【世界のスラム街】世界から忘れられた街「スモーキー・マウンテン」<中編>

Smokey Valley

【世界のスラム街】世界から忘れられた街「スモーキー・マウンテン」<中編>

Smokey Valley

スモーキー・バレー

Jen’s Dump Account/YouTube

ケソン市パヤタス地区

Krypto Trekker/YouTube

2002年2月、メトロマニラにあるケソン市(Quezon City)は2010年には人口200万人以上。

パヤタス廃棄物リサイクルとスカベンジャー/鳥飼行博研究室(TorikaiLab)

マニラ首都圏ケソン市郊外にあるパヤタス地区には、ケソン市のごみが捨てられる巨大なごみ処分場がある。フィリピンの大気汚染防止法により焼却できないごみは、分別されないまま処分場に野積みされ、巨大なごみの山ができている。

2006年 事業報告書(p.4)/特定非営利活動法人アイキャン(ICAN)

第2の「スモーキー・マウンテン」

「第2のスモーキーマウンテン」と呼ばれる場所で、ごみの中からお金になる物を売り、わずかな収入を得て暮らす人たちがいるという。

ごみの山での収入、糧に フィリピン・マニラ/日本経済新聞.2017

 あたりはゴミ収集車と有用ゴミの回収車が走り回り、ごみ山からの悪臭のほかに、粉塵や排気ガスも混じってそうとう劣悪な環境になっている。

ゴミ山は宝の山!?フィリピン・パヤタスの巨大ゴミ投棄場/ダイヤモンド・オンライン.2013

ごみ山から出る有害な化学物質は,呼吸器系の病気 を引き起こすこともあり,不衛生な環境により皮膚病や寄生虫による病気が多く発生している。

フィリピン・スタディツアー報告(p.96)/湊 智哉.上村ゼミナール

その名も「スモーキー・バレー」

ケソン市パヤタスゴミ捨て場は、マニラ首都圏から約20km離れた郊外に位置する。同じマニラ市トンド地区にあった国内最大のゴミ捨て場で、「世界の三大スラム」に数えられた「スモーキー・マウンテン(煙の山)」にちなんで、パヤタスゴミ捨て場は「スモーキー・バレー(煙の谷)」と呼ばれている。

スモーキーマウンテン/ドキュメンタリー映画「神の子たち」
立ち入りに許可証

スモーキーバレーは環境警察によって周辺地域から隔離されており、ケソン市当局の許可証がないと近づくことができない。

フィリピンにおける首都圏の地理的再編と出稼ぎ労働─シンガポールとの関連において─(p.16)/生田 真人.立命館大学人文科学研究所紀要(95号)

あっという間に谷(バレー)が山(マウンテン)に変貌

ここはもともとが谷であったため、スモーキーマウンテンに対してスモーキーバレーという通称で呼ばれたが、谷がゴミで平地になるまでにそれ程の時間は要しなかった。現在このゴミ捨て場を指すにあたり、スモーキーバレーという呼称よりもパヤタスという地区の名前を使うことが多い。

フィリピンでの自立支援活動(塾生レポート)/松下政経塾

宝の山!?人口 約9万人が住む街

「スモ―キーバレー」の周囲には、約18000戸/92000人ものスカベンジャ―(ゴミを拾って生活する者)が暮らしている。彼らの大半は粗末な家屋に許可無く住む不法占拠者で、ほとんどが農村で職を失って流入した貧しい移民である。

スモーキーマウンテン/ドキュメンタリー映画「神の子たち」

(前略)市はここから発生するメタンガスを利用して発電をしているそうで、地域住民の電気料金は無料だそうだ。また、このゴミ山のおかげで相当数の雇用が発生し、まさに宝の山であり、バランガイとしても多いにメリットがあるそうだ。

