【世界のスラム街】世界から忘れられた街「スモーキー・マウンテン」<後編>

【世界のスラム街】世界から忘れられた街「スモーキー・マウンテン」<後編>

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Smokey Mountain

スモーキー・マウンテン消滅?新たなスラムの出現

youngfocusmovies/YouTube

取り壊されずに 残ったかつてのスモーキー・マウンテンのスラム街の一部であるタン・バカン地区と、スラム化した仮設住宅群があるアロマ地区、ハッピー・ランド地区で合わ せて30,000人以上が今もゴミ拾いをして生活しているという。スモーキー・マウンテンはなくなったという政府の宣伝が功を奏して、このスラム街の存在はわたしたちの目から隠され、忘れられてしまったのだ。

【 フィリピン 】忘れられたスラム-フィリピン・スモーキー・マウンテン-/イエズス会社会司牧センター

Happyland

ハッピーランド BRGY105

Krypto Trekker/YouTube

状況が最悪なのは、トンドのハッピーランド BRGY105地区だ。ここの人口は2006年に約3500人だったが、今では1万2000人以上に増加している。

貧困、栄養失調、伝染病…マニラのスラム「ハッピーランド」は悲しみに包まれる場所/HUFFPOST.2017

トンド地区「スモーキー・マウンテン」を追われた住民達

 ハッピー・ランドというのは、スモーキー・マウンテン地区に隣接するスラム街だ。スモーキー・マウンテンが1995年に閉鎖されたとき、政府は隣接する海岸地帯に30棟あまりの巨大な仮設住宅を建ててスラム街の住民を収容した。当初、政府は順次彼らにより住みやすい住宅を提供していくと約束していたが、その約束は結局果たされないままで終わった。今や天井は破れ、壁にひびが入って荒廃しきったその建物群に、数千人の人々が住んでいる。

マニラ日記(28)ハッピー・ランド訪問Ⅰ〜信じがたい現実/片柳神父のブログ「道の途中で」.2010
仮設住宅からあぶれた人たちが周囲に作った街

さらに、仮設住宅に入れない人たちが作った小屋が海沿いにまで延々と続いている。それが、ハッピー・ランドと呼ばれる地域だ。

マニラ日記(28)ハッピー・ランド訪問Ⅰ〜信じがたい現実/片柳神父のブログ「道の途中で」.2010
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トンド地区で最も危険なエリア

ハッピーランド周辺は違法的に建てられたバラック小屋が並ぶエリアでトンド地区の中でも、最も貧しく危険な場所とされている。

東洋一のスラム街トンドの「ハッピーランド」で火災/フィリピンで頑張る日本人.2020

東京ドームおよそ5つ分の面積があるアジア最大級のスラムで、大量のゴミや汚物に囲まれ、下水処理も施されておらず、飢え・売春・暴力という負の連鎖が犯罪の温床になっている場所だ。

アジア最大級のスラム街「ハッピーランド」に見る障害と貧困、そして教育 “障害者を隠す文化”今も根強く/ABEMA TIMES.2020
ゴミと共に生活

次々到着するダンプカーから、マニラ首都圏で収集した生活ごみが投げ落とされていく。

テイクオフ:「パグパグ」。当地にい…/NNA ASIA.2019

 生活の水準は、スモーキー・マウンテンとほぼ同じと言っていいだろう。ハッピー・ランドの人たちも、多くはゴミからの資源の再利用で生計を立てているようだ。入ってすぐに目にしたのは、この国で一番人気のあるファースト・フード店であるジョリビーやその他のファースト・フード店から出たと思われるゴミの山だった。

マニラ日記(28)ハッピー・ランド訪問Ⅰ〜信じがたい現実/片柳神父のブログ「道の途中で」.2010
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全然ハッピーじゃない!街の由来

