ベネズエラ奇跡と言われる音楽教育「エル・システマ」 ── スラムから世界に羽ばたいたオーケストラ ①

音楽には、人を感動させる力があります。しかし、音楽教育は、高い授業料や教師の不足などの問題があり、誰もが手軽に学ぶことができるわけではありません。

しかし、ベネズエラには、そんな問題を解決する革新的な音楽教育プログラムが存在します。それが、エル・システマです。

このプログラムは、貧しい子供たちに音楽を通じて希望と可能性を与え、非行を防止するという素晴らしい役割を果たしています。今回は、エル・システマについて詳しく紹介します。

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“100年に一人”の若き天才指揮者と「エル・システマ」アーティストたちの驚くべき才能と熱き魅力に初めて迫る。(「BOOK」データベースより)

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ベネズエラの奇跡「エル・システマ」

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エル・システマは、国立財団ベネズエラ児童青少年オーケストラシステム(FESNOJIV)によって統括されており、非行防止や貧困撲滅の国策として位置づけられています。子どもたちに音楽教育を提供することにより、将来の雇用機会を増やし、社会全体の安定化を目指しています。

エル・システマに参加した子どもや青少年は、主に貧困層を中心に約78万人に上ります。彼らは音楽学習を通じて道徳的な価値観を身につけ、ベネズエラ国内でオーケストラ活動や音楽教育関連の仕事を通じて、健全な形で社会に参加しています。

エル・システマの創設者「アブレウ博士」

ベネズエラでは、貧富の差が大きく、多くの子どもたちが厳しい環境で育っています。教育機会に恵まれず、将来への希望が持てない子どもたちが数多く存在しています。こうした状況を変えるために、ホセ・アントニオ・アブレウ博士がエル・システマを創設しました。

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アブレウ博士

ホセ・アントニオ・アブレウ博士は、1939年にベネズエラで生まれ、多彩な経歴を持つ人物です。彼は指揮者、ピアニスト、経済学者、教育者、活動家、政治家として活動し、ベネズエラの文化大臣も務めました。

アブレウ博士は、1961年にペンシルバニア大学で石油経済学の博士号を取得し、同時にベネズエラ国立音楽院で作曲とオルガンを学び、1964年に同音楽院を卒業しました。その後、指揮者として活躍する一方で、大学の経済学教授やベネズエラの国会議員を務めるなど、幅広い分野で活動しています。

1975年には、「エル・システマ」を創設。アブレウ博士は、貧困層の多い一般家庭の子どもたちに無償で楽器と音楽指導を提供し、全国各地にユースオーケストラを組織することで、子どもたちの人生を変えることを目指しました。

1983年にはベネズエラの文化大臣に就任し、2009年にはユネスコのアンバサダーを務めました。アブレウ博士は、その功績により、ユネスコ国際音楽賞、アストゥリアス賞、ポーラー音楽賞、エラスムス賞、高松宮記念世界文化賞、ドイツ文化勲章など、数々の賞を受賞しています。

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エル・システマのモットー「奏でよ、そして、闘え」から「奏でよ、歌え、闘え」

エル・システマのモットー「tocar y luchar(奏でよ、そして、闘え)」は、参加者に向けた力強いメッセージを伝えています。

このモットーは、子どもたちに音楽を通じて自分自身や周囲の困難に立ち向かう力を与えることを意味しています。困難は貧困や住環境、自然災害、障害、感染症など、さまざまな形で存在しますが、音楽はこれらの困難を乗り越えるための力となります。

近年、エル・システマでは合唱活動も重要なプログラムの一部となっており、モットーに「歌え」の一語が加わり、「奏でよ、歌え、闘え」となりました。これは、音楽の力をより広範な形で子どもたちに伝え、困難に立ち向かう力を育むためのスローガンです。

このモットーは、エル・システマの精神を象徴し、参加者たちに音楽を通じて自分自身と向き合い、困難に立ち向かう勇気を与えています。エル・システマは、音楽が子どもたちの心に変革をもたらし、人生の質を向上させる力を持っていることを、世界中に示しています。

無償で音楽教育が受けられる!

