《ガザ地区①》天井のない監獄での暮らしと抵抗【世界のスラム街】

ガザ地区、その名は国際的によく知られた場所でありながら、その実態は多くの人々にとって未知の世界です。中東の紛争地帯に位置し、厳しい制約の下で生きる数百万の人々が、この狭い地域に詰め込まれています。

また、その独特な状況により、まるで天井のない監獄のような場所と形容されることがあります。この記事では、ガザ地区の厳しい現実に焦点を当てて探求していきます。

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紛争が長く続くパレスチナ・ガザ地区。筆舌に尽くしがたい過酷な環境で生きるガザの人々の深い悲しみと強い怒り。一方で、日本人の私たちと同じような日常と人生がある。「それでも明日は来る」ことは希望なのか、残酷なのか。20年近くパレスチナとその周辺取材を続けているジャーナリストによる入魂のノンフィクション作品。著者撮影によるパレスチナの貴重な映像(約10分)と写真(約100点)を視聴できるクラウドコンテンツが付属。(「BOOK」データベースより)

Gaza Strip

「ガザ地区」

CNN/YouTube

ガザ地区は、中東のシナイ半島の北東端に位置し、東西に約10km・南北に約40kmほどのエリアでその地理的境界は明確に定義されています。

地中海の青い水に面しており、周囲はイスラエルとエジプトという二つの国によって形成されています。この地域の戦略的な位置は、その歴史と現在の政治的状況に大きな影響を与えています。

地名とその由来

ガザ地区はアラビア語で「Qiṭāʿ Ghazzah」、ヘブライ語では「Reẓuʿat ʿAzza」と称され、その名称は長い歴史を通じてさまざまな文化と言語に影響を受けてきました。公式名称はガザ地区とされていますが、地域の多様性を反映して複数の言語で呼ばれていることは注目に値します。

地勢と気候

総面積は365平方キロメートル(141平方マイル)で、日本の種子島(444平方キロメートル)より少し狭く、その大部分が平坦な沿岸平野で構成されています。

この地形は地域の気候パターンに影響を与え、温暖で湿潤な冬と温かい夏をもたらしています。冬季には平均して約13度の気温が、夏季には20度から28度の範囲で温度が推移します。

これは農業活動や日常生活に直接的な影響を及ぼしています。

降水量と環境影響

年間平均で約300ミリメートルの降水量があるガザ地区では、この水が貴重な資源となっています。

雨季と乾季のバランスが環境と住民の生活に重要な役割を果たし、地域の農業や水資源の管理において中心的な課題となっています。

降水量の変動は、水不足や農業生産におけるリスク要因としても認識されており、地域の持続可能な発展にとって重要な要素です。

ガザ地区の人口統計

推定人口は約222万9千人(2023年時点)に上り、世界でも最も人口密度の高い場所の一つです。

この人口密度の高さは、地域の社会経済的な大きな影響を及ぼしています。人々は限られた資源とインフラの中で、生活を余儀なくされており、様々な課題や問題が発生しています。

Al Jazeera English/YouTube
若年齢層と難民

ガザ地区の人口は若年層が多く、人口の約半数が14歳以下の子どもであり、約7割が難民です。また、18歳の人口が最も多いのが特徴です。

出生時の性別比は男性1.06人に対して女性1人と若干の男性優位が見られますが、総人口における性別比はほぼ均等です。この若い人口構成は、教育や雇用、健康サービスに対する需要を高めています。

女性は出産可能な年齢である「15〜49歳」の人口が大部分を占めている一方で、性暴力の被害を受けてしまう女性も少なくありません。

このことはガザ地区における女性の地位と、女性への支援が社会的にどれだけ重要であるかを示しています。推定では、148,000人以上の女性が性別に基づく暴力の被害に遭っているとされています。

