【世界のスラム街】貧困と希望が共存するムンバイのスラム街《ダラヴィ Part 2》

この記事は、インド・ムンバイにある世界最大のスラムの一つ、ダラヴィについての報告です。ダラヴィには推定70万から100万人が約2.1平方キロの土地に詰め込まれており、その多くが貧困層や移民など社会的・経済的弱者であることが知られています。

この記事では、ダラヴィの現状や問題点、そしてそこで暮らす人々の日常について詳しく紹介されています。ダラヴィはムンバイ市内の中心部に位置し、空港から市街地に向かう道中でも覆いかぶさるように並ぶバラックや家屋が目につきます。

貧困や衛生状態の悪さ、地震や火災などのリスクもありますが、ダラヴィには自立的な経済活動や文化の芽生えなど、活力に満ちた一面も存在しています。

この記事は、ダラヴィに暮らす人々の生活や文化、問題点について、多面的に報告しています。ダラヴィはインド社会における多様性や貧困問題を反映する場所でもありますが、そのような状況の中でも人々が生き抜くための力強さや、改善のための取り組みが行われていることが伝わってきます。

【世界のスラム街】新興国インド 経済発展の陰で潜む児童労働とカースト制度《ダラヴィ Part 1》
created by Rinker
 インドのムンバイ出身の実在のヒップホップ・アーティストの半生をモチーフに描いた青春音楽ムービー。主演は「パドマーワト 女神の誕生」のランヴィール・シン。共演にアーリヤー・バット。監督はインド期待の女性監督ゾーヤー・アクタル。インドのスラム街に暮らすイスラム教徒の青年ムラド。両親は懸命に働き息子を大学に行かせたにもかかわらず、ムラドは悪友とつるんで悪事に手を染めたり、身分の違う恋人と内緒で付き合ったりしていた。そんなある日、大学のキャンパスでMCシェールと名乗る学生のラップと出会い、心奪われる。やがて自ら詞を書くと、MCシェールの後押しで“ガリーボーイ(路地裏の少年)”を名乗ってラップに挑戦していくムラドだったが…。(「allcinema」データベースより)

Mumbai city

人口 2000万人超!?インド最大の都市「ムンバイ」

Danny Mcgee/YouTube

ムンバイは、インドの西海岸に位置する世界有数の都市の一つで、人口は約2,000万人を超えます。ムンバイは、インドの経済、金融、商業の中心地であり、多くの国際的な企業が本社を置いています。また、インドの映画産業の中心地でもあり、ボリウッド映画が制作されています。

南ムンバイは、イギリス植民地時代の建物が多く残り、その建築様式や街並みは、ヨーロッパ風の影響を受けています。また、現代的な高層ビルも多く建ち並び、ムンバイの現代性を感じることができます。

ムンバイはまた、インド独特の鮮やかな色彩も持っており、市内には多くのカラフルな建物や衣装があります。これらの要素が織り交ざり、不思議な魅力を放つ都市となっています。

「ムンバイ」の歴史

ムンバイの歴史は古く、紀元前の時代から人が居住していたとされています。当時は漁村や商業都市として栄え、さまざまな文化や宗教が交流し、発展を続けてきました。

Explore India/YouTube
「ヘプタネシア」時代

2世紀の古代ギリシャの天文学者・地理学者であるプトレマイオスが、この地域を「ヘプタネシア」と呼びました。

「ヘプタネシア」とは、ギリシャ語で「七つの島」を意味し、当時、アラビア海に浮かぶ七つの島だったこの場所にはぴったりの名前だった。

「ムンバ」時代

その後、地元の漁民たちが自分たちの村を「ムンバ」と呼ぶようになりました。これは、彼らが信仰する女神ムンバ・デーヴィーにちなんだものでした。

「ボン・バイア」時代

1543年にポルトガルの探検家たちがムンバイにやって来た際、彼らはこの地が優れた港を持っていることに気づき、「ボン・バイア」という名称を付けました。これは、ポルトガル語で「良い港」を意味します。