ゴミ山は宝の山!?フィリピン・パヤタスの巨大ゴミ投棄場/ダイヤモンド・オンライン.2013
ジャンク・ショップ

 マニラじゅうのゴミが集まるわけだから、そこには金属、プラスティックなどかなり大量の有用なゴミが混じっている。それを選別し(拾い集め)てリサイクル業者に販売するわけで、だからゴミ山(彼らは「Dumping Site」と呼んでいた)の周辺はジャンク・ショップだらけだ。

ゴミ山は宝の山!?フィリピン・パヤタスの巨大ゴミ投棄場/ダイヤモンド・オンライン.2013

(前略)住人の半数は紙・プラスチック・空缶・アルミニウム・ビニール等、ゴミの中から利用可能なものを拾い、廃品回収業者に売って生計を立てている。それでも1日の日収は平均200 ペソ(約600円)にしかならないと言う。

スモーキーマウンテン/ドキュメンタリー映画「神の子たち」
仕事はゴミの関係

パヤタス地区の居住区域に至る道では、1日500台以上と言われるトラックが行きかいます。道沿いには道具屋、中間業者、運搬トラック関連工場などが延々と並んでいます。

フィリピンの貧困地域における鑑賞教育の可能性/日本文教出版.2016

パヤタスの 男性の仕事は,ガレージコレクター,運転手,スカベンジャー(ゴミを集める人)であ る。パヤタスの家庭状況としては,7 割の世帯にトイレがあり,5 割以下の世帯が水道を 持たない。

2017 年度フィリピン研修報告書(p.41)/大阪教育大学

ゴミ山の学校「パアララン・パンタオ」

heiwanian/YouTube

パアララン・パンタオ(paaralang pantao)とは、マニラ最大のゴミ集積場、パヤタス地区に創られたフリースクールです。

パアラランパンタオ/Be Youself !! – livedoor

「パアララン・パンタオ」とは、『人情味のある学校』という意味のタガログ語だ。経済的に貧しく、公立の学校に通えない子どもたちのために、地域住民が力を合わせてつくった小さな学校だ。

ゴミ山の学校で体験したこと(フィリピン)/PRAÇA

ルソン島生まれのレティシア・B・レイエスさんが、1982年にこの地区に越して来たときはまだこのゴミの山はなく、緑に囲まれた美しい土地だったという。しかし半年後、パヤタスごみ処分場として谷にゴミが捨てられはじめ、すぐに山となってしまった。

助成事業子どもの健全育成支援事業への助成/全日本社会貢献団体機構

ある日、レイエスさんは近隣の人たちから頼まれ、子どもたちに勉強を教えた。最初は5人だったが、1か月後には40人を超えた。それがきっかけとなり、1989年にフリースクール「パアララン・パンタオ(思いやりの学校)」を創立することになったのである。行政の支援はなく、レイエス校長と地域の人々が協力し、自力で建てた学校である。授業料はもちろん無料だ。

助成事業子どもの健全育成支援事業への助成/全日本社会貢献団体機構

 「パアララン・パンタオ」は、現在パヤタスのゴミ山の麓と、再定住地モンタルバンに1校ずつ、計2校ある。パヤタス校は、ゴミ山の拡張のために2006年末、新しい校舎に引っ越し、以前の校舎はゴミ山に飲み込まれた。新校舎に、現在193名の子どもたちが登録、幼児から小学校低学年年齢対象の午前中の授業と、年長の子ども対象の午後の授業に分かれ、2人の先生の指導を受けている。モンタルバン校には136名が登録し、やはり午前と午後に分かれて、4人の先生の指導を受ける。学校では、公立小学校レベルの勉強を教えるほか、歯磨きなどの基本的生活習慣や、図画工作、音楽、踊り、遠足など、様々な活動を通して、子どもたちに幅広い夢を抱ける機会を与えている。また、シンガポールの仲間の支援で給食サービスを、日本やスイスの人たちの支援で大学生6名、高校生1名、小学生1名に奨学金を提供。運営資金の大半は、「パヤタス・オープンメンバー」(岩崎一三さん主催)の支援でまかなっている。

