【世界のスラム街】一度入れば二度と出ることができない……かつて実在した東洋の暗黒迷宮「九龍城」<前編>

【世界のスラム街】一度入れば二度と出ることができない……かつて実在した東洋の暗黒迷宮「九龍城」<前編>

Kowloon Walled City

九龍城(九龍寨城)

Wall Street Journal/YouTube

東洋の魔窟「九龍城砦」

日本では「九龍城」と知られるが、九龍城(Kowloon City)は地域の名前で、この超高密度のスラム街は「九龍城砦」という。一部の日本人には人気だが、歴史的経緯から「三不管」(中国、英国、香港の3政府のどれも管理しない)の無法地帯かつ犯罪の温床で、香港人に恐れられて嫌われていた。

香港ガリ勉眼鏡っ娘ゲーマー第13回!電子通信で3000キロを隔てた日本の同志たちと一心同体/IGN Japan.2017
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一度入れば二度と出られない……

「東洋の魔窟」「一度入れば二度と出られない迷宮」などと語られていた九龍城砦。

「東洋の魔窟」と呼ばれた九龍城砦はすべて解体され公園に生まれ変わった/CREA.2016

この都市にいったん足を踏み入れれば、日の光は見えない。狭い路地がたくさんあり、そのほとんどは3メートルにも届かない狭さだ。なかには建物の下を通る道もある。窓から投げ捨てられたゴミが、ビルの間に張られたワイヤーネットに引っ掛かり堆積した結果、その下がトンネルとなったものもある。

香港の巨大スラム「九龍城砦」の亡霊は、なぜ今も人の心をとらえ続けるのか/COURRIER JAPON.2020
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無免許・無資格は当たり前!無法地帯での生活

South China Morning Post/YouTube

九龍寨城の魅力は、家賃の安さ、そして、他のところと違って、無法地帯なので、無資格でもどんな仕事もできることでした。例えば、歯医者、製麺業、金属加工業など、これらの仕事をするには資格や証明書が必要で、毎年証明書の更新のための費用もかかります。でも九龍寨城では、これらを持たずに仕事をして、お金をがんがん稼いでいる人たちがたくさんいました

九龍城特集2・かつての住人にインタビュー/PPW香港.2015

工場に飲食店や学校まで!九龍城の生活

建物間の間隔は非常に狭く、窓を開けることも不可能で、敷地内は混沌とした窮屈な空間だったが、賃貸料が定額だったことから、域内にはおもちゃやプラスチック製品、食品を主力とする多くの零細工場が軒を連ね、工場の運営者は収入を得る一方、多くの廃棄物と火災の危険、汚染を街にもたらした。

【香港】今は亡き伝説の無法地帯『九龍寨城』/スタッフコラム | 不動産NAVI

内部には学校や病院、飲食店や雑貨屋など、生活に必要なものが全て揃っていたと言われており、ここから出ることなく生涯を終えた人もいたそうです。

かつてのスラム街跡地に建てられた美しい『九龍寨城公園』/Wondertrip
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学校の場所は夜になると……

九龍城砦には、ありとあらゆる仕事が存在していた。学校や美容院は、夜になるとストリップ劇場や賭博場へと切り替わった。アヘンを中心とした薬物の違法取引も頻繁に行われていた。

今はなき香港のスラム街「九龍城砦」に魅入られた写真家が切り取った世界/Chris Weller.Business Insider Japan.2017

違法建築に違法増築

この場所は歴史的な経緯からイギリス・中国両政府の支配がおよばない地域となったため、建物の建築を規制する法律が一切適用されません。

世界有数のスラム街「九龍城」で繰り広げられる人々の生活を収めた「City of Darkness: Revisited」/GIGAZINE.2017

建築法の適用できない無法地帯であったため、住人は好き勝手にこの建物を改築、増築、建て増しすることができました。

九龍城〜長崎/生物学者はこんなことを考えている

形も高さも、建築資材も統一されていない。鋳鉄製バルコニーが、レンガの増築部分やコンクリートの壁に向かって傾く。配線やケーブルが建物の表面をびっしり覆う。それは屋上にあるテレビアンテナの林へと垂直に走るか、まるで建物の塊をまるっとくるむ無数の黒い紐のごとく水平にのびる。

香港の巨大スラム「九龍城砦」の亡霊は、なぜ今も人の心をとらえ続けるのか/COURRIER JAPON.2020

電気や上下水道なども整備されていなかったため住民たちはあちらこちらから水道や電気を引いてきていて、それらのパイプ類は隠されることもなく建物内の廊下の天井を伝っています。

九龍城〜長崎/生物学者はこんなことを考えている
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安らぎの場所……学校や病院は「中庭」

エリアの真ん中には、ビルに囲まれた中庭も存在していました。

かつて香港に存在した世界有数の巨大スラム街「九龍城」での生活を描いた「Life Inside The Kowloon Walled City」/GIGAZINE.2015

