもたちに教える必要があった。しかし、そこでの子どもたちは「練習時間には遅れる、遅れたことを悪いとも思わない、人が演奏している横で声をあげたり、走りまわったりする、ガムを噛みながら楽器を弾く」などととても教育ができない状態であった。そこで指導にあたったのが、日本人ヴァイオリニストの小林武史である。

音楽を通した子どもの自己実現の場の拡充〜エル・システマジャパンの活動から〜(p.10)/今井 絢梨
“ベネズエラ政府”からの要請

1979年6月に、ベネズエラ政府文化庁から日本政府への要請により、国際交流基金文化使節としてベネズエラに渡ることとなった。小林はヴァイオリンを見たこともない子どもたちに対し、挨拶をきちんとさせることから始まり、日本のスズキ・メソードと呼ばれる音楽教育法を用いて指導をした。

音楽を通した子どもの自己実現の場の拡充〜エル・システマジャパンの活動から〜(p.10)/今井 絢梨
スズキ・メソード

スズキ・メソードとは、「母語教育法」という方法で、まず演奏を繰り返し聴き、それを何度も真似をして理解させ、最終的に自分でその内容を応用して演奏できるようにするといった内容のものだ。このスズキ・メソードを導入してからというもの、音楽教室とし 本格的に機能させることが可能となった。

音楽を通した子どもの自己実現の場の拡充〜エル・システマジャパンの活動から〜(p.10)/今井 絢梨

楽器が不足……。自分たちで楽器の製作開始!!

第二に、同時に生じた問題の楽器不足についてである。数人でのシェアや、中古などの寄付ですら間に合わなくなってしまった。ベネズエラ国内での寄付にとどまらず、UNESCO や世界各国に向けて寄付の要請をしたものの、慢性的な楽器不足に陥ってしまう。そこで、 FESNOJIV は自ら楽器工房を設立することを決めた。これはルシエール・センターと呼ばれ、 のちに楽器職人の養成所としても機能するようになった。UNESCO による職人派遣などの支援を受け、現在では国内に7箇所設立されている。

音楽を通した子どもの自己実現の場の拡充〜エル・システマジャパンの活動から〜(p.10)/今井 絢梨

カラカスでの暴動をきっかけ社会福祉の役割も!

そうして 80 年代までのエル・システマは、ベネズエラの子供たちのためのオーケストラ をつくるという希望のもとに進んでいったが、時代が下って 1989 年のカラカス暴動をきっかけとして、新たな方面に発展することとなる。それまでの情熱と勢いに加えて、ベネズ エラ社会全体の受け皿として、社会福祉の方向に発展することになったのだ。

発達障害児の社会適応とオーケストラ(p.12)/Waseda

犯罪や非行への抑止力としても役割を果たし1990年以降は貧困と青少年の犯罪が深刻な問題であるベネズエラで、健全な市民を育成する社会政策の一環として推進されるようになりました。障害者が参加するプログラムや、刑務所内における更生プログラムとしての実施も行われています。

音楽による人材育成システム 「エル・システマ」/KAJIMOTO

「グスターボ・ドゥダメル」が音楽監督に就任

Gustavo Dudamel/YouTube

1999 年には,エル・システマで教育を受けたグスターボ・ドゥダメルが 17 歳で音楽監督に就任.

UNICORN English Communication 1 : LESSON 6 El Sistema: The Miracle of Music 教科書題材の背景(p.16)/文英堂

「音楽の使命」

2007年9月、アブレウとともに、テレビ番組で、ウゴ・チャベス大統領は授業料の用意と、ベネズエラの子どもたちの音楽演奏を計画した新しいプログラム「音楽の使命(Misión Música)」を発表した。

エル・システマ/Wikipedia

ベネズエラ政府もその成果を評価し、2010年までにあと70万人の子供たちを受け入れ、計100万人のユース・オーケストラを全国に発展させる、というMision Musica (ミッション・ムジカ)という新しいプロジェクトがスタートしました。

ベネズエラに学ぶオーケストラの社会的役割/トヨタ芸術環境KAIZENプロジェクト

国を超え世界中で大反響!