2008年1月発行のニュースレターより/ストリートチルドレンを考える会

History of Smokey Valley

スモーキー・バレーの歴史

FEATR/YouTube

「旧スモーキー・マウンテン」から移住

以前は美しい谷であった。廃棄物が捨てられるようになった のは 1973 年頃で,当時は住人も少なかった。1980 年代後半,政府によってケソン市各地で立ち退きにあっていた人々の再定住地として指定され,人口が増加していった。

フィリピン・スタディツアー報告(p.96)/湊 智哉.上村ゼミナール

1995年11月、フィリピン政府が“スモーキーマウンテン”と呼ばれる巨大ゴミ捨て場を強制閉鎖したことにより、ゴミ拾いを生活の糧としていた人たちは隣接するケソン市パヤタス・ゴミ捨て場に移住しました。

神の子たち/アジアンドキュメンタリーズ

深刻が事故が発生「ゴミ山が崩壊」

GMA News/YouTube

そして2000年7月、降り続く雨の影響でうず高く積まれたゴミが高さ30m、幅100mに渡って崩落し、犠牲者は確認されただけでも234名、実際には1000名近くが亡くなったのではないかと言われる未曾有の大惨事となりました。

環境リレーコラム バックナンバー18 (2010年3月号)

また,一週間前から台風の影響もあり,多くの子どもたちが自宅待機をしてい たため,彼らの多くが犠牲となった。犠牲者は誰一人として救うことが出来な かった。

フィリピン・スタディツアー報告(p.96)/湊 智哉.上村ゼミナール

(前略)その5日後、政府により、ゴミの搬入が中止された。ゴミ捨て場に住む人々はゴミ搬入が再開されるまでの4ヶ月間の間、生活の糧を失うこととなった。

「神の子たち」上映会のご報告/コムスタカ―外国人と共に生きる会

閉鎖決定

政府は、 ゴミ山崩落事故をうけ、2000 年 7 月 17 日をもってパヤタスのゴミ捨て場を閉鎖すると決定しました。しかし、その1か月後あたりから不法投棄が見られるようになりました。

パヤタス地区について/認定NPO法人ソルト・パヤタス

新たなゴミの山が出現!!

UNTV News and Rescue/YouTube

2000年 11月、ケソン市は市内から出るゴミの投棄を、崩壊したゴミ山のすぐ横のゴミ山で行うことを決定しました。これが現在もゴミ投棄が続いているパヤタスの第二のゴミ山です。被災後もパヤタスに残ったスカベンジャーはもちろん、再定住地に移住したスカベンジャーもこのパヤタスの新しいゴミ山に通ってスカベンジングを続けました。それ以外に、生活の糧が無かったからです。

パヤタス地区について/認定NPO法人ソルト・パヤタス

しかし、崩落事故をきっかけに、15 歳以下の子どもはダンプサイトへの入場は禁止された。ダンプサイトへの入場にはIDが必要で、 POG(Payatas Operation Group)という市の運営機関により50ペソ(1 ペソ=2 円)で発行される。このIDの発行において、パヤタス居住者であることが条件とされ、IDがあれば、24 時間制限なしで入ることができる。

フィリピンのストリートチルドレン(pp.14-15)/桜美林大学

15歳未満の子どもたちは単独でゴミ拾いを行なうことを禁じる規則ができ、一見子どもたちが守られているように見えるが、実際は当局の目の届かない場所やごみ山以外の場所で働く子どもたちが存在している。

フォトライブラリー/児童労働ネットワーク(CL-Net)

元のゴミの山と融合し巨大化

2009年より第 1 のゴミ山への投棄も再開され、ゴミ山の高層化が進み、現在では第1のゴミ山と第2のゴミ山が一体化し、巨大なゴミ山が形成されている。崩落事故以降ダンプサイト周辺に住む人々は、強い雨の降る日など、また事故が起こるのではないかと常に、事故再発の恐怖にさらされている。