女性の出産可能年齢群は社会の重要な構成員であり、残念ながら148,000人以上の女性が性別に基づく暴力の被害に遭っていると推定されています。

この問題は、ガザ地区のジェンダーに基づく不平等や人権に関する深刻な問題を示しており、今後の政策立案や社会サービスの提供において考慮すべき重要なポイントです。

民族とアイデンティティ

ガザ地区の主な住民はパレスチナ人(パレスチナに住むアラブ系住民)であり、アラブ系住民がその文化と歴史の中心をなしています。

パレスチナのアイデンティティは、言語、宗教、伝統に強く根差しており、地域の多様性と豊かな文化遺産を反映しています。

言語と宗教

アラビア語がこの地域の主要言語であり、イスラム教徒が大多数を占めることから、言語と宗教はガザ地区の社会生活において中心的な役割を果たしています。

宗教的信念は日常生活だけでなく、地域の政治や社会構造にも影響を及ぼしています。

ガザ地区のキリスト教共同体と教会

ガザ地区はイスラム教徒が多数を占める地域であるにもかかわらず、約1,300人のキリスト教徒が共同体を形成しています。

彼らは主に東方正教会、福音派、プロテスタントの信徒で構成され、いくつかの教会が存在しています。この共同体は、多様な宗教的背景を持つガザ地区の文化的富を反映しています。

キリスト教徒たちのための主な礼拝の場としては、ガザバプテスト教会、ローマカトリック教会の聖家族教会があります。

これらの教会は、それぞれの宗派の礼拝や社会活動の中心地となっており、宗教的少数派としてのアイデンティティを保ちつつ、より大きなガザ地区社会の一部として機能しています。

キリスト教共同体は、ガザ地区の宗教的多様性を象徴しているだけでなく、地域の歴史的な宗教的結びつきをも表しています。

しかし、キリスト教共同体もまた、ガザ地区全体が直面している社会経済的な困難や政治的緊張の中で生活しています。

Christian Media Center – English/YouTube

「ハマス」の実効支配

現在、ガザ地区を実効支配しているのが、イスラエルの破壊をしてイスラム国家の樹立を目標に掲げている武装組織「ハマス(HAMAS)」です。

ハマスは、戦時以外の時も、イスラエルに向けてロケット弾を何千発も発射し、他の様々な方法によってイスラエル人らを殺害してきた。その中には自爆攻撃も入っています。

また、イスラエル以外の他の武装勢力とも衝突を繰り返してきました。

ハマスおよびその軍事部門は、イスラエル、アメリカ、欧州連合(EU)、イギリス、その他の強国がテロリスト集団に指定しています。一方で、イランはハマスを支援し、資金や武器、訓練を提供しています。

ハマスが政界に進出

2000年代中頃、ハマス内部では政治部門が主導権を握り始め、これまでの過激な武装闘争だけではなく、健全な選挙活動を通じて政治の世界に参入していきました。

この変化は、ハマスがパレスチナ社会での立ち位置を確立し、より広い支持基盤を獲得しようとする試みの一環でした。

そして、2006年1月に行われたパレスチナ自治政府の選挙は、ハマスにとって政治的な正当性を確立する重要な機会になりました。

ハマスはこの選挙に出馬し、自分たちの政党が過半数の議席を獲得するという大勝利を収めました。これにより、ハマスはパレスチナの政治の中心舞台に躍り出ることになりました。

国際的孤立

このハマスの勝利は、ハマスをテロ組織と見ていたイスラエルや国際社会から多くの批判を集める結果になりました。

とりわけ中東和平プロセスを推進する「カルテット」と呼ばれるアメリカ、EU、国連、ロシアは、ハマスが参加するパレスチナ自治政府への支援と承認を拒否する方針が示されました。

一方、パレスチナ内部でも混乱が起きました。選挙でハマスに敗れた「パレスチナ解放機構の主流派ファタハ」は、ハマスをパレスチナ政治から追放するために動き出したのです。

これにより、パレスチナ内部での権力争いが激化し、パレスチナの統一と政治的安定が脅かされる事態となりました。

AP Archive/YouTube
2007年、ハマスが実効支配を開始

2007年6月には、パレスチナのヨルダン川西岸地区ではファタハがハマスを追い出すことに成功しました。

しかし、ガザ地区では逆にハマスがファタハを追放し、ガザ地区の実効支配しました。この分裂は、パレスチナ自治区内での深刻な地理的および政治的断絶をもたらしました。

AP Archive/YouTube
ハマスの政権掌握とガザ地区の封鎖

イスラエルは、敵対的な存在とみなしていたハマスがガザ地区の政権を掌握したことで、ガザ地区に対する封鎖を強化し、「経済戦争」と称する政策を実行しました。

これにより、ガザ地区からの出入りと物資の流入が厳しく制限され、住民の生活は極めて困難な状況に置かれることになりました。

このイスラエルの政策は、時間の経過とともに具体的な物資の流通制限の問題へと変容しましたが、基本的な枠組みは変わっていません。

エジプトも封鎖を強化

また、エジプトもハマス政権下での治安の悪化やテロを警戒し、イスラエルと同様にガザ地区の封鎖を強化、国境では人と物資の流通が大きく制限され、セキュリティ上の厳格な手続きが要求されるようになりました。

