世界でたった3個!宇宙を閉じ込めた幻の茶碗!「曜変天目茶碗」【国宝】

国宝

曜変天目茶碗

ISSEY TV/YouTube

世界に3つ!?しかも全て日本のある!

奇跡や神秘といった言葉で語られる茶碗(ちゃわん)がある。世界で3碗のみ知られ、いずれも日本で国宝に指定される「曜変天目(ようへんてんもく)茶碗」だ。

曜変天目:斑文きらめく小宇宙 国宝3碗、奈良・滋賀・東京で同時公開/毎日新聞.2019

(前略)「天下三碗」と呼ばれることも。

お茶の贅沢の最高峰!国宝の茶器をご紹介します。/大井川茶園 公式ブログ

大きさは高さ7.2㎝、口径12.2㎝の手のひらに乗るサイズ。

奇跡的に誕生したといわれる茶碗「曜変天目」。その小さな茶碗に秘められた美しきストーリーとは?:美の巨人たち/テレ東プラス:テレビ東京.2017

それは、まるで夢の景色のように…

曜変天目茶碗(南宋時代)の内側は、藍や青の大小の波紋が星のように浮かび、虹色に輝く美しい宇宙が広がっています。

梨園染 手ぬぐい 曜変天目茶碗/手ぬぐい・和雑貨通販 のレン公式オンライン

あの“有名すぎる武将達”も持っていた!

戦国時代の日本には十碗ほどの《曜変天目》があったと言われる。

謎めいた神秘の輝き《曜変天目》|ニッポンのお宝、お蔵出し/Casa BRUTUS.2018

足利義政が秘蔵していた曜変天目は特に優れていたのもと想像され、のち織田信長の所持するところとなり、おそらく本能寺の変で焼失したと伝えられています

幻の国宝二つの「曜変天目茶碗」を訪ねる旅/趣味人倶楽部.2019

Made in China

中国南宋時代(12-13世紀)に、福建省の建窯(けんよう)で焼かれた天目茶碗を建盞(けんさん)と呼びます。

国宝「曜変天目」三碗同時期公開/MIHO MUSEUM

曜変天目は、大量に焼かれた建盞のうち、窯内で偶然に美しい光彩が生じたものを指します

【開幕直前情報】国宝「曜変天目」/ことしるべ.京都新聞

(前略)福建省南平市の建陽というところにかつてあった古窯で、20世紀に大規模な窯跡が発掘され、現在も調査が進められています。一度に10万個以上も焼いたであろうとされる窯跡からは、天目茶碗の破片が多く掘り出されていますが、無論完成品は見つかっていません

曜変天目の故郷・建窯をたずねて/毎日アート出版
足利義満が中国から輸入!

日本では,三代将軍足利義満が,明の永楽帝との勘合符による交易を始めたが,義満は同時代の文物よりも,宋時代の書画や工芸品に憧れと深い関心を寄せ,宮廷趣味と禅宗に影響を受けたコレクションを形成していった。こうした経緯で南宋時代に宮廷でも貴重であった曜変天目をはじめとする宋代の書画も日本にもたらされたのである。曜変天目は日本でのみ伝来しているのである。

茶碗の最高峰「曜変天目」/出川哲朗.大阪市立東洋陶磁美術館 館長.教科書から一歩進んだ身近な製品の化学(P.297)

室町時代、足利義満から義政の時代にもて囃された唐物の宝物を列挙した名品鑑定の 秘伝書とされる『君台観左右帳記』(くんだ いかんそうちょうき)にも曜変として載っており、当時のゲストハウスである会所で 鑑賞されていたもののようである。同書に は、中国福建省の建窯で焼成された茶碗のなかでも「無上也。世上になき物也。」「万 疋(まんびき)の物也。」としている。

 世界に三つの曜変天目/斎藤 淳.LEC 会計大学院紀要 第 9 号.J-Stage(p.158)

誰がどうやって作ったのか……謎。

この様な紋様が現れる理由は、未だに完全には解明されておらず、再現することは不可能とされています。

「国宝の殿堂 藤田美術館展 曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき」招待券【5組10名様】/シニアコム

作者や技法は謎とされ、多くの陶芸作家が再現に心血を注いできました。

世界にたった三碗、国宝・曜変天目の再現に 京都の陶芸作家・土渕善亜貴氏が成功!/株式会社陶あん.プレスリリース.2020

「天目」って?

