この記事は、インドにおける貧困やカースト制度、スラムに住む人々の現状などについて、その背景や現状、取り組みなどを紹介するものです。インドは世界有数の人口を抱える国であり、多様な文化や宗教が共存する豊かな国ですが、一方で深刻な貧困や格差が存在しています。
この記事では、そのような問題について詳しく解説することで、インドに対する理解を深め、現状を改善するための考え方や取り組みについても考えるきっかけとなることを目指しています。
Poverty in India
インドの貧困問題
インドには、長年にわたって深刻な貧困問題が存在しています。国連の定義によれば、インドの貧困層は、1日2ドル未満で生活する人々とされています。ダラヴィのようなスラム街は、この貧困層が集まっている地域の一つで、インドの貧困問題を象徴する存在とも言えます。
約22%が国際貧困ライン
インドは、南アジアに位置する独立国であり、人口は約13億人を擁する世界で2番目に人口の多い国です。首都はニューデリーで、公用語はヒンディー語と英語です。インドは多民族国家であり、多様な文化や言語、宗教が存在します。インドは、経済成長を続け、IT産業や医療産業などの分野で高い成長を示していますが、貧困や格差などの社会問題も依然として深刻です。
インドは、国民の約22%が国際貧困ライン(1日当たり1.9ドル)未満で生活していて、世界の貧困層の約4分の1を占めています。
農村の貧困
また、インドの貧困層は都市部と農村部の両方に存在していますが、農村部においては貧困層の割合が高く、約30%にも上ります。このような状況は、インドにおける経済格差の存在や、教育や雇用などの社会的な課題があることを示しています。
都市部のスラム
このような状況は、都市部においても同様で、スラムの問題が深刻です。スラムは、貧しい人々が住む密集した住宅地であり、住居や水道・下水道、医療や教育などの基本的なサービスが不足しています。スラムの住民は、貧困や犯罪、健康問題などに直面し、生活環境が極めて劣悪であるため、生活が困難な状況に置かれています。インド政府は、スラム改善計画などの政策を進めるなど、スラムの問題に取り組んでいますが、改善には時間がかかるとされています。
貧困や格差の原因!?「カースト制度」
インドにおける極端な格差の一因として、カースト制度が挙げられます。
カースト制度は、ヒンドゥー教に由来するインドの歴史的な階層制度です。
インドの人口の約83%がヒンドゥー教徒であり、カースト制度の影響を受けています。ただし、カースト制度はインドの他の宗教や文化にも影響を与えており、シーク教や仏教、ジャイナ教などでもカースト制度が存在する場合があります。
カースト制度においては、人々は生まれながらにして特定のカーストに属し、そのカーストに従って職業や社会的地位が定められており、、同じカーストに所属する人々としか結婚したり、食事を共にしたりすることができません。
4の身分制度
カーストは4つに大きく分類され、上位から順に、バラモン(僧侶)、クシャトリヤ(武士・行政官)、バイシャ(商人・農民)そしてシュードラ(奴隷・使用人)という階層が存在ます。
さらにその下の階層“不可触民”
シュードラのさらにその下にアチュート(不可触民)が位置づけられる。
インドの不可触民とは、カースト制度において最下層に位置するシュードラ・カーストの中でも、汚れや汚染が他のカーストにも及ぶとされ、社会的に隔離される存在です。不可触民は、職業として汚れや汚染と関係する仕事を行うことが多く、例えば、清掃作業や下水道の清掃などを行っていることが多いです。
アチュートは、その社会的地位によって差別や迫害を受けることが多く、社会的に排除されることがあります。
5の身分制度
不可触民を入れるとカーストは5つの階層が存在するということになります。
カースト制度の中にあってさらに細分化された階層「ジャーティ」
ジャーティは、インドのカースト制度における、さらに細かい階層の集団であり、職業や社会的地位によって分類されます。ジャーティは、数千に及ぶとされ、地域や宗教、言語、風習などによって分類が異なります。
例えば、ブラフミンというカーストにも多数のジャーティがあり、ブラフミンの中でも、南部のタミル・ブラフミン、北部のシャラダ・ブラフミン、西部のガウダ・ブラフミンなどがあります。また、ヴァイシャというカーストにも、商人、農民、鍛冶屋、革職人、漁師など、多数のジャーティがあります。
ジャーティは、カーストに基づく社会的格差が生じる一因となっており、特に下位のジャーティに属する人々は、貧困や社会的差別などに苦しんでいます。
決められた身分が次の世代へと永遠と続いていく
カースト・ジャーティに基づく社会的地位は、家系によって受け継がれることが多く、世代を追って貧しい生活から抜け出せないとされています。