ビル同士が密集している場所なので、昼間でも薄暗くまさにスラム街の印象がありますが、学校や病院は中庭があり日があたる設計になっています。スラム街とは言われているが、住民が子供とお年寄りを大切にしている証拠です。

九龍城砦はかつてのスラム街!現在は観光地に!治安は大丈夫?/Travel note
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遊び場は「ゴミだらけの屋上」

無政府状態だったために、九龍城砦ではゴミの収集が行われませんでした。古くなったテレビや古い家具、捨てられたマットレスなどのかさばるゴミはビルの屋上に放置されていました。その一方で数少ない「太陽の当たる場所」である屋上は、運動や子どもたちの遊び場、リラックスの場に使われたり、伝書鳩レースなども行われていました。

かつて香港に存在した世界有数の巨大スラム街「九龍城」での生活を描いた「Life Inside The Kowloon Walled City」/GIGAZINE.2015
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たった一つの暗黙のルール

唯一のルールは、14階建て以上の高さにしてはならないということでした。近くの空港から離発着する飛行機トラブルを防ぐためのルールだったのです。

香港の街から消えたスラム街 九龍(クーロン)城の現在は?/Travel Book
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最盛期の人口5万人超!

九龍城砦では、0.026km²の面積に約5万人の人(3万3千の家族)が密集生活をしていた(後略)

地球上で最も人口密度が高かった場所「九龍城砦」の生活状況がわかる内部写真/スパイシービュー | 未知の世界をみるメディア.2017

その人口密度は、現在のニューヨーク中心部の119倍にもおよんでいたとのこと。

世界有数のスラム街「九龍城」で繰り広げられる人々の生活を収めた「City of Darkness: Revisited」/GIGAZINE.2017あ

マフィア「三合会が統治」

実権を握っていたのは、香港を拠点に活動する複数の犯罪者組織、三合会でアヘン窟やヘロインを売る屋台、売春宿、犬肉を扱う飲食店等が50~60年代にかけてエリア内に増加した。これらの違法行為に対し、三合会の危険性を認識し、政治に無頓着であった警察は目をつぶり、中には賄賂を受け取る警察関係者もいた。

【香港】今は亡き伝説の無法地帯『九龍寨城』/スタッフコラム | 不動産NAVI
犯罪多発地帯

もともと一つの建物に増築に次ぐ増築を重ね、その外観は正に巨大な蜂の巣のような有様を呈していた違法建築物で、中は迷路の様になっており犯罪者などが逃げ込むのに格好のエリアであった。

九龍城/ユートラベルノート

無法地帯の九龍城砦では、夜になると、犯罪が横行していました。警察が介入するのは、深刻な犯罪が起きたときのみ。香港政府は見て見ぬふりをしているのではないかという噂が飛び交っていました。

香港の街から消えたスラム街 九龍(クーロン)城の現在は?/Travel Book

むき出しの下水溝や廃棄物の山で有名なスラム街は、児童売春や麻薬密売など犯罪の温床になっていた。

麺打ち職人、香港/ナショナルジオグラフィック日本版サイト

住民にとって治安の心配はなかった?

ただ、そのような中でも市議会のような組織が存在し、内紛の解決やごみの処理、節電、有志の消防団などの形成に取り組んでいた。また、正式に土地の所有権が認められるとは言い難い状況だったが、人々は砦内の不動産売買を行っていた。

龍城砦香港にもあった無法地帯/PPW香港.2017

また、九龍城砦内に人が増えた頃から、九龍城砦の中で生まれ育った九龍城砦人が増えだしたといいます。 そうした人たちは九龍城砦自体を故郷として愛しており、住民内で自警団を組織し、治安を維持していた為治安の心配はあまりなかったそうです。

九龍城砦 クーロン城 今は無き香港に沈んだ生きた建築/デザインブログ バードヤード – Albatro Design
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三会会も住民に危害を加えるのは禁止

九龍城砦内での麻薬の売買等を組織していた裏社会でも住民に手を出すことは厳しく禁止されていたため、「無法地帯」と呼ばれる割には治安はよかったそうで、取り壊しの際はこうした裏社会のボスと、政治家、住民が一丸となって香港警察と戦いました。

九龍城砦 クーロン城 今は無き香港に沈んだ生きた建築/デザインブログ バードヤード – Albatro Design
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【世界のスラム街】一度入れば二度と出ることができない……かつて実在した東洋の暗黒迷宮「九龍城」<後編>
“https://diggity.info/culture/kowloon-walled-2/”
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大都市香港に存在していた高層スラム、「City of darkness」こと九竜城。それはどのように生まれ、多くの人々がその過酷な環境で生活できたのはなぜか? 取り壊しを前に住人達を取材した様子、歴史を収録。(「MARC」データベースより)

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