エル・システマは、ベネズエラの音楽の奇跡として知られ、何十万人もの子供や若者たちに無償で音楽教育を提供する革新的な育成プログラムです。このプログラムの参加者の約75%が貧困層に属する子供たちであり、音楽を通じて彼らの人生を変えることを目指しています。

エル・システマに参加する子供たちは、3歳になると希望する楽器が国から無料で貸与され、全国各地にある研修所に通うことができます。楽器の需要に応えるため、エル・システマは日本やヨーロッパ諸国から中古の楽器の寄付を募っています。

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教育メソッド「ピアラーニング」

エル・システマの教育メソッドの基盤は、ピアラーニング(Peer Learning)です。このアプローチは、仲間同士が互いに教えあい、学び合うことを重視します。ピアラーニングは、学校のクラブ活動における先輩後輩の関係に似ており、分かりやすい例として捉えることができます。

エル・システマでは、経験豊富な生徒が新しい参加者に音楽を教え、一緒に練習します。この方法は、子供たちが互いに刺激を受け合い、競争心や協力精神を育みながら、技術や知識を身につけることを促進します。また、教えることで自身の理解も深まり、より熟達した演奏家になることが期待されます。

このピアラーニングのメソッドは、エル・システマの成功の要因のひとつとされており、子供たちが互いに高めあいながら音楽を学び、協力し合う環境が、強いチームワークやコミュニケーション能力を育んでいます。

また、この教育方法は、参加者にリーダーシップや自己肯定感を向上させる機会を与え、人間力の発展にも寄与しています。

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エル・システマから世界的に有名な音楽家たちへ

エル・システマは、その卓越した教育プログラムによって、多くの世界的に有名な音楽家を輩出しています。以下は、エル・システマから世界へ羽ばたいた音楽家たちの例です。

グスタボ・ドゥダメル

指揮者であり、ロサンゼルス・フィルハーモニック音楽監督を務めるドゥダメルは、エル・システマの最も著名な卒業生の一人です。彼は国際的な評価を受けており、世界中のオーケストラと共演しています。

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クリスティアン・バスケス

指揮者であり、スイス・ロマンド管弦楽団の音楽監督を務めるバスケスも、エル・システマの卒業生です。彼は数々の国際的な音楽祭やオーケストラと共演しており、その才能が高く評価されています。

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ディエゴ・マテウス

ディエゴ・マテウスは、エル・システマ出身の指揮者で、コロンビアのメデジン・フィルハーモニックオーケストラの音楽監督を務めています。彼は国際的なキャリアを築いており、その才能が高く評価されています。

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ディートリヒ・パレデス

エル・システマの卒業生であるパレデスは、ベネズエラのシモン・ボリーバル交響楽団の副指揮者を務めています。

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フランシスコ・“パチョ”・フローレス

トランペット奏者であるフローレスは、世界中のオーケストラと共演し、エル・システマの卒業生として輝かしいキャリアを歩んでいます。

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エディクソン・ルイス

985年カラカスのコントラバス奏者エディクソン・ルイスは、現在ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーとして活躍しています。彼は11歳でコントラバスを始め、ホセ・アントニオ・アブレウ博士によって創設されたベネズエラの音楽教育システム「エル・システマ」のオーケストラに所属しました。

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世界の超一流音楽家も賛同!

エル・システマの成功は、世界中の著名な音楽家たちからも賛同と支援を受けています。マルタ・アルゲリッチ、クラウディオ・アバド、サイモン・ラトル、クシシュトフ・ペンデレツキ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチといった著名な音楽家たちは、カラカスに出向いてエル・システマのプログラムに参加し、指導や共演を行っています。

政府の全面バックアップ!