フィリピンのストリートチルドレン(p.15)/桜美林大学

半ば強制的に!?立ち退き問題

pinoymediacenter/YouTube

ゴミ山はその敷地に限界があり、ごみ投棄をいつまでも続けることはできないので、その使用期限があります。パヤタスのゴミ山の使用期限は2007年でしたが、2007年以降、幾度も閉鎖の話が持ち上がっているものの、2010年現在も閉鎖されていません。パヤタスの代替地がないことがその一番の要因であると考えられます。

パヤタス地区について/認定NPO法人ソルト・パヤタス

2013年現在、パヤタスの処分場は、「閉鎖」ではなくむしろ「拡張」の動きを見せています。そのためにルパンパガコ地区の住民は立ち退きにあっています。

パヤタス地区について/認定NPO法人ソルト・パヤタス

そんなパヤタスのごみ山が今年中に封鎖されることが決まり、町の人々は喜ぶかと思いきや、大きな反対運動が起こっています。どんな危険があろうと、このごみ山の収入源が無くては暮らしてはいけない。新たにできるごみ山のある町へも、バスの運賃が払えないので行けない。ごみ山がないと生きてはいけない。そんな現実がありました。

ティナのこと (3) 愛にあふれた家/友情のレポーター(2017)/国境なき子どもたち
立ち退きに反対する人に対しては「威嚇」「脅し」……さらに

しかし、政府と企業の意を受けた一部の住民が、反対運動に対して銃で威嚇するなどの妨害行為に出るようになり、2012年7月22日、住民組織のリーダーで、「アクセス」の同地での保健衛生や女性プログラムのボランティア・スタッフとして活動していたマリルー・ヴァリエさん(43)を息子(16)の目前で銃殺しました。容疑者に対する逮捕状が出ていますが、8月13日時点でまだ逮捕されておらず、容疑者と思われる人物から脅しの携帯メッセージが関係者のもとに届いているそうです。

強制立ち退きに瀕するマニラの「スモーキーマウンテン」の住民6,500人/ヒューライツ大阪
洪水が発生

以前までは、多少の雨ではなんの被害も出なかった場所が、工事によって洪水が起こるようになったり、コミュニティーにたちこめるゴミの匂いが、各段にひどくなったりしています。

[報告] パヤタスの立ち退きについて/認定NPO法人ソルト・パヤタス

それまでは溝だったものが、小さな土管を埋めたてる工事がはじまったことで、水の通りが悪くなり、台風でなく普通の雨でも付近のコミュニティーは真っ黒な水の洪水が出るようになりました。

[報告] パヤタスの立ち退きについて/認定NPO法人ソルト・パヤタス

閉鎖後……犯罪率が上昇

 その後,フィリピンの環境省が,衛生上と環境のためごみ処分場を閉鎖させた。しかし,多くの人々がごみ山で生活費を稼いでいたため,それを失った人々は別のごみ山へ稼ぎに出て,新しい職を求めて町を出ていく人もいた。どれも安定した稼ぎが得られないため,ごみ山が閉鎖後,パヤタス周辺では犯罪率が上がってしまった。また,ごみ山が崩落後世界中から批判を浴びたフィリピン政府は,ごみ山にフナの木を植えてメタンガスが発生するのを防ぐようにしたり,バイオガス発電所を建設し,その周辺の電力を無料で提供したりした。

フィリピン・スタディツアー報告(pp.96-97)/湊 智哉.上村ゼミナール

2つの「スモーキー・マウンテン」

スモーキーマウンテンⅠは、現在は閉鎖されていてゴミはもう運び込まれていませんが、そのゴミの山の上にいまだに100家庭近い人々が暮らしておられ、また、海沿いの埋め立て地に新しくできたスモーキーマウンテンⅡに近い沿道には、劣悪な環境の中でまだまだ多くの人々が暮らしておられます。スモーキーマウンテンⅠは、バスから見るだけでしたが、その道すがら、橋の下に住む人々や道路の中央分離帯にテントだけで暮らす人々もおられ、また、住宅といっても窓ガラスもなくところどころ屋根もない環境のなかで暮らす人々がおられました。

SGH フィリピン貧困防災研修を実施/立命館大学.2019

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