教育・雇用に対しての深刻な格差
この制度によって、上位カーストに生まれた人々は教育や雇用などに恵まれ、下位カーストに属する人々は貧困や社会的差別に苦しむことがあります。
カースト制度は現代のインドでは違法とされていますが、依然として社会に根強く残っており、格差を生んでいるとされています。特に、下位カーストに属する人々がスラムや貧困層に多く含まれているという現状があります。インド政府は、カースト制度の撤廃や平等な社会の実現に向けて取り組んでいますが、解決には長期的な時間が必要とされています。
始まりは紀元前!カースト制度の歴史
紀元前2500年ごろに、インダス文明がインダス川流域で発展し、都市文明を形成していました。
当時、インダス文明は、現在のパキスタン、インド、アフガニスタンまたがり繁栄を極めており、排水施設や煉瓦造りの建物、商業や工業の発展など、高度な文明を持っていたことが知られています。
アーリア人がインドに進出!階級制度(ヴァルナ)を導入
しかし、紀元前1500年ごろにアーリア人がインドに進出しました。彼らはヴェーダと呼ばれる聖典を伝承し、ヴァルナと呼ばれる階級制度を導入しました。
この階層制度は、職業や身分によって人々を分類し、上位階層に生まれた人々が特権的な地位を享受し、下位階層に属する人々が差別や抑圧を受けることになり、先住民が奴隷として扱われるようになりました。
これが後に、カースト制度として発展し、社会的差別が広がることになります。
ヴァルナはやがてカースト制度として発展
カースト制度は、ヴァルナ制度から時代の中で徐々に形成されていきました。7世紀から12世紀にかけて、インド全体で定着しました。これによって、上位カーストに生まれた人々が特権的な地位を享受し、下位カーストに属する人々が差別や抑圧を受けることになりました。
ポルトガル語の階級=カースト
15世紀頃にアジアにやってきたポルトガル人たちは、当時のインド社会での階層制度を「カースト」(ポルトガル語の「casta」は「階級」を意味する)と呼んだとされています。この語は、その後、広く用いられるようになりました。
現在のインドでカーストは憲法違反!それでも根強く残っている
マハトマ・ガンジーは、「不可触民」を「神の子(ハリジャン)」と呼び、彼らに対する差別をなくすことを訴えました。ガンジーは、非暴力的な手段によって不可触民差別を撤廃することを主張し、その活動は広く支持を受けました。
インド独立後に憲法にカースト差別の禁止を明記
インドが独立した後、1950年に制定されたインド憲法では、カーストに基づく差別を禁止する条項が明記されました。具体的には、憲法の第15条において、人種、宗教、カースト、性別、出身地、あるいは出生に基づく差別が禁止されると規定されています。
この条項によって、カーストに基づく差別は法律で禁止され、インド社会におけるカーストの地位は徐々に変化し、不可触民の地位は徐々に向上することになりました。例えば、政治や職業の分野においても、カーストに関係なく平等に扱われるようになりました。
しかし、現在でもカースト差別は根強く残り、完全に解消されたわけではありません。
「カルマ」
ヒンドゥー教や仏教において一般的に用いられる考え方で、カルマと呼ばれる法則に基づいています。
カルマとは、人が行った行為の結果が、その人自身に返ってくるという法則であり、過去の生の結果が現世に影響を与えると考えられています。
この考え方に基づいて、「現世あるのは過去の生の結果であるから今の置かれている環境を受け入れて人生を生きるべきだ」という主張がなされます。つまり、現在の自分が置かれている環境や状況は、過去に自分が行った行為の結果として生まれたものであり、それを受け入れて人生を生きるべきだということです。
この宗教的な考えがあるがゆえに、どれだけ憲法で平等を明記したとても、人々のカーストに対する考えが変わらないという説もあります。
1000万人以上の児童労働者
インドは経済発展を遂げており、世界の新興国の一つとして注目を集めています。一方で、児童労働の問題も深刻な課題の一つとして取り上げられています
インドにおいては、経済的な困窮や貧困により、多くの子どもたちが働かざるを得ない状況に置かれています。彼らは、工場や農場、家庭内労働などで働き、時には過酷な環境下で働かされることもあります。これらの労働によって、子どもたちは教育を受けることができず、健康に悪影響を及ぼすことがあります。
児童労働者とは
国際労働機関(ILO)は、児童労働を「15歳未満の子どもが義務教育を受けるべき年齢において、職業的に従事する労働」と定義しています。また、ILOは、18歳未満の労働者が、身体的または心理的な危険や有害な労働条件にさらされることを禁止する「危険で有害な労働の禁止に関する条約」を定めています。