エル・システマは、ベネズエラ政府の支出によって90%以上が賄われており、その意味で政権に大きく支えられてきました。

特にウーゴ・チャベス前大統領は、エル・システマを多方面に拡大し、積極的に支援してきました。しかし、ニコラス・マドゥロ政権下での弾圧に対する抗議行動の中で、エル・システマが政治的な追求にさらされることもあります。

このような状況は、芸術と政治の関係についての議論を促しており、どのようにして芸術活動を政治的な介入から守るべきか、そしてどの程度政治との関わりを持つべきかという課題を提起しています。

芸術と政治のあり方については、各国や文化によって異なる考え方が存在しますが、一般的には、芸術活動は政治からの独立性を保ちつつも、社会的な問題に対して積極的なメッセージを発信する役割があるとされています。

犯罪多発国家「ベネズエラ」で逮捕者0人

ベネズエラは世界有数の石油産出国でありながら、貧困層が50%を占め、南米で最も犯罪が多発する国の一つです。しかし、エル・システマに参加している子供たちが犯罪に関与することはほとんどなく、彼らには音楽を通じて自信を築き、社会の階段を上るチャンスが与えられています。

エル・システマに参加する子供たちは、「自分は一人じゃない」「音楽の世界で生きていける」「演奏は楽しい」「たくさんの人が感動してくれる」と感じ、自分の居場所を見つけます。確かに、ベネズエラの人口約2,500万人のうち約1%が参加する活動だけで、貧困や麻薬、犯罪が解消されるとは考えにくいですが、20数年でこれほど多くの若者たちを救い、アイデンティティと生きる希望を与えた活動は、賞賛に値します。

2004年のロス・アンデス大学の調査では、「エル・システマ」の参加者の63%が学業でGoodからExcellentの成績を達成しており(参加者以外では50%)、参加者の家族による調査でも、子供たちの時間厳守、責任感、規律が改善されているという結果が明らかになっています。

確実なステップアップ!初心者から世界的なプロへ!!

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楽器がまったくできない子どもでも、好きな楽器を選ぶと、オーケストラの一員として指導を受けます。音が出たときの喜びやハーモニーが生まれるときの楽しみを大切にすれば、自然と子どもたちは音楽に熱中します。

エル・システマで育った教師たちもおり、彼らは音楽で生計を立てながら次の世代を育てます。教育内容はユニークで、楽譜を読めないうちから児童オーケストラに参加し、クラシックの名曲を演奏します。

オーケストラは三段階に分かれており、国立児童オーケストラ(小中学生)、ユース・オーケストラ21(中高生)、国立シモン・ボリバル交響楽団(それ以上)があります。ユース・オーケストラでは奨学金、シモン・ボリバル交響楽団では給与が支給されます。年齢の区切りは試験次第で飛び越えることができます。

この仕組みは、年少児を持つ親にとっては無料で文化的な素養を学べる託児所となり、貧しい家の出身者にとっては、エル・システマで出世し練習資金や生活資金を手に入れることができます。ユース・オーケストラ以上のグループは海外公演を精力的に行い、各国から高い評価を受けています。

今や国を代表するオーケストラ「シモン・ボリバル交響楽団」

シモン・ボリバル交響楽団は、ベネズエラを代表する楽団であり、エル・システマで育った音楽家たちによって1999年に結成されました。同楽団の代表的な指揮者であるグスタボ・ドゥダメルは、現在世界的に有名な指揮者の一人となっています。

ベネズエラは正式名称をベネズエラ・ボリバル共和国といい、ボリバルは南米の独立戦争の英雄シモン・ボリバルにちなんでいます。この名前は、エル・システマの主要なオーケストラであるシモン・ボリバル交響楽団でも使用されています。

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国連平和親善大使

ベネズエラでのエル・システマの活動は、国連のSDG(持続可能な開発目標)のモデル事業として認定されており、代表オーケストラであるシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラは、国連平和親善大使として世界各地で演奏を行っています。

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世界的指揮者「グスタボ・ドゥダメル」

グスタボ・ドゥダメルは、ベネズエラ出身の指揮者で、エル・システマの出身者であり、ホセ・アブレウ卿に見出された「成り上がりの象徴」でもあるスーパースターと言えます。彼はエル・システマで教育を受け、18歳のときにシモン・ボリバル・ユース・オーケストラの指揮者になり、世界各地でツアーを行い絶賛を浴びました。