「ハッピーランド」というと聞こえはいいが、英語の「HAPPY」ではなくタガログ語で「ハピラン」、つまり「ゴミ」という意味を持った言葉をもじった皮肉である。直訳すると「ゴミランド」である。あまりにも酷い名称だが、入り口に入る度にその言葉の本当の意味を理解した。散乱しているゴミがあまりにも多いからだ。

2019年8月12日 フィリピン・マニラ トンド地区編前半 東洋最大のスラム街へ/ネフさん的タイリク旅

このハッピーランドは元々はゴミや死体を捨てる場所だったのでそのイメージを一新したいがためにこの名がついたという。この場所は海に投棄されたゴミの上に出来た街で、2万8600人が暮らす。

ハイパーハードボイルドグルメリポート【MC】小籔千豊/TVでた蔵.2020

スラムのファストフード「パグパグ」

BBC News/YouTube

 そして人々が食べているのが、「パグパグ」だ。捨てられたファーストフード店の残飯の中から鶏肉などを集めて水洗いし、再び油で揚げて味付けしたもの。ご飯とセットで、約50円で売られている。多くの住民が1日1ドル未満で生活しており、こうした食事が命を繋ぐ貴重な存在なのだ。

アジア最大級のスラム街「ハッピーランド」に見る障害と貧困、そして教育 “障害者を隠す文化”今も根強く/ABEMA TIMES.2020
パグパグの由来
South China Morning Post/YouTube

残飯から汚れを払う日常から、タガログ語の「パグパグ(pagpag)=振り落とす」という言葉はすっかり定着した。

釘を集める子、マニラのスラム街/ナショナルジオグラフィック.2012
病気・食中毒の原因

マニラ市トンド地区のスラム街の一部住民は、プラスチックや紙などを仕分ける中、食べられそうな残飯を集め、揚げたり煮たりして食べる。見た目は案外普通なのだが、当然、食中毒や病気の原因になっている。

テイクオフ:「パグパグ」。当地にい…/NNA ASIA.2019

Erap City from Kasiglahan Village

リサール州カシグラハン「エラップ・シティ」

GMA Public Affairs/YouTube

メトロマニラ首都圏郊外のリサール州に位置するカシグラハン。

カシグラハン地域について/認定NPO法人ソルト・パヤタス

被災した人達の移転先

 (前略)「カシグラハン・ビレッジ(エラップ・シティ)」と呼ばれる湿地帯に作られた再定住地で、パヤタスで被災した人々の移転先となっています。

11期の活動のまとめ/12期の展望/CFFC

(前略)リサール州カシグラハン地区には、巨大なゴミ投棄場でごみ拾いをし、それを廃品回収業者に販売することによって生計を立てている「スカベンジャー」と呼ばれる人々が多く生活している。この地域で生活する子どもたちの多くは、親の失業、病気、両親の不和、家庭崩壊、薬物汚染など、貧困によって引き起こされる様々な問題に直面している。

助成事業一覧/公益信託 今井記念海外協力基金
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ゴミ山が崩壊、パヤタス地区「スモーキー・バレー」を追われた

ゴミ山が崩壊した後,家が無くなった人には,政府がパヤタスから約10キロ離れたところにあるモンタルバン町カシグラハンに住まいを用意し,411家族が移住した。

フィリピンにおけるミレニアム開発目標と国際協力/佐野 孝治.福島大学経済経営学類(p.109)

2000年におきたパヤタスダンプサイトの崩落事故以降にダンプサイト内に生活していた人々に再居住区指定された地域です。

ハロハロのスタディツアー <<マニラ事業地>>/NPOハロハロ
元は都市整備などで立ち退きを余儀なくされた住民達の街

マニラなど都市部から立ち退きさせられた家族も住み込んでおり、ここ2年で爆発的に人口が増えています。

フィリピンの貧困地域における鑑賞教育の可能性/日本文教出版.2016

(前略)マニラ首都圏を横断するパシッグ川を整備するために、川沿いに居住家を失った人々は、パヤタスから車で1時間ほどのカシグラハン地区に移住させられ、ごみ山の閉鎖により多くの人が職を失った。