「ポート・オブ・キャサリン」イギリスの支配下時代

1661年にインドの王女キャサリン・ド・ブラガンサがイギリスのチャールズ2世と結婚したことで、ムンバイ旧市街地域にある港湾地区はイギリスに委譲されることになりました。キャサリンが持参金としてこの地域を含む領土を提供したことから、この地は「ポート・オブ・キャサリン(キャサリンの港)」とも呼ばれるようになりました。

東インド会社の拠点

この港は、イギリス東インド会社の拠点として発展しました。

「ボンベイ」時代

その後、ムンバイは長い間イギリスの支配下に置かれ、イギリス風の発音に基づいた「ボンベイ」という名称が使用されるようになりました。何百年もの間、ムンバイは「ボンベイ」として知られ、1947年のインド独立後もそのままの名称が使われ続けました。

DIVINE/YouTube
インド独立後には州都に!

インド独立後、ムンバイは広大な面積を持つボンベイ州の州都となりましたが、1960年代になると、ボンベイ州の領土をマハーラーシュトラ州とグジャラート州に分割することが決定されました。この分割により、ムンバイはマハーラーシュトラ州の一部となり、州都としての地位を保ちました。

巨大都市「ムンバイ」!

1995年にムンバイ市議会が公式に「ムンバイ(Mumbai)」に改名する決定を行い、これ以降、ムンバイが公式名称として使用されるようになりました。この改名は、地元のコーリー漁民が信仰する女神「Mumbadevi(ムンバデーヴィー)」に由来し、地元の伝統や文化に配慮したものです。現在でも、ムンバイは正式名称として「ムンバイ」と呼ばれています。

ムンバイは、20世紀初頭から急速に発展し、世界の商業・金融・文化の中心地として注目を集めてきました。特に、第一次世界大戦と第二次世界大戦を通じて、コルカタ(カルカッタ)を抜く商工業都市として成長しました。

近年は、急速な経済発展により、多くの企業が進出し、国内外からの人口流入も相まって、都市化が進んでおり、高層マンションや巨大ショッピングモールの建設が相次いでいます。しかし、地域の狭さと人口の集中により、物価や地価が高騰しているため、東京などの大都市と同様の状況が見られます。

また、ムンバイは貿易港や鉄道の南北の起点としても重要な役割を果たしており、外国やインド各地の州、北部の農村部から多くの人々が移住してきています。このため、多民族多言語多宗教の国家であるインドの縮図的な都市とも言えます。

明確な超格差社会「ムンバイの闇」

ムンバイは急速な発展を遂げている一方で、貧困や格差が深刻な社会問題として残っています。都市のあらゆるところにスラム街が点在し、大通りや高層ビルの一角には、路上で暮らす家族や、貧困層の子どもたちが生活している様子が見受けられます。

彼らは、1日の食費を稼ぐために、道路脇で物売りをしたり、手作りの品物を売って生計を立てています。

ムンバイの貧困問題は深刻であり、特に人口密度の高い貧困地域では、住居や衛生環境が悪く、教育や医療などの社会サービスにも十分なアクセスが得られない状況があります。

自治体やNGOなどが支援を行っているものの、解決策は依然として見えていません。

ムンバイの4割の人がスラムの住民

ムンバイの都市圏は多くのスラムを抱え、約2000万人とされる人口のうち、4割がスラムに住んでいると言われています。

しかし、これらのスラムに住む人々は一括りにしては考えられません。スラム地域には、異なる社会階層や文化的背景を持つ人々が暮らしており、スラム同士の間でも大きな格差が存在します。

また、スラム住民たちの中にも、地位や収入の差による格差が生じており、スラム内でもさまざまな問題が存在しています。

先祖代々スラムに住み続けてココはもはや地元

ムンバイのスラムには、何代もの人々が住み着いており、定着しているものがあります。多くのスラムは、ムンバイ市内の中心部や沿岸部など、交通の便が良く、労働力需要が高い地域に位置しています。

また、スラムに住む人々は、主に移民や貧困層など、社会的・経済的弱者が多く、住居を確保するためにスラムに住み着いている場合が多いです。これらの人々は、スラム内で家族や友人と共同生活を営み、そこで生まれ育ったり、長年にわたり住み続けたりしています。