「天井のない監獄」壁に囲まれたガザの現実

ハマスの実効支配が始まって以降、イスラエルはパレスチナ自治区からの、ミサイル攻撃や自爆テロへの対策として、物理的な壁(分離壁)の建築を本格的に開始しました。

この壁は、ガザ地区やヨルダン川西岸の周り取り囲むように設けられており、カルキリヤ、トゥルカレム、ジェニン、東エルサレム、および一部の高速道路付近など戦略的に重要な地域では、壁は高さ8メートルのコンクリート製で構築されています。

それ以外の地域では、高さ3メートルの電気感応式フェンスになっており、より広範な監視を可能にしています。

壁には41の通用門が設けられていますが、実際に利用されているのはわずか6つであり、その開閉は日に0回から数回、それぞれ5分から15分と非常に限られており、開閉はイスラエル兵の裁量に委ねられています。

壁に隣接する緩衝地帯は、イスラエルによって国境沿いに設定された軍事禁止区域です。

この地帯はイスラエルの国境フェンスからガザ地区の内陸にかけて広がっており、安全保障上の措置として設けられています。

緩衝地帯には、検問所が設置され、空港のセキュリティに匹敵する厳重なチェック体制が整っています。

この緩衝地帯には、電流を帯びたフェンス、塹壕、監視カメラ、センサー、軍用道路、有刺鉄線、車両の侵入を防ぐための堀、そして砂地が設けられており、不正な越境を行おうとする人々の足跡を残すための仕組みとなっています。

Al Jazeera English/YouTube
パレスチナ人の壁を越えるための許可証の問題

パレスチナ人がイスラエルの壁を越えて移動するためには、厳しいセキュリティチェックをクリアし、複数の許可証を取得しなければなりません。

病気の治療など、ガザ地区の外での専門的な必要性がある場合でも、許可証の発行は困難です。

一般的な住民にとってはガザを出ることがほぼ不可能に近く、壁を通過するには空港や原発施設以上に厳格なセキュリティチェックが課せられます。

また、許可証は居住権や所有権を認めるものではなく、通過を許可するだけのものです。このため、土地を放棄することになるとして、許可証を受け取ることを拒否する住民もいます。

許可証は通常、若い働き手よりも老人、子供、女性、海外在住者に発行されることが多く、有効期限は限られています。

2003年には西岸の農民の60%が許可証を受け取りましたが、その有効期限はわずか2ヶ月でした。

更新時には許可証の発行が50%に拒否され、発行されたものの有効期限は1ヶ月または2週間とさらに短縮されました。その次の更新時に発行されたのはわずか10%で、有効期限は1ヶ月未満でした。

この壁と緩衝地帯は、イスラエルの安全保障策としての役割を果たしている一方で、パレスチナ人の日常生活に大きな制約を与え、両コミュニティ間の分断を象徴しています。

壁によるガザ農地の緩衝地帯と危険

壁の手前の広範な緩衝地帯は、本来ならパレスチナ人の農地だった部分もあります。

この地帯への立ち入りは、パレスチナ人にとって大きなリスクを伴います。イスラエル軍による威嚇射撃が行われることもあり、最悪の場合、銃殺されることもあるのです。

特に、壁の通用門付近では、パレスチナ人とイスラエル兵との衝突が頻繁に起こります。パレスチナ人はしばしばこの地点で暴力的または屈辱的な扱いを受けると報告されています。

救急車が通行することさえ拒否されることもあり、緊急医療が必要な患者が病院に到着するのが遅れたり、現場に到着できないケースが頻発しており、これによる被害が報告されています。

Al Jazeera English/YouTube
「天井のない監獄」

ガザ地区の住民は、イスラエルによる壁に囲まれた生活に押し込められており、外部世界との自由な移動や物資の交換は著しく妨げられています。この状況から「天井のない監獄」という表現が生まれました。