2007 年度、米州開発銀行がこの「エル・システマ」の事業規模拡大や施設建設(首都カラカスのコ ンサートホールと 7 カ所の練習拠点)のために 150 億円の融資を実行した。開発銀行は「エル・シス テマ」を複数年にわたって追跡調査した結果、プログラム参加者たちの学業レベル、地域社会への参画度が大きく改善され、また、このプログラムが及ぼすコミュニティ全体への経済的波及効果が大変大きく、このシステムが地域社会変革の手段としても有効である、と証明されたとしている。

~オーケストラは子供を救う~青少年人材育成システム「エル・システマ」ファクトシート

現在では、貧困対策・犯罪防止のプログラム、青少年育成のための楽器修復ワークショップ、身体の不自由な子供たちのコーラスなども行っている。音楽技術の向上のみならず、子供たちを通じてその家族、社会に希望を持たせることで、社会の変革を目指すことを目的としている。そうした取り組みが評価され、2008年には、スペインのアストゥリアス公賞の芸術部門で受賞している。

音楽で社会変革する「エル・システマ」が被災地に上陸/nippon.com.2012

2010年に初の欧州ツアーを実現し、ボンのベートーベンフェスティバル、サイモン・ラトル指揮でベルリン、ウィーン、アムステルダム、マドリッド、ロンドンで公演。

テレサ・カレーニョ・ユース・オーケストラ相馬公演/エル・システマジャパン

ザルツブルグ音楽祭は「エル・システマ特集!」

SalzburgerFestspiele/YouTube

2013年には、クリスティアン・バスケスとディエゴ・マテウス指揮のもとザルツブルグ音楽祭でデビューを果たした。この年のザルツブルグ音楽祭は「エル・システマ特集」としてエル・システマから多数の団体が出演。ザルツブルグ祝祭大劇場でのマラソンコンサートでは現地から高い評価を得て賞賛された。

テレサ・カレーニョ・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ(TCYO)/KAJIMOTO
El Sistema/YouTube
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El Sistema/YouTube

欧州ツアー!音楽以外の取組も!

2014年の欧州ツアーでは、通常のコンサートのみならず、エル・システマの理念に影響を受けた試みがスタートしているストックホルム、ミュンヘン、リスボン、トゥールーズ、ロンドン、イスタンブールの子どもたちとの交流事業を実施するなど、教育プログラムにも力を入れている。

テレサ・カレーニョ・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ(TCYO)/KAJIMOTO

ホセ・アントニオ・アブレウ氏 死去

AGENCIA EFE/YouTube

ホセ・アントニオ・アブレウ氏(南米ベネズエラの子供向け無償音楽教育プログラム「エル・システマ」創設者)現地からの報道によると、3月24日カラカスで死去、78歳。

(おくやみ)ホセ・アントニオ・アブレウ氏(南米ベネズエラの子供向け無償音楽教育プログラム「エル・システマ」創設者)/日本経済新聞.2018
LA Phil/YouTube

人道支援プログラム「エル・システマ・コネクト」

エルシステマ・コネクトは2019年4月に産声を上げました。

音楽で橋を架ける!エルシステマ・コネクトの新たな挑戦!/CAMPFIRE

当初は、エルシステマ発祥の地であるベネズエラが危機的状況にあり、社会的混乱に巻き込まれ、最低限の生活の保証も難しいベネズエラの貧困地域の子どもたちに、政治的に中立の立場で人道支援を行うことが喫緊の課題でした。私たちは音楽のネットワークを使い、無償で音楽を学ぶエルシステマのプログラムとセットで支援を始めました

音楽で橋を架ける!エルシステマ・コネクトの新たな挑戦!/CAMPFIRE
今や国をあげた社会事業に!
Froid International/YouTube

現在のエル・システマは、ベネズエラ大統領執務省の管轄するシモン・ボリバル音楽財団により運営され、その活動は、ベネズエラ国家の社会事業の一部に位置づけられていますが、すべての市民に開かれた音楽活動を通した社会の変革を希求する姿勢は、「演奏する、そして挑戦する(Tocar y luchar)」というモットーに体現され、今も引き継がれています。

音楽の力で、被災地の子どもたちの楽天とエル・システマジャパン、世界的な子ども向け音楽教育プログラム推進で連携心の復興”を。/楽天株式会社.2013

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