スラムには、その土地に対する深い愛着がある人々も多く、そこでの生活や文化が定着していると言えます。

created by Rinker
ピュリッツァー賞受賞ジャーナリストが描き出すムンバイのスラムに生きる人びとの素顔。全米図書賞に輝いた傑作ノンフィクション。インド人を夫にもつアメリカ人ジャーナリストが、3年余にわたる密着取材をもとに、21世紀の大都市における貧困と格差、そのただ中で懸命に生きる人びとの姿を描く。全米ベストセラーとなり、数多くの文学賞に輝いた真実の物語。(「BOOK」データベースより)

アジア最大のスラム!?「ダラヴィ」

ムンバイの中心部に位置するダラヴィは、世界最大のスラムの一つであり、空港から市街地に向かう道中でも青いビニールシートで覆われた家々やバラックが目につきます。ダラヴィには推定70万から100万人が約2.1平方キロの土地にひしめき合って暮らしており、その多くが貧困層や移民など社会的・経済的弱者です。

生活環境が極めて劣悪で、公共のトイレが不足しているため、数百人が並ぶこともあります。また、衛生状況が悪く、病気が蔓延するリスクも高い状況にあります。

ダラヴィは、その地理的な位置から、映画やテレビ番組の撮影などでもしばしば使用されています。

Sony Music India/YouTube
この投稿をInstagramで見る

Alessandra Nirwan(@alessandra.nirwan)がシェアした投稿

元々は漁業が盛んな湿地だった

ダラヴィはかつてマングローブの茂る湿地帯であり、先住民であるコリ族が暮らしていました。その後、ココヤシの葉やゴミなどによって湿地が埋め立てられ、ダラヴィは徐々に形成されていきました。しかし、この埋め立てによってコリ族の漁場は失われ、生活が困難になったため、一部のコリ族は酒の密造や漁業以外の商売に転じることがありました。

Dharavi_DSC3254
「クムハール」が陶器職人の村を作った

その後、グジャラート州の陶器職人のカースト「クムハール」がダラヴィに入植し、陶器職人の村を作った。

また、南部出身のタミル人が皮なめしの作業場を開いたり、北部のウッタルプラデシュ州からの移住者が繊維産業で働いたりすることもありました。

次第に、インド全国から人々がダラヴィを目指して移住するようになり、ダラヴィは人口密度の高い地域となりました。しかし、この地域では廃棄物も溜まるようになり、徐々にリサイクル産業が発展していきました。

現在では、ダラヴィはムンバイの廃棄物リサイクルにおいて非常に重要な役割を担っており、廃品回収や再生産業などが盛んに行われています。

スラムだけどスラムじゃない!?ダラヴィの暮らし

厳密にはダラヴィはスラムではない。

多くの学校や寺院、市場や病院があり、人々は普通に生活を営んでいます。、物乞いや行き倒れを見かけることは少なく、また、ダラヴィに暮らす人々の多くがムンバイ市内の職場に通勤するため、ダラヴィから出稼ぎに出る人々も少なくありません。一方で、ダラヴィには掘立小屋も存在し、生活環境の厳しい人々もいます。しかし、悲壮感や倦怠感があるわけではなく、人々は明るく生き生きと暮らしています。

多くの学校や寺院、市場、病院などがあり、普通に生活を営む人々も多く、

物乞いや行き倒れをみかけることはない。多くの学校や寺院、市場や病院があり、普通に生活を営み、ここから通勤している人も多い。パラボラアンテナをつけた2階屋がある一方、出稼ぎが住む掘っ立て小屋も存在する。その一角の映画館らしきは、床に座った観客達が小さな画面に楽しそうに笑っていた。ダラヴィには悲壮感や倦怠感がない。

正確には、ダラヴィは貧民窟ではありませんが、貧困層が多く住んでいる地域であることは事実です。しかし、多くの学校や寺院、市場や病院があり、人々は普通に生活を営んでいます。また、ダラヴィには悲壮感や倦怠感はなく、人々は希望を持って生活しています