失業率は約50%を超え、封鎖と経済制裁がガザ地区の持続可能な経済発展を阻害していることは明確です。

住民は慢性的な資源不足に直面しており、国際社会からの人道的支援に大きく依存しています。

イスラエルにとっては安全保障を意図した措置かもしれませんが、パレスチナ人にとっては、基本的な人権の行使を制限する大きな“壁”となっています。

この状況は、住民の生活品質の低下のみならず、経済的自立を目指す努力すら妨げています。

TRT World/YouTube
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約五五〇万人のパレスチナ難民を支援するUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)。医療・教育・社会福祉をおこない、活動範囲はヨルダン・レバノン・シリア、さらに東エルサレムを含むヨルダン川西岸とガザのパレスチナ暫定自治区に及ぶ。2018年、米国が在イスラエル大使館をエルサレムに移転、その後のUNRWAへの拠出金を打ち切ったというニュースは記憶に新しいが、ガザはこの一〇年で三度の戦争を経験しており、現在も「天井のない監獄」と世界で評される。UNRWA保健局長としての日々の活動から、そこに生きる市井の人々の声を届ける。(「BOOK」データベースより)

ガザの住民の出稼ぎ労働問題

1967年の第三次中東戦争において、イスラエルによる軍事占領が始まったガザ地区は、インフラや産業の破壊という重大な経済的打撃を受けました。

イスラエルによる肥沃な土地の没収は、ガザ地区の農業に大きな影響を与え、多くのパレスチナ人が自らの土地を奪われる形となりました。

土地を失った人々は生計を立てるためにイスラエルへ出稼ぎに行くようになり、そこで低賃金労働者として雇用されるという厳しい現実に直面しました。

1987年に始まったインティファーダは、ガザ地区の抑圧された経済状況と社会的不満が爆発した結果だといえます。この抵抗運動は、占領された土地で生活の権利を求めるパレスチナ人住民の願望を表しています。

労働市場の変化

インティファーダを受けてイスラエルはパレスチナ人出稼ぎ労働者の雇用を控えるようになり、この労働力の空白は他国からの移民労働者で埋められるようになりました。

これにより、イスラエルの労働市場の構造は大きく変化しました。

 イスラエルの雇用政策の変化

イスラエルで働く移民労働者を含むすべての労働者の権利を守ることを目指す民間団体、「NGO カヴ・ラオベド」のミリアム・アナティによると、イスラエルはパレスチナ人労働者に対する信頼が低下した結果、代替案として移民労働者で置き換える方針を採用したといいます。

また、この変化は第一次インティファーダ後に特に顕著になり、イスラエルの農業部門などで移民労働者の雇用が増えたことが背景にあると述べています。

その後、比較的状況が安定し、イスラエルの農業部門では多くのパレスチナ人が再び仕事に戻る一方で、約23,000人のタイ人出稼ぎ労働者が雇用されました。

これは、パレスチナ人労働者に代わる重要な労働力となっていることを示しています。

そして、第二次インティファーダの勃発に伴い、イスラエルでのパレスチナ人労働者の数は約115,000人から、その数はほんの数千人に激減してしまいました。

ハマスの実効支配の中さらに減少

2007年にハマスがガザ地区の実効支配を始めると、イスラエルはガザ地区との主要な交流路を閉鎖しました。これにより、以前は日常的に出稼ぎに行っていたパレスチナ人労働者や日用品の流通が大幅に制限されました。

このような閉鎖と経済の停滞により、以前はイスラエルでの出稼ぎを通じて安定した生活を送っていた時期を懐かしみ、イスラエルの占領時代に戻りたいと感じるパレスチナ人も見られます。