抹茶茶碗「天目茶碗」

「天目」というと、茶道の抹茶茶碗に「天目(てんもく)茶碗(ちゃわん)」というのがあります。

紅葉の見頃・楽しみ方/高源寺
仏教の聖地!中国の天目山

この「天目茶碗」は開山さま遠谿(えんけい)祖(そ)雄(ゆう)禅師の修業の地、中国の天目山でよく使用されていた(後略)

紅葉の見頃・楽しみ方/高源寺
お茶も有名

天目山は、竜王山・東天目山・西天目山などいくつかの峰から構成される山地で、仏教信仰の中心地のひとつであり、茶の名産地として知られます。

天目形 | てんもくがた/陶磁器お役立ち情報 | 陶器・磁器・陶芸・うつわ・陶芸技法など
日本から修行にきた僧が持って帰った?

  「天目山」は、霧が多く、良質な「雲霧茶」が生産され、寺では、黒釉の茶碗で、お茶を飲む習慣があった。その茶碗を、日本の留学僧は、帰国に際し、仏教関連の経本と一緒に持ち帰って来た。「天目山」には、茶碗を焼く窯はなかったが、日本では、この種の黒釉の茶碗を、「天目茶碗」と呼び、珍重して来た。

【浙江省】 天目山 *  臨済仏教霊地を 旅する/フォートラベル

12世紀以降に中国の建窯を中心に作られた天目茶碗は、鎌倉時代(13世紀の初め)に喫茶の風習が伝えられると共に日本に輸入され各地の禅宗の寺院で儀式などに用いられていました。

日本の天目のこと/銀座 黒田陶苑
「天目」は日本独自の言葉

しかし,この「天目」という言葉は中国では使われていなかった。

茶碗の最高峰「曜変天目」/出川哲朗.大阪市立東洋陶磁美術館 館長.教科書から一歩進んだ身近な製品の化学(P.297)

天目茶碗とは日本での呼び名で、中国浙江省(せっこうしょう)にある天目山の寺院で使われていた黒いうわぐすりのかかった茶碗を日本人のお坊さんが持ち帰ったため、そう呼ばれるようになったといわれています。

天目茶碗(てんもくちゃわん)/ 京都国立博物館
天目作家

天目を制作する陶芸家のことを「天目作家」と呼び、天目作家のほとんどが「曜変天目」を最高位として位置づけ、その再現を目標として日々の研究を重ねながら、それぞれが独自の「天目」の制作を続けています。

日本の天目のこと/銀座 黒田陶苑

曜変って?

曜変は、陶磁器を焼成する際に、窯の内部で生じる釉薬の色などの変化を指す「窯変」に、光り輝き変化するという意味の「曜」の字をあてたもので、「燿変」とも書かれます。

国宝 伝源頼朝像とは?曜変天目とは?/和樂web 日本文化の入り口マガジン.2017

(前略)文献で「星」または「輝く」を意味する「曜」の字が当てられるようになるのは、15世紀前半頃からである。

曜変天目(「稲葉天目」)/静嘉堂文庫美術館

(前略)「曜」は日・月と火・水・木・金・土の五星を指し、世にも稀なる美しさを表現したようだ

世界に三碗、国宝の《曜変天目》が三館で同時期展示/ADC文化通信.2019

瑠璃色の曜変と呼ばれる斑文は、まるで宇宙に浮かぶ星のように美しい輝きを放ち、品のある華やかさの中にも落ち着きがあります。土見せで小振りの削り高台から開いた形や、鼈口という口縁のくびれは天目形の特徴で、この茶碗には腰付近に厚い釉溜まり、口縁に覆輪が見られます。

曜変天目茶碗/藤田美術館.FUJITA MUSEUM

室町時代の文献『君台観左右帳記』において、「曜変」は、唐物茶碗「土之物」(陶製の茶碗)のうち、もっとも貴重で高価な茶碗として、分類格付けされてきた。

曜変天目(「稲葉天目」)/静嘉堂文庫美術館

曜変という現象は、実は日本の桃山期に焼かれた、草創期黒楽、瀬戸黒、志野、織部、伊賀、備前といったやきものにも見られます。曜変現象を見せているこれら国焼きのものは、ほとんどが国宝・重文クラスに指定されているので、私たちが目にする機会はしょっちゅうあるわけではありません。

桶谷 寧[陶芸]/WEB版『かたち』 since1979

中国では不吉とされていた?