フィリピン・メトロマニラ郊外の再定住地における地域社会開発の課題-状況的課題とリーダーシップの考察を通して-(pp.146-147)/小田川 華子.立命館大学人文科学研究所紀要(83号)

もともとはパッシグ市の強制立ち退きで追い出された都市貧民のための移住地に指定されていたところですが、パヤタスの災害が起こったために急遽パヤタスの被災者に割り当てられることになり、多くの避難民が仮設の住宅に生活しています。この仕事のない不便な土地で新しい「生きるためのたたかい」がはじまっています。

11期の活動のまとめ/12期の展望/CFFC
仕事がなく元の生活へ逆戻り

家の作り、町並みは整然としている分、見た目には貧困は感じられませんが、都市部から離れているため収入の手段が少なく、人々の暮らしは厳しい。

イベント・ボランティア募集情報/あすみん.2017

建物はきれいで,電気などのライフラインも整っていたが,収入源がなく生活が厳しいため,再びパヤタスに戻ってくる人もいる。

フィリピンにおけるミレニアム開発目標と国際協力/佐野 孝治.福島大学経済経営学類(p.109)

移転先なのに危険!自然災害に脆い場所だった

INQUIRER.net/YouTube

カシグラハンは保水能力を失った山々に隣接しているということ、また地域内の下水道が十分に整備されていないことが理由で洪水被害に非常に合いやすい地域です。

カシグラハン地域について/認定NPO法人ソルト・パヤタス

2009年に発生したオンドイの時は水が足りずに、汚水が流れ込んだ川で家財道具の汚れを落としたり、食器を洗ったり、お風呂代わりに体を洗ったりした人が多くいました。その結果下痢になったり感染症にかかったりしてしまった人もいました。

カシグラハン地域の様子/認定NPO法人ソルト・パヤタス

(前略)カシグラハンの子たちは、毎年のように雨期で近くの川が氾濫し避難するという体験をしています。

パヤタス・カシグラハンから台風被災者への寄付/おがわえみこ.トラウマインフォームドケアを日常に
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GMA News/YouTube

Ulingan

炭焼き村「ウリガン」

GMA Public Affairs/YouTube

フィリピンの首都マニラにあるウリンガン(Ulingan)地区。人々は日々の糧を得るため、近くの廃棄物処分場や建設現場で拾ってきた木材から木炭製造に励む。

木炭の可能性、マニラのスラム街/ナショナルジオグラフィック.2012

由来は文字通りの“炭”

 この広場から海岸線まで広がる住宅地帯は、炭を意味するタガログ語「ウリン」にちなんでウリガンと呼ばれている。

忘れられたスラム街〜スモーキー・マウンテンからの報告4/片柳神父のブログ「道の途中で」
炭で真っ黒の子どもたち

この地域に入ってまず驚くのは、鼻を突くような煙の臭いと、炭で真っ黒に汚れた子どもたちの姿だろう。煙の臭いがきついのは、燃やしている材木のほとんどが家の廃材なので、塗料やゴムなどが一緒に燃えるからだ。子どもたちが真っ黒なのは、ほとんどの子どもが炭焼きの手伝いをしているからだろう。

忘れられたスラム街〜スモーキー・マウンテンからの報告4/片柳神父のブログ「道の途中で」

生きるために必要!それが“炭”

(前略)フィリピンには様々な事情で未だ、電気やガスを利用できない人たちがたくさんいます。そこで使われるのが「炭」。炭はフィリピンの人たちにとって生活に欠かせないものになっています