Dharavi Koliwada Main Road
エアコンも完備!?インフラ整備

ダラヴィに住む人々には様々な家庭があり、生活水準もバラエティに富んでいます。

3畳ほどの広さのスペースに4〜5人の家族が居住してるので、かなりせまいが、テレビやエアコンがある家庭もある。ムンバイでは、公共の電力供給に加えて、民間の発電業者による電力供給も行われており、スラム地区でも手軽に電気を利用できるようになっているためだ。ダラヴィの住人にとってはテレビやエアコンがあるのは一種のステータスでもある。

ダラヴィには、ほとんどの世帯が共有トイレを使用しているが、数が不足しているため、数百人が並んで待つこともあると言われています。

水道については、個別の蛇口を利用している世帯が約25%、それ以外は共用蛇口の利用となっています。また、水道は午前中のみの供給となっています。このため、多くの家庭では、朝早くに水を貯めておき、それを一日中使い分けることで、水の不足を補っています。

低い犯罪発生率

ダラヴィはスラム地域にしては比較的生活インフラが整っており、住民たちはそれなりに安定した生活を営んでいる人もいます。また、ダラヴィは非常にコミュニティー意識が強く、住民たちはお互いに助け合って生活しています。このような人々が集まっていることによって、犯罪発生率も低く、治安の良さが保たれています。

スラムのランクで言えば5つ星で、ある程度の収入がないと住むことができない。

この投稿をInstagramで見る

Alan Blundell(@bokehstreet)がシェアした投稿

格差を感じる環境でありながら前向きなマインド

スラムのすぐ近くには高級住宅が立ち並んでいるが、高級住宅に対して羨望や嫉妬を持つ様子はあまり見られず、彼らは貧困から脱出するために前向きに取り組んでいます。

この投稿をInstagramで見る

Ben Kriemann(@benkriemann)がシェアした投稿

え??スラムなのに?「アジアで最も魅力的な経済モデル」

ダラヴィは、約25万人の労働者が存在し、全事業ユニットの総年間売上高が約1,000億円の売上を計上しており、多くの人々にとって生活の場としてだけでなく、ビジネスの場としても重要な存在です。

主要産業は製造業で、陶器や革製品、繊維製品など。ダラヴィに存在する会社は約5000、工場の数は約1万5000にも及ぶとされ、国内外で販売される製品を製造している。

ダラヴィの中で働いているには、住人だけではなく出稼ぎ労働者もいます。

ただし、中間業者がピンハネするため彼らの収入は少ないという。

Dharavi, Mumbai
この投稿をInstagramで見る

Chetan(@chetan.revankar)がシェアした投稿

この投稿をInstagramで見る

@j_k_travelsがシェアした投稿

この投稿をInstagramで見る

MUMBAI DREAM TOURS(@mumbaidreamtours)がシェアした投稿

この投稿をInstagramで見る

MUMBAI DREAM TOURS(@mumbaidreamtours)がシェアした投稿

ダラヴィ最大の産業「リサイクル産業」

ダラヴィ最大の産業は廃棄物のリサイクルです。

スラム全体で、毎日2,000トン以上の廃棄物が発生するとされていますが、その中の85%以上がダラヴィ内でリサイクルされていると言われています。

ごみは種類別に分別され、再利用可能な部分は、専門の職人たちが分業体制で働いています。例えば、紙を分解する仕事、プラスチックを分別する仕事、金属を溶かして再利用可能な原材料にする仕事などがあります。また、その処理に必要な工作機械や道具なども、ダラヴィ・スラム内で製造されていると言われています。

再利用可能でない部分は、土地埋め立てや焼却処分などの方法で処理されます。リサイクル業者には家族経営の小規模なものから、複数の工場を持つ大企業までさまざまな規模のものがあります。

このような仕組みにより、ダラヴィ・スラムはムンバイ市の廃棄物リサイクルの中心的な役割を担っています。

この投稿をInstagramで見る

Chetan(@chetan.revankar)がシェアした投稿

The Times of India/YouTube

住民団体に労働組合も存在!