これは、現在の経済的苦境と比較して、当時の方が生活基盤が確立されていたことを反映しています。

ガザ地区の電力不足と社会への影響

封鎖されたガザ地区の電力供給は、イスラエルやエジプトからの燃料輸入に依存していますが、これによる電力は地域の需要のわずか3分の1を満たすに過ぎません。

紛争の影響もあり、ガザ市内では1日に数時間しか電気が供給されず、いつ電力が断たれるか予測不可能な状態です。

このため、工場や産業の安定稼働が困難になっています。自家発電機の使用はガソリンに依存しており、その価格の高騰も問題を複雑にしています。

医療施設にとっては、長引く停電が業務の中断を意味し、自家発電機が不可欠なライフラインになっています。

しかし、燃料の不足は発電機の稼働をも脅かし、腎臓透析、手術室、血液銀行、集中治療室、新生児ケア、研究室など、重要な医療施設や機器の維持が困難になっています。

これにより、患者の生命が直接的な危険にさらされており、医療危機が深刻化しています。

ガザ地区の電力不足は、社会のあらゆる層に影響を及ぼし、日常生活の質の低下、経済活動の停滞、そして人々の健康と安全への脅威となっています。

TRT World/YouTube

水資源と地下水問題

ガザ地区の水資源問題は、不均等な水資源の分配と汚染によって複雑化しています。

ガザ地区とイスラエルは同じ地下の帯水層の水を共有しているにもかかわらず、その水の分配において大きな不平等が存在します。

イスラエルでは年間約4億5000万トンという大規模な維持可能な年間算出水量が確保されていますが、ガザ地区ではわずか5500万トンにとどまっており、この差はガザ地区の水不足の深刻さを浮き彫りにしています。

さらに、ガザ地区が地下水の下流に位置しているため、上流のイスラエルからの汚染が問題となっています。

イスラエルの水利用や農業活動によって汚染された水がガザに流れ込んでおり、これが水の品質に悪影響を及ぼしています。

また、ガザ地区では地下水の減少により、地中海から海水が浸透し、帯水層が塩水化しているという問題も発生しています。

さらに、軍事攻撃による水道管や水インフラの破壊も、ガザ地区の水資源へのアクセスに大きな影響を与えています。

PBS NewsHour/YouTube
イスラエルの水政策と技術

イスラエルは建国以来、水資源の確保を国家戦略の中心に置き、国の発展と安全保障を目的に、水と食料の自給を重視してきました。

この戦略は、水資源をめぐる地域内の争いに影響を与えており、特に1967年の中東戦争では、ヨルダン川とヤルムーク川の水源地帯の重要性が戦争の要因の一つとなりました。

イスラエルはゴラン高原とヨルダン川西岸を占領し、これらの地域からの水資源へのアクセスを確保しました。

1995年のオスロ合意により、西岸の水資源はイスラエルとパレスチナで分配されましたが、大部分はイスラエルの利用に割り当てられ、その割合は現在も変わっていません。

これはパレスチナ側にとって不満の原因となっており、水資源の公平な管理と利用に関する議論が続いています。

気候変動の影響により、イスラエルは降水量の減少と干ばつの危機に直面しています。

この挑戦に対応するため、イスラエルは水の再利用と海水淡水化技術の開発に注力してきました。

その結果、イスラエルは世界をリードする水利用技術を有する国となり、地中海沿いの淡水化プラントでは、国の水需要を満たすために大量の淡水を生産しています。

イスラエルとパレスチナの水資源使用と淡水化

水資源の利用におけるイスラエルとパレスチナの差は非常に大きく、1人当たりの年間水使用量がイスラエルでは240〜300リットルに達していますが、パレスチナでは1人当たり73リットルとなっており、これはWHOが定める最低限の水使用基準にも満たない量です。

パレスチナ人は日常の生活用水の不足分をイスラエルから購入する必要があり、2018年にパレスチナで消費された水量の約22%がイスラエルからの購入に依存していました。

これは、パレスチナの水資源の自立性がいかに低いかを示しており、パレスチナの人々は水不足に悩まされ続けています。

特に、ガザ地区では水の不足が深刻で、海水淡水化プラントが存在しているものの、供給量は年間410万トンに限られています。これは、プラントを稼働させるための電力供給が不安定であるためです。

ガザ地区においても、海水淡水化プラントが存在しますが、その供給量は年間410万トンと限られています。

パレスチナにおいては、国家としての自立を目指す上で海水の淡水化が必要とされていますが、プラントを稼働させるための電力供給の不安定さが問題となっています。

TRT World/YouTube
下水処理の課題

ガザ地区での不安定な電力供給は下水処理施設の稼働を妨げ、結果として町の通りが下水で溢れることもしばしば発生しています。

基本的に、ガザ地区では多量の未処理下水が毎日海に排出されているため、発電所の稼働が停止するとこの問題はさらに悪化するのです。

現在、ガザの帯水層から汲み上げられる水の90%以上が汚染されており、人間が使用するには不適切な状態にあります。

この汚染は、下水や海水の浸透によるものであり、加えてイスラエルによる水資源の過剰な搾取が原因とされています。ガザ地区における水不足と水資源の質の低下は、地域の安定と持続可能な発展にとって重要な課題です。