ところが中国では、「窯変」を天災の兆しと捉え、不吉なものとして毀されたとされる。本来なら窯から出ると、すぐさま消されるべき茶碗が商人などを通じ、日本に渡来したと推測できる。

世界に三碗、国宝の《曜変天目》が三館で同時期展示/ADC文化通信.2019

本場中国やその他の世界では言うほどの評価は与えられていないのだが、千利休の時代より、日本では珍重されている。

世界で4つ目の曜変天目茶碗が発見される/財経新聞.2016

ついに中国で曜変天目茶碗が出土!

中国陶瓷研究者の間では、この曜変天目が中国で出土しない怪奇と、いつ出土しても不思議ではないことが語られてきた。

杭州出土の曜変天目/水上和則.専修大学学術機関リポジトリ(p.194)

2008年末~2009年前半,杭州市の南宋の皇城重要遺跡の保護範囲内でのマンション建設に伴い,発掘調査が行われ,大量の陶瓷器破片が出土,その中に曜変天目茶碗の残器があったことが2012年2月中国で開催された中国古代の窯業関係の国際学術検討会で報告された。

杭州出土の曜変天目/文献情報.J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター
え?宮廷で使われてた?

・・・・・この曜変天目は、2009年上半期に杭州市上城区で出土したもので、越窯、定窯、建窯、吉州窯、汝窯、鞏義窯、さらに高麗青磁等の多くの破片が同時に出土した。

2009年に中国で出土 した曜変天目について/田口寛のホームページ

出土品の中でも越窯白磁が数量的には群を抜いており、これらの釉上や釉下には「御厨」、「苑」、「後苑」、「殿」、「貴妃」、「尚薬局」等の刻銘が見られるものも少なからずあることから、これらの出土品が南宋宮廷用のものであることがうかがえる。

2009年に中国で出土 した曜変天目について/田口寛のホームページ
しかもその場所は昔……

曜変天目の出土場所は、南宋の都がおかれていたかつての宮廷の迎賓館のような所だった。(2012年5月に中国の杭州南宋官窯博物館館長・鄧禾頴が発表)

曜変天目の茶碗や酒盃/黒田草臣.2019
不吉じゃない?さらに発見された!

さらに17年、再び杭州で曜変天目の破片が出土。発掘場所は不明だが、完器の3分の1程度の大きさを残し、やはり曜変天目の特徴を備える。曜変天目が日本しか存在しないことから、中国では斑文や光彩を不吉として排除したのでは、という説もある。「ですが曜変天目が宮廷文物になるほど高い評価を受けていたのであれば、その説は当を失します。日本の曜変天目も、かつて南宋宮廷にあったものかもしれません」

曜変天目、はじめの一歩。 Q&Aで学ぶ基礎知識。/BRUTUS.2019

Where are the Yohen Tenmoku?

日本で所蔵されている場所は?

それぞれ東京・世田谷の〈静嘉堂文庫美術館〉、大阪の〈藤田美術館〉、京都の〈大徳寺龍光院〉が所蔵している。

謎めいた神秘の輝き《曜変天目》|ニッポンのお宝、お蔵出し/Casa BRUTUS.2018

それぞれの碗で光彩の現れ方が異なっている。

曜変天目「小碗の中の大宇宙」 異例の3館同時期公開/朝日新聞デジタル.2019

静嘉堂文庫美術館

Internet Museum/YouTube
「稲葉天目」

静嘉堂文庫美術館が所蔵する曜変天目は、三代将軍・徳川家光が病の春日局に下賜したことで、後に淀藩主稲葉家へ伝えられた。これが通称「稲葉天目」とされる由来だ。近代に入り、1934年に三菱の四代目社長である岩崎小彌太がこれを購入して、岩崎家の所蔵するところとなったが、小彌太は「品、私に用うべからず」として、使うことは生涯なかったという逸話が残されている。

Weekend Museum Vol.08「国宝、曜変天目」に出会う。誰にも知られたくない、私だけの美術館.静嘉堂文庫美術館/地の刻を知る.三菱地所リアルエステートサービス

(前略)他の曜変天目2点(いずれも国宝)と引き比べても、瑠璃色の光彩は満天の星の如し、その美しさは抜きんでています

静嘉堂文庫美術館所蔵「曜変天目(稲葉天目)」を現代に甦らせる試み/うりぼうのアンテナ.2020

 「お茶を飲む茶碗だけど、まずは“息”をのむ茶碗。そんな美しさです」。静嘉堂文庫美術館が所蔵する曜変天目、通称「稲葉天目」について、同館主任学芸員の長谷川祥子さんはこう表現する。