ダラヴィ・スラムは、住民が自ら組織化し、住民の権利を守りながら共同生活を送るための組織が形成されています。また、労働組合も組織され、住民たちが団結して権利を主張する場として機能しています。これらの取り組みがあることで、住民たちは自己決定と自治の原理に基づいた地域社会を形成し、豊かな共同生活を築いています。

Mahatma Gandhi Road

政府が公認しているスラム街

ダラヴィは政府によって認可されたスラムです。

公認されたスラムであるダラヴィの住民は住民票を持っており、選挙に参加することができます。また、スラム居住者は政治家にとって重要な投票層となっているため、政府からの優遇施策もあるようです。

そして、スラムの住民たちはコミュニティとして強い繋がりを持っており、一定の収入があってもスラムに住み続ける人もいます。そのため、貧困や絶望的な状況に陥っているわけではなく、ある種の経済・生活圏が成り立っていると言えます。

スラムごとに存在する格差

スラムの中にも、生活水準や暮らし方において格差が存在しています。

政府が「公認」したスラムは、一定の公的な支援が受けられることがありますが、そうでない「非公認」のスラムには支援が行き届かないことがあります。特に、非公認スラムの場合は、土地の所有権がはっきりとしておらず、政府の介入が難しいという問題もあります。

非公認スラムの住人は、路上に木を立てビニールシートを張り、そこを住まいにしていたり、トイレなどの生活インフラが整っていない状況が続いています。

さらには、スラムの中にすら入れず路上や駅で寝ている人たちもいます。

「ダラヴィを再開発」立ち退きと隣り合わせの生活

ダラヴィはムンバイの中心にあるため、政府はここを収益性の高い住宅地やオフィス街として再開発をしよう考えた。

ダラヴィの住民のほとんどが不法滞在者とみなされており、住民は常に立ち退きの恐怖と隣り合わせの生活を強いられている。

度重なるプロジェクト

1976年以降、ムンバイ市はスラム地区への対応をクリアランスからアップグレードに転換し、TDR(Transferable Development Rights)を導入するなどの改善事業を行った。これに伴い、ムンバイ市街地の拡張とともに、ダラヴィの地理的ポテンシャルも変化し、開発ラッシュが北へ進み、新規経済商業地区やバンドラクルラ複合地区を形成した。

2004年に州政府は、ダラヴィを5つのセクターに分割し、高層高密開発を通じ資格のあるスラム住民に住宅を提供するダラヴィ再開発プロジェクトを立ち上げた。

「スラム住民に現状を知らせぬままプロジェクトを断行しようとしている」

NGO「マシャル」が行った調査によると、再開発プロジェクトの1年半の間にダラヴィでは6,000~7,000軒の物件が売り出され、その売却総額は70億ルピーにものぼっていることが分かった。しかし、この計画はコミュティの意見が反映されず、今までダラヴィが維持してきた独自のルールや場所性を無視しているため、地元NGOや住民から反対の声が上がっている。

ドバイの業者が再開発を入札

2020年、ドバイを拠点とする開発業者が最高額を提示した入札を受け、州政府が再開発を委託する業者を選定した。この業者を支援しているのは、UAEの王室関係者である。

別の住居が提供される予定だが…。

2000年以前からダラビに住んでいる世帯に無償で住居を提供するという調査が実施される予定であり、住民たちの懸念は払しょくされないままだ。

「アジア最大」「世界最大」と言われるが本当は違う?

 ダラヴィは「アジア最大のスラム」といわれ、「世界最大」と呼ばれることもあるが、どちらも正しくない。メキシコ市のスラム、ネザ・チャルコ・イツァ地区には、ダラヴィの4倍もの人々が住んでいる。アジアでは、パキスタンの首都カラチのオランギタウンシップというスラムのほうが、ダラヴィより住民が多い。ムンバイだけでも、1200万人の人口の約半数が「無認可の」住居に暮らし、ダラヴィ並みのスラムはほかにもある。