TRT World/YouTube

主要産業「農業」の危機

ガザ地区の経済は軽工業と手工芸に支えられていますが、基盤は農業にあります。

農業活動は主に都市部とその周辺地域で行われており、国境の農地と都市拡張エリアの間に位置しています。ガザの土地の約3/4が耕作用地として利用されており、輸出の大部分を占める主産業になっています。

食料自給の面では、ガザはその農業生産力により、果物や野菜において自給自足を実現しています。この農業生産は、地域住民の食料供給を確保するとともに、輸出を通じて収入をもたらしています。

さらに、農業は多くの地域住民に雇用を提供しており、特に女性を中心とした家族経営の小規模農業が人口の約1/4に生計を支えています。これらの農業従事者は有給および無給の労働力として農業に関わっています。

ガザで育てられている主な作物は以下。

  • 柑橘類:柑橘類はガザ地区で主要な作物の1つであり、用水路が整備された土地で栽培され、イスラエルとの協定のもとでヨーロッパや他の市場に輸出されています。ガザ地区で最も一般的に栽培されている柑橘類はオレンジとレモンです。
  • オリーブ:オリーブはガザ地区で栽培されている重要な作物であり、果樹が植えられている面積の70%以上がオリーブの木に占められています。オリーブは主に雨水で育てられています。
  • ぶどう:ぶどうもガザ地区で栽培されており、果樹が植えられている面積の7%を占めています。ぶどうも主に雨水で育てられています。
  • イチゴ:イチゴはガザ地区で最も有名な作物の1つであり、ガザは果物と野菜で自給自足できることを実証しており、これにより人口を養い、輸出収入を得ています。
  • スイカ:スイカはガザ地区での主要な夏の作物であり、多くの農家がこれらの月にスイカ栽培に取り組んでいます。
農業に対する問題

ハマスの統治以降の軍事衝突は、農業にも深刻な打撃を与えています。

イスラエルによる空爆は農地を直接破壊し、また停戦後もイスラエルがガザ地区からの農産物の輸出を制限しているため、ガザの農業は二重の苦境に立たされることになりました。

国連WFPによると、2014年のガザへの攻撃によって破壊された農業インフラの復興はまったく進んでおらず、2016年の時点でまだ多くの資金が必要だといいます。

さらに、化学肥料や温室の修復に必要な鉄骨材など、農業に必要不可欠な物資のも厳しく規制されています。

『アルモニター』サイトによると、これらの規制により、多くの農家が農業を続けることを断念せざるを得なくなっているといいます。

さらなる問題

その他にも、ガザ地区の農業は深刻な課題に直面しています。

ガザ地区の貴重な淡水源である沿岸帯水層は非常に汚染されており、高い地下水の塩分濃度はガザ地区で生産される野菜の一部において植物の生育を悪化させています。

また、イスラエルとガザ地区の間の緩衝地帯として知られる地域は、ガザ地区の農地の約29%を奪っています。

パレスチナ武装勢力とイスラエルとの繰り返しの紛争は、ガザの多くの農家が土地への適切なアクセスを失う原因となり、農作物の損失がガザでの食品不足の問題を悪化させているのです。

また、土地の塩化やイスラエルとの境界地帯での畑作が禁じられるなど、新たな問題も生じています。ガザとの国境沿いの植生を枯らすためにイスラエルが除草機を使用したという報道もあります。

このような状況の中、農業従事者は大幅に減少しており、ガザ経済の重要な支えの農業が脅かされています。

Al Jazeera English/YouTube

住居破壊と住宅再建の課題

長年にわたり、ガザでは新たな住宅の需要が高まっているにも関わらず、供給が追いついていません。

その結果、住民の多くは手狭な難民キャンプでの生活を余儀なくされており、未完成の高層住宅が市内に散見される状況です。

人口密度が非常に高いガザ地区では、イスラエル軍の空爆によって多くの住居が破壊されています。

加えて、イスラエルによる封鎖が住居の再建を著しく妨げており、多くの住民が適切な住宅を得られずにいます。

ガザ市外では、破壊された建物から回収した古い金属棒を再利用するためにまっすぐに延ばしたり、がれきから新たなレンガを作成したりするなど、資源の再利用による再建活動が行われています。