ネットで騒がれた「曜変天目茶碗」、国宝指定の品々が公開中 「息」のむ瑠璃色の小宇宙/産経ニュース.2017

布も一級品

静嘉堂所蔵の曜変天目(「稲葉天目」)には2つの仕覆が添っています。これは、茶碗でありながら大変珍しいことです。

展示作品の紹介/静嘉堂文庫美術館

曜変天目とともに稲葉家から伝来した「紺地二重蔓牡丹唐草文金地金襴仕覆」と、岩﨑家の所蔵となってのちに(昭和9年以降)新たに誂えられた「白地雲文金襴仕覆」は、曜変天目の格に相応しい名物裂の逸品で、いずれも中国・明時代、今から5~600年ほど前に製作された貴重な絹織物です。

展示作品の紹介/静嘉堂文庫美術館

曜変天目の格に相応する、2つの名物裂の「仕覆」は、経年による剥落が見られる部分もあるが、輝く「金襴」に分類されている。

静嘉堂文庫美術館「名物裂と古渡り更紗」展、「曜変天目」を包む絹織物など“茶道具・煎茶道具”の染織品/FASHION PRESS.2019

藤田美術館

Internet Museum/YouTube
実業家・藤田傳三郎
藤田美術館/YouTube

  藤田美術館は明治の実業家・藤田傳三郎(ふじた・でんざぶろう)氏(1841~1912)とその子孫が収集した貴重な古美術を基に1954年、大阪市に開館した。

サントリー美術館で「藤田美術館の至宝」展 国宝「曜変天目茶碗」を東京で公開/J-CASTトレンド.2015

所蔵は約2000件にも及び、茶道具、墨蹟、能装束、絵巻、仏像、仏教工芸、経典、考古資料など多岐にわたります。

明治の財界人は散逸の危機にある文化財を莫大な私費を投じて守りました。その①/licoluise.ARTことはじめ.2019

藤田美術館の曜変天目茶碗は、徳川家康から水戸徳川家に伝わったもの。1918(大正7)年の売り立てで、藤田平太郎が53,800円で購入しました。

藤田美術館の至宝  国宝 曜変天目茶碗と日本の美/サントリー美術館.東京都.Internet Museum.2014

「(口縁に)覆輪があること、碗の外側にも青い星のような模様がある点も他の2碗と異なる特色です」と藤田清館長。

ネットで騒がれた「曜変天目茶碗」、国宝指定の品々が公開中 「息」のむ瑠璃色の小宇宙/産経ニュース.2017

大徳寺龍光院

Internet Museum/YouTube
滅多に見ることができない!

もう一つの曜変天目を所蔵する大徳寺の塔頭(たっちゅう)である龍光院は、一般の拝観を受け付けていないため、この茶碗が公開される機会は他の2点より少ない。

曜変天目「小碗の中の大宇宙」 異例の3館同時期公開/朝日新聞デジタル.2019

華やかな静嘉堂に対し、斑文が比較的小さい大徳寺のものは幽玄な趣。

ネットで騒がれた「曜変天目茶碗」、国宝指定の品々が公開中 「息」のむ瑠璃色の小宇宙/産経ニュース.2017

龍光院は大名の黒田長政が父、孝高の菩提を弔うため1606年に建立した臨済禅の寺だ。

秘蔵400年「曜変天目」脚光 世界に3碗の国宝を公開(もっと関西)アート/日本経済新聞.2019

実質的開祖の江月宗玩(1574~1643)は堺の豪商・天王寺屋・津田宗及の次男で、宗及は織田信長と豊臣秀吉の茶頭を務めたことでも知られている。

大徳寺の国宝・曜変天目を、滋賀で公開/Lmaga.jp.2019

千利休、今井宗久と並ぶ三宗匠と称された津田宗及の次男で、津田家が蔵した天下の名物の一部が寺に寄進された。

秘蔵400年「曜変天目」脚光 世界に3碗の国宝を公開(もっと関西)アート/日本経済新聞.2019

当時から高松宮好仁親王、小堀遠州、松花堂昭乗など一流の文化人が集う寛永文化の発信地であり、その後400年を経てもなお、開祖の教えをいまに伝えている。

400年間守られてきた寺宝を、初の一挙公開。「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋(はそうあい)」がMIHO MUSEUMで開催/美術手帖.2019

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