特集:シリーズ地球の悲鳴 スラムに流れ込む人々/ナショナルジオフラフィック.2007年5月号
slumlord

ダラヴィを世界的に有名にした映画「Slumdog Millionaire / スラムドッグ$ミリオネア」 

「スラムドッグ$ミリオネア」とは、2008年に公開されたイギリス・アメリカ合作の映画で、インドを舞台にしたドラマ映画です。監督はダニー・ボイル、脚本はサイモン・ボーフォイ、主演はデヴ・パテル。

インドのダラヴィ出身の少年が、『クイズ$ミリオネア』の出場者として出演し、驚異的な成績を収めるというストーリーです。映画は、スラムで生きる少年の苦難と逆境、そして希望と夢を描きながら、インド社会の闇や不平等にも切り込んでいることで高い評価を得ていて、第81回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、うち4部門を受賞しました。

SearchlightPictures/YouTube
この映画をきっかけに観光化が促進

映画の成功により、世界中でダラヴィが有名になり、

ダラヴィは、映画のヒットによって注目を浴びるようになり、政府や民間企業などからの投資も増えています。その結果、インフラの整備や住宅改善事業が進み、スラムというよりも一般的な住宅街のような雰囲気を持つようになってきました。さらに、スラムツアーも盛んに行われるようになりました。ただし、まだまだ改善の余地があり、貧困層の生活や環境に対する問題は根深いものがあります。

created by Rinker
 「トレインスポッティング」「28日後…」のダニー・ボイル監督が、インドを舞台に撮り上げたバイタリティに満ちあふれた社会派エンタテインメント大河ラブ・ロマンス。原作はヴィカス・スワラップの『ぼくと1ルピーの神様』。日本でもお馴染みのクイズ番組で史上最高額まであと1問と迫ったスラム育ちの青年が語る過酷にして波瀾万丈の生い立ちが、多彩な要素を巧みに織り込みつつスリリングかつ躍動感いっぱいに描かれてゆく。世界中で数々の映画賞を獲得し、ついにはアカデミー賞で作品賞を含む最多8部門を受賞する快挙を成し遂げた。(「allcinema」データベースより)

ヒップホップ映画「GULY BOY / ガリーボーイ」

『ガリーボーイ』は、実在するインドの若きラッパー、NaezyとDivineの半生を基にした映画です。彼らが育ったダラヴィでのストリートラップと、成功を収めるまでの苦難や人生の闘いを描いています。

ダラヴィが舞台となっており、映画には実際にダラヴィに住む人々も出演しています。

2009年に公開され、インド映画としては世界興行収入第2位を記録し、Rotten Tomatoesでは100%の高評価を獲得しました。海外でも人気を博し、全世界で大ヒットした作品です。

Zee Music Company/YouTube
Naezy TV/YouTube
「路地裏の少年」

ヒンディー語で「路地裏」を意味する言葉が「गली (gali)」で、その音が英語読みに近い「gully」という言葉が使われることがあります。映画のタイトル「ガリーボーイ」は「路地裏の少年」といいう意味になります。

Zee Music Company/YouTube
プロデュースはラッパーの“NAS”!!

人気ラッパーNASがプロデュースを務めています。

JioSaavn/YouTube
created by Rinker
 インドのムンバイ出身の実在のヒップホップ・アーティストの半生をモチーフに描いた青春音楽ムービー。主演は「パドマーワト 女神の誕生」のランヴィール・シン。共演にアーリヤー・バット。監督はインド期待の女性監督ゾーヤー・アクタル。インドのスラム街に暮らすイスラム教徒の青年ムラド。両親は懸命に働き息子を大学に行かせたにもかかわらず、ムラドは悪友とつるんで悪事に手を染めたり、身分の違う恋人と内緒で付き合ったりしていた。そんなある日、大学のキャンパスでMCシェールと名乗る学生のラップと出会い、心奪われる。やがて自ら詞を書くと、MCシェールの後押しで“ガリーボーイ(路地裏の少年)”を名乗ってラップに挑戦していくムラドだったが…。(「allcinema」データベースより)

You might be interested in …

当サイトではプロモーションが含まれています。また、利用状況の把握や広告配信などのために、GoogleやASP等のCookieが使用されています。これ以降ページを遷移した場合、これらの設定や使用に同意したことになります。詳細はプライバシーポリシーをご覧ください

X