これらの努力は、限られた資源と厳しい環境下でのガザ住民の創意工夫と回復力を示していますが、長期的な住宅問題の解決には至っていません。

ShelterCluster/YouTube
土地問題と墓地の利用

ガザ地区における人口密度の高さは、生きている人々と死者の間での土地の競争を生み出しています。

住居不足が進行する中で、墓地が生活の場として使用される事態まで発生しています。

これは、エジプトとイスラエルに挟まれた狭小な土地で、長期にわたる人口増加に直面しているガザ地区の深刻な土地不足を示しています。

死者の安息の場でさえも、不法占拠や生存のためのスペースを求める人々の圧力にさらされています。

住宅不足が続く中、墓地用のスペースが後回しにされる傾向が強まっており、武力衝突のたびに家屋が破壊される現状では、家族は自宅近くの古い墓地に故人を埋葬するしか選択肢がありません。

墓地に対するこのような利用は、ガザ地区の厳しい生活条件と土地利用の危機を浮き彫りにすると同時に、住居と埋葬地の不足という、住民が直面している根本的な問題を示しています。

現実には、生者と死者が共存するスペースを求めるガザ地区の人々の苦境が続いており、人口増加と限られた土地の有効活用という課題が山積しています。

古代都市の遺産と保存問題

ガザは世界で最も古い都市の一つであり、その歴史は約5000年にわたるとされています。

この長い歴史を通じて、ガザ市には現在も約320カ所の歴史的建造物が残っており、その中には100年以上前に建てられたものも含まれています。

これらの建造物はガザ市の特徴を形作る重要な要素であり、マムルーク朝やオスマン帝国の時代に遡るものもあります。

法令によって100年以上経過した建造物は保存の対象とされていますが、サラジ市長の指摘によると、取り壊しによる訴追のリスクがあるにも関わらず、これらの歴史的建造物が破壊されてしまうケースが存在しています。

これは、都市の古代の遺産を守るための努力と、現代の開発や紛争による破壊の間の緊張を反映しています。

ガザの歴史的建造物は、地域の文化的アイデンティティの一部であり、保存は地域社会にとって重要な遺産管理の問題です。

しかし、現実には、これらの建造物の多くが紛争や経済的圧力により破壊の危機に瀕しており、保存と保護のための具体的な取り組みが急務となっています。

ガザを支える地下トンネルの希望と闇

ガザ地区には約500キロメートルに及ぶ広範な地下トンネルシステムが存在し、ハマスの戦術において中心的な役割を果たしています。

これらのトンネルはコンクリートで補強され、奇襲攻撃や武装勢力の隠匿、補給路の確保など、様々な軍事的目的に利用されています。

地下トンネルにより、ハマスの戦闘員は爆撃からの保護を受けながらガザ内を自由に移動し、人質を隠匿することができるとされています。

ハマスはこれらのトンネルを通じてロケット弾の隠匿や移動を行い、イスラエル国防軍(IDF)に対するトンネル爆弾の仕掛けるなど、ゲリラ戦術戦略の一環として活用しています。

IDFはトンネルがもたらす挑戦を認識しており、イスラエルへの地上侵攻の際にはこれが大きな問題となり得ることを示しています。

これらのトンネルは、ハマスがゲリラ戦術を用いてイスラエルに対抗する手段として重要な機能を持ち、イスラエルの安全保障上の脅威となっています。

トンネルシステムの存在は、両者間の紛争の解決をより複雑なものにしており、その排除や中和はイスラエルにとって継続的な課題となっています。

ガザ地区の封鎖と地下トンネル経済

ガザ地区は、イスラエルによる封鎖が始まって以降、国境検問所、空港、海域の閉鎖によって人の移動と物資の輸送が大幅に制限されました。

さらに、内戦とイスラエルの攻撃による被害と、利用可能な農地の減少は、食料や基本的な物資の深刻な不足をもたらしました。

貧困率が8割超え、失業率が5割を超えるガザ地区では、多くの家庭が栄養価の高い食品を購入することが難しくなっています。

半分以上の世帯が食糧不足に直面しており、状況はさらに悪化していると報告されています。栄養に関する基本的な知識が不足しているため、健康的に見える子どもたちも実は栄養不足に陥っていることが少なくありません。