ただし、家事や家業を手伝うことや、15歳を超えて学校に通いながらアルバイトをすることは、児童労働には該当しません。
世界的に深刻な課題
児童労働の問題は、世界的に深刻な課題とされており、ILOの報告によると、2016年時点で5歳から17歳までの児童労働者は約1億5200万人いました。男児が約8800万人、女児が約6400万人であり、全児童労働者の約73%が危険で有害な労働に従事しているとされています。
カースト制度が原因?「児童労働者の多い国」
インドでは、カースト制度が根強く残っており、児童労働者の数も多くいます。国際労働機関(ILO)の報告によれば、インドの児童労働者は約1,000万人にものぼります。また、カースト制度の低い階級に属する子どもたちが多く、彼らは特に貧困層の家庭で、教育を受ける機会が少なく、児童労働をすることで家計を支えています。
インド政府の発表によれば、児童労働者の大部分が農業や漁業などの伝統的な分野で働いているとされています。具体的には、児童労働者の84.9%が農業や漁業に従事しており、製造業やサービス業における児童労働の割合は比較的低く、8.46%、工場労働者は0.8%であると報告されています。ただし、これらの数字はあくまでも政府が公表した統計であり、実際には非公式部門を含めた児童労働の規模が大きいことが指摘されています。
家系の借金と肩代わりに働かされる児童「債務児童労働」
インドにおいて、農業における児童労働の中でも特に深刻な問題とされているのが、債務児童労働です。
貧困層の親たちが金銭的な困難から、子どもたちを債務の抵当として貸し出してしまうことがあります。
借金の利子が高く、借金を返済できない親が子どもを抵当に出すことで、子どもたちは非常に低い賃金で奴隷のように労働を強いられることになります。さらに、親が亡くなった場合には、子どもたちは引き続き債務を抱えたまま労働を続けなければならず、そのサイクルが代々続いてしまう。
また、人身売買や性的虐待といった人権侵害の被害に遭うことがあります。
児童労働を正当化するインドに根深い「迷信」
インドには児童労働を正当化し、子どもたちへの搾取を肯定するような多くの固定観念や迷信が多く存在する。「子どもの指は小さく素早いため、ある種の仕事(カーペット、シルク、巻きたばこ、銀細工)に適している」という考え方がそのひとつであるが、実際には最高級のカーペットやサリーを作るのは熟練した大人であり、子どもには安物の製造しか任されていない。その他、「子どもは仕事にあった年齢(6~7歳)から始めると優れた労働者になる」、「子どもはその子の階級や家相応の職業に就かなければならない」、「児童労働は自然なもので、家族の中で不可欠の役割を果たしている」など、国、地域、伝統工芸、家族、本人自身にとって児童労働は良いことだと正当化し、強者が得をするような考え方がはびこっている。
児童労働撤廃に向けて : インドの現状(p.121)/関西外国語大学人権教育思想研究.12巻.2009
インド政府は様々な取り組みを実施
これらの問題に対して、インド政府は児童労働の問題に対して取り組んでいます。
児童を学校に!
1946年にインドの遠方で14歳未満の児童の雇用を禁止、2002年の改正により6~14歳までを義務教育とし、無償で子どもの基本的権利を保障するように政府は義務付けられた。
学校インフラの遅れで教員や設備が不十分
しかし政府立学校のインフラが遅れているため、教室が不足していたり、教材や文具が不十分であることがあります。また、校舎やトイレ、飲料水設備などの整備が不十分であることもあります。教員の怠慢や欠勤も深刻な問題であり、教師不足があります。
根深いカースト差別も重なり、子供たちが学校に行かない
低階層の子どもたちへの偏見や差別も根強く、差別的な扱いを受けることがあります。さらに、女子の教育を軽視する文化的な偏見も依然として存在しています。これらの要因が重なり、インドの初等教育の質や就学率が低い状況につながっていると言われおり、インドの初等教育の純就学率は男子が78%、女子が64%であり、5年生まで在学する率は52%となっています。
国民児童労働撲滅
2006年には「国民児童労働撲滅プログラム」がスタートし、児童労働撲滅を目的として、特に危険で有害な労働に従事している児童を保護し、義務教育を受けられるように支援するなどの取り組みが行われています。また、2017年には児童労働撲滅法が制定され、児童労働を禁止するとともに、保護措置の充実や加害者の処罰などが盛り込まれています。
未だ問題は解決されず