彼は23歳でバンベルク交響楽団の第1回グスタフ・マーラー指揮者コンクールに優勝し、その後も輝かしい経歴を重ねています。2005年にDGと契約し、ロサンゼルス・フィルハーモニックを指揮して全米デビューを果たし、2006年にはミラノ・スカラ座デビューを飾りました。2007年にはルツェルン音楽祭でウィーン・フィルを指揮し、2008年にはヴァルトビューネでベルリン・フィルを指揮しました。

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「百年に一人の天才」

2009年には、世界のメジャー・オーケストラの一つであるロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督にわずか二十代で就任しました。これはメータ以来半世紀ぶりの出来事で、欧米のマスコミから「百年に一人の天才」と称されるようになりました。

タイムズ誌は、「世界で最も影響力のある百人」の一人としてドゥダメルを選びました。この間、ドゥダメルはベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管弦楽団、ニューヨーク・フィルなど世界のあらゆるトップ・オーケストラを指揮し、世界のトップ・オーケストラの次期音楽監督として早くも名が挙がっています。

彼のダイナミックかつ情熱的な指揮ぶりは、世界中の人々を魅了し続けています。

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史上最年少で“ウィーンフィルニューイヤーコンサート”の指揮者!

グスタボ・ドゥダメルは、世界中の主要オーケストラからオファーが殺到し、2017年1月1日に、指揮者として最高の栄誉とされるウィーンフィルニューイヤーコンサートの指揮台にダントツの最年少で登壇しました。これは、新人の中学生歌手が紅白歌合戦のトリを歌うような異例のことでした。

【伝説】世界が衝撃をうけた「踊るオーケストラ」

Gustavo Dudamel/YouTube

ドゥダメルの名を一躍世界に知らしめた出来事は、2007年のBBCプロムスでの「マンボ」(レナード・バーンスタイン作曲)の演奏でした。彼が当時も音楽監督を務めていたベネズエラのユースオーケストラ「シモン・ボリバル楽団」が、この曲を演奏しました。

奏者たちはベネズエラ国旗を模したカジュアルなジャケットを着用し、軽快なリズムに合わせて踊りながらマンボを演奏しました。この型破りな演奏と、会場の一体感を生み出す「マンボ!」の掛け声は、ドゥダメルの音楽の代名詞となり、彼が人気指揮者の階段を駆け上がるきっかけとなりました。

世界各国で広がる「エル・システマ」のプログラム

現在、エル・システマはベネズエラ国内で参加者数40万人規模に達し、60以上の国や地域でプログラムが展開されているか、影響を受けた活動が行われています。これは、オーケストラ教室としては世界最大です。

ヨーロッパでは、移民や難民の多い国でエル・システマのプログラムが活用されています。例えば、ギリシャやスウェーデンでは、難民キャンプの隣に活動拠点が設けられ、どの人種の子どもであっても参加しやすい体制が整えられています。音楽が盛んなオーストリアでは、学校でエル・システマプロジェクトが展開されています。

ニュージーランドでは、先住民と白人との歴史的背景を踏まえ、すべての子どもが受け入れられるエル・システマプロジェクトが2011年に開始されました。このプロジェクトは、ニュージーランドの文化遺産省とオークランド交響楽団の共同プログラムとして設立されました。

アジアでは、韓国がエル・システマプログラムを導入し、地方オーケストラ団体がいくつも存在しています。農村、山岳地、漁村など、都心ではない地域の子どもたちにも音楽を届けることが目的です。

さらに、「先進国」日本では、自殺、不登校、引きこもり、学級崩壊などの問題を抱えている中で、Friends of El Sistema Japanがエル・システマの導入活動を行っています。

これらの国々や地域で展開されるエル・システマプロジェクトは、子どもたちが音楽を通して成長し、社会問題に対処する手段として広がっています。それぞれの地域や国に合わせた活動を通じて、音楽を通じた教育と人々のつながりを促進しています。

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