くる病や貧血といった栄養失調の症状は、子どもたちの成長と発達に深刻な影響を与えています。

1980年代、この絶望的な状況を乗り越えるため、ガザ地区の住民はエジプトとの間に地下トンネルを掘り、密輸ルートとして利用することを始めました。

この「密輸トンネル」ネットワークは数百本にも及び、建築資材、食料、医薬品、衣服、燃料、電子機器、家畜、自動車など、様々な物資がここを通じてガザ地区に流入しています。

これらのトンネルはガザ地区における消費物資の大部分を賄っているとされており、地下経済は地域の再建とガザの生命を支える希望になりました。

ガザ地区の地下トンネルと軍事利用

ガザ地区の地下トンネルは、初めは物資の密輸を目的として利用されていましたが、やがては武器の取引にも使われるようになり、軍事目的の拡張が行われました。

2000年代に入って、ハマスがガザ地区の実効支配を強化すると、トンネルネットワークは急速に拡大されました。これらのトンネルは、エジプトとの境界だけでなく、ガザ地区北部にも構築されているとされています。

イスラエルは、これらのトンネルが自国に対する脅威であると認識しており、空爆を含む軍事行動によってトンネルを破壊してきました。

これには、ハマスへの物資調達を阻止するためのエジプトへの圧力をかける意味も含んでいます。

BBC News/YouTube
ハマスの武器密輸とエジプト

エジプトの当局者がトンネルを通じた往来に対して黙認している背景には、国境警備員の賄賂受領や、エジプト国内のイスラム過激派グループへの武器流出を防ぐ戦略、さらにはパレスチナ過激派グループへの暗黙の支持など、複数の動機があるとされています。

イスラエルがガザ地区への地上侵攻を行った2014年には、少なくとも35本のトンネルがイスラエル領内へと延びていることが発覚しました。

空爆による市民の被害

一方で、イスラエルのこれらの軍事行動は、時として民間人の犠牲を伴い、子供や女性を含む市民が被害を受けています。その結果、国際社会からの非難を招いています。

イスラエルによるトンネルへの攻撃は、軍事的な必要性と民間人保護の間の緊張を浮き彫りにしており、地域の紛争における複雑さを示しています。

ガザ地区の住民にとって、トンネルは生活必需品を確保するための手段でありながら、同時に戦争の危険性を高める要因ともなっているのです。

VICE News/YouTube

イスラエル軍による突然の空爆

イスラエル軍による空爆は、住宅、ビル、中心的な市場など、民間施設を含む多くの場所を標的としており、これにより多数の死傷者が発生しています。

2008年から2021年にかけては、数年おきに大規模な軍事衝突が起こり、教育環境にも甚大な影響を及ぼしています。学校と教師が不足し、授業時間を半分に制限せざるを得ないという状況が続いています。

特に2021年の衝突では、ガザの都市部市街地での空爆が行われ、一般市民の間に多くの犠牲者が出ました。

報告によれば、死者数は子どもを含む256人、負傷者は2,200人以上に上り、住宅被害は約50,000棟にも及びます。これにより、多くの人々が難民となり、8,200人以上が仮住まいを余儀なくされています。

また、医療施設への被害も報告されており、既に困難な状況にあるガザ地区の医療体制にさらなる圧力がかかっています。

Voice of America/YouTube
避難先の難民キャンプや学校への空爆

ガザ行くでは空爆や軍事行動のために何万人もの市民が自宅を離れざるを得なくなっています。家を失った多くの人々は、学校の教室などで寝泊まりする厳しい状況に直面しており、一時的な避難所で生活しています。

このような状況下では、援助関係者の活動も大きく制限されており、必要な支援が被災者に十分に行き届いていないのが現状です。

加えて、避難先である難民キャンプや国連が運営する学校さえも、イスラエル軍の空爆の対象となることがあり、これによってさらなる深刻な被害が出ています。

イスラエル側は、空爆による市民の死傷者に関して、「市民の死傷者は確かに発生しているが、ハマスが発表する数字は操作が可能で不透明であるため、実際の数については慎重な検証が必要である」との立場を示しています。

On Demand News/YouTube
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