未来の主役 地球の子どもたち/テレQ – 株式会社TVQ九州放送

 穴を掘って木材を積み重ね、湿った土で覆う。都市のスラム地区住民が、手っ取り早く炭を焼く時によく用いられるやり方だ。数日かけてゆっくり燃やすと熱分解が進み、木炭が出来上がる。よく乾燥した木材を利用する方が効率的だが、多くの炭焼きは生木や廃棄物処分場で拾った材料も使う。 木炭はキャッサバなどのデンプンを結合剤として混ぜ、ドーナツ状や棒状に成形する。この固形木炭をストーブやたき火で使用する。

不可欠な木炭、マニラのスラム街/ナショナルジオフラフィック.2012
命を削りながら働く
ぎんじ伊藤/YouTube

ここが普通の村と異なるのは、炭の材料が“街で集めた廃材”であること。塗料がついた木材を燃やして炭を作るため、村は有毒な煙に包まれている。“住めば寿命が縮まる”と言われるのはそのためだ。

ヤバい世界のヤバい奴らのヤバい飯!待望の新作が深夜枠に帰って来た!/ハイパーハードボイルドグルメリポート/テレビ東京.2020
生きるために…。子供は学校に通うことができない

村では、燃やす際に生じる有害物質により、その他の地域で暮らす人よりも早く命を落とすと言われている。

<ハイパーハードボイルドグルメリポート>フィリピンのスラム街の子供たちが笑顔で話す「幸せ」の意味/WEBザテレビジョン.2020

 マニラでは、エネルギー不足が原因の貧困の連鎖が大きな問題となっている。多くの子どもたちが家計を助けるための木炭作りに駆り出され、学校に通えない。

大都会の炭焼き、マニラのスラム街/ナショナルジオグラフィック.2012

Tond Tribe

スモーキー・マウンテンのHIPHOP

Jim Libiran/YouTube

 1970年代にニューヨークのスラム街に住む黒人たちが生み出したヒップホップは、打ち込みのビートに言葉を載せる「敷居」の低い音楽だ。社会への不満を歌う反骨心を持ったアーティストが多く、近年ではフィリピンでも、特にトンドなど貧困地域の若者の表現手段として盛り上がりを見せている。

比日新時代の芽生え: 1.ヒップホップを通じて山梨とマニラをつなぐ/まにら新聞ウェブ

Tondo Tribe

東南アジア最大のスラムと呼ばれるフィリピンはマニラのトンド地区を拠点に活動するヒップホップグループTondo Tribe。リーダーであるO.G.Sacredとその相棒Rainoaは、フィリピンのインディペンデント映画『Tribu』(’07)と『Happyland』(’10)にも出演。また、2010年と2011年にマニラで開催された国際的なヒップホップ・プロジェクト『Rap in Tondo』、『Rap in Tondo 2』にもフィリピン代表として参加している。

BANGKOK NITES MUSIC – 音楽/BANGKOK NITES

四ノ宮浩監督

ドキュメンタリー映画

basurahouse/YouTube

四ノ宮浩監督 作品

1958年、宮城県仙台市生まれ。大学在学中に寺山修司率いる「天井桟敷」に入団し、大学を中退。その後、さまざまな職業を経て1986年に監督デビューを果たす。

神の子たち/BASURA バスーラ

1989年にフィリピンのスモーキーマウンテンを訪れた際、ゴミ拾い生活をしながらも純粋に輝き自立する子供たちに出会い感銘を受け、取材開始。

神の子たち/BASURA バスーラ
映画「忘れられた子供たち―スカベンジャー」
アジアンドキュメンタリーズ/YouTube

(前略)1989年。四ノ宮さんが目の当たりにしたのは、老若男女にまじって働く多くの子どもたちの姿でした。過酷な条件下で、撮影は何度となく頓挫しかけますが、四ノ宮さんは6年をかけて撮影を続行。執念で作品を完成させます。フィルムに描かれているのは、鮮烈な印象を残す家族の絆と子供たちの笑顔でした。