しかし、問題はまだ解決されておらず、実際には適切な監視や取り締まりが行われていないことがあります。また、貧困や教育格差といった根本的な問題が存在するため、児童労働がなくなるには時間がかかるとされています。
インドの都市圏には数千万人のホームレス
インドには多くのホームレスが存在し、特に都市圏では深刻な問題となっています。ホームレスは、貧困や住居不足、自然災害などの影響で家を失ったり、家を持たない貧困層の人々です。彼らは通常、道路や公園、駅のホーム、建物の廃墟など、非常に不衛生な環境で生活を送っています
デリー市役所(Municipal Corporation of Delhi、MCD)の「アクションエイド・インディアとスラム再定住部」が2003年に発表した統計では、インド全土で約7800万人がホームレス生活を送っており、そのほとんどはコルカタ(Kolkata)、ムンバイ(Mumbai)、デリー(Delhi)などの都市圏に集中していた。
都市部中心に全国のホームレス人口、7800万人にのぼる – インド/AFPBB News.2007
世界最多……インドのストリートチルドレン
インドにはストリートチルドレンや働く子どもたちが多く存在しており、その数は世界でも最多です。
インドにおけるストリートチルドレンの数についての正確な統計は無いが、デリーだけでも10万人以上いると推計される。彼らのほとんどは農村地区出身で、家庭の絶対的貧困や家庭での暴力、性的虐待など悲惨な現実から逃れ、生きる糧を求めて都会に出てくる。 しかし都会で拠点を見つけるのは難しく、結果として駅や路上での生活になるため安心して身を休めることもできない。警察や市民からの日常的な暴力にさらされ、治安を乱すという理由で連行されることもしばしばである。負傷 , 罹患しても治療を受ける術もな 重症化し死に至る場合もある。また、性的虐 待の被害者になることも多く性病にも苦しむ子どもも少なくない。さらに寝場所も食物も仕事もないため、スリや盗みを働くマフィアの手先になり、薬物に依存した生活に陥ることも多い。
ストリートチルドレン・働く子どもを対象とする インドの NGO 活動の理念と実際(pp.2-3)/中嶋裕子.中島友子.近畿医療福祉大学紀要 Vol.111 ~13(2010)
約1億人が生活!?インドのスラム
インドのスラムには増加傾向にあり、ヴァルナに属さないアチュート(不可触賤民)を含め、約1億人が暮らしているとされています。「出稼ぎスラム」「ごみ山スラム」など多様なスラムが存在し、さらにはムンバイの「ダラヴィ」のような巨大スラムも存在します。
1000万人以上の子供がスラムに住んでいる
1991年の国勢調査によると、1800万人の子どもたちが都市スラムに居住していると報告されています。
ただし、この数字は30年以上前のものであり、現在のスラムに住む子どもたちの実数は不明です。現在でもインドのスラムでは多くの子どもたちが貧困や教育の機会不足などの問題に直面しています。
スラムは平等!?カースト制度の影響がない!
スラムに住む人々は、貧困や不平等などの問題に共通する苦しみを抱えており、そのような状況下では、カーストや社会的地位に関係なく互いに助け合い、支え合うことが必要となるため、住民はカーストを気にせず、平等な社会が築かれていると言われます。
しかし、スラム内でもカーストの影響がある場合もあり、上位カーストの人々は下位カーストの人々に対して差別的な態度をとることがあります。また、スラムの中でも特定の地域に上位カーストの人々が住んでいることがあるため、社会の上位と下位が維持されているケースもあります。
スラムの中でのカースト制度の慣習
ダウリーとは、インドの結婚式において、花嫁側から花婿側への贈り物の習慣のことである。贈り物には現金や宝石、家具、家電製品などがあり、金銭面での対価はカースト制度によって異なる。この習慣は、尊敬と感謝の気持ちを表し、新婚生活のための生活必需品を提供することを目的としているが、贈り物が少ない場合に、女性が虐待を受けるなどの社会問題も抱えている。違法だが今でもダラヴィではこの習慣が行われていると言われている。
しかし、スラムの中で困難な状況に置かれている住民たちは、お互いに支え合いながら生活していくことが多く、そうした意味では平等な社会が築かれているとも言えます。
スラムでも英語が通用する
英語はインドの公用語の1つであり、政府や教育機関、ビジネス界などでも広く使われています。また、多くのインド人が英語を第二言語として学び、スラムでも英語を話す人は多いです。ただし、インドには様々な地域言語があり、英語が通じない場合もあります。また、スラム地域では英語を話す人が多くても、一人での散策は安全ではない場合があるため、注意が必要です。
【世界のスラム街】貧困と希望が共存するムンバイのスラム街《ダラヴィ Part 2》