忘れられた子供たち スカベンジャー/アジアンドキュメンタリーズ
映画「神の子たち」
アジアンドキュメンタリーズ/YouTube

1995年11月、フィリピン政府が“スモーキーマウンテン”と呼ばれる巨大ゴミ捨て場を強制閉鎖したことにより、ゴミ拾いを生活の糧としていた人たちは隣接するケソン市パヤタス・ゴミ捨て場に移住しました。まさに、第二の“スモーキーマウンテン”です。ところが、そこで大事故が発生します。2000年7月、1週間続いた台風の雨により、巨大なゴミ山が崩落。千人に及ぶ住民が犠牲になるという大惨事が起きてしまったのです。ドキュメンタリーの取材班は、その惨状を記録し続けます。

神の子たち/アジアンドキュメンタリーズ

『神の子たち』は、マニラ市郊外の巨大なごみ捨て場”スモーキーマウンテン”で暮らす家族の姿を描いたドキュメンタリー映画です。2002年シネマアンビエンテ国際環境映画祭でグランプリを受賞したほか、2002年ベルリン国際映画祭の正式上映作品となるなど、高い評価を受けています。

スモーキーマウンテン//特定非営利活動法人アジア・コミュニティ・センター21
映画「BASURA」
アジアンドキュメンタリーズ/YouTube

本作は、監督・四ノ宮浩が1995年に発表したドキュメンタリーの出演者を再訪し、その後を追った。

かつてフィリピンのゴミ山で暮らしていた人々は今どうしているのか。彼らのその後を追ったドキュメンタリー/映画の時間

『忘れられた子供たち スカベンジャー』に登場した人々を訪ね、四ノ宮浩はフィリピンにやってきた。マニラの路上生活者たちの貧困は、四ノ宮が初めて訪れた20年前と少しも変わっていなかった。

かつてフィリピンのゴミ山で暮らしていた人々は今どうしているのか。彼らのその後を追ったドキュメンタリー/映画の時間

パヤタス地区の居住区域に至る道では、1日500台以上と言われるトラックが行きかいます。道沿いには道具屋、中間業者、運搬トラック関連工場などが延々と並んでいます。構造化された「産業」が相手ですから支援は単純ではありません。学費や学用品などを提供すれば終わる話ではなく、子ども自身のライフスキルの向上やパヤタス地区の家族、コミュニティそのものに働きかける必要があるのです。

フィリピンの貧困地域における鑑賞教育の可能性/日本文教出版.2016
NPO法人「バズーラの家」
ぎんじ伊藤/YouTube

『バスーラの家』では、フィリピン人ボランティア医師やマニラ市保健省の協力のもと、はしかやポリオなどの予防接種の場所として、またゴミ捨て場の子どもたちの栄養改善のための給食プログラムも随時実施されている。その他にも、教育や職業訓練、雇用の創出の拠点として、多くの活動を地元ボランティアと一緒に実施している。

マニラにて/日本リザルツ公式ブログ.2012
四ノ宮浩監督の呼びかけで実現

2009年6月より日本で公開された映画『BASURA バスーラ』の舞台、フィリピンの首都マニラ北にあるスモーキーマウンテン近くのアロマゴミ捨て場に、監督四ノ宮浩の呼びかけに応じた日本の若者が大挙して訪れ、ゴミ捨て場の住民の協力の元、敷地内でさまざまなボランティア活動の拠点としての「バスーラの家」(BASURA HOUSE)を造り、ついに2010年春、完成し、NPO法人化し、より大きな活動を行っていく事になりました。

新バスーラの家
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 「忘れられた子供たち スカベンジャー」「神の子たち」でフィリピンのマニラ近郊にある巨大ゴミ捨て場“スモーキーマウンテン”に暮らす人々をカメラに収めた四ノ宮浩監督が、三たび同地を訪れ、一作目「忘れられた子供たち スカベンジャー」に登場した人々のその後を追ったドキュメンタリー。(「allcinema」データベースより)