ダイヤモンドは昔はただの硬い石ころだった!?──宝石に仕立てた会社「デビアス」って?(前編) 

ダイヤモンドは昔はただの硬い石ころだった!?──宝石に仕立てた会社「デビアス」って?(前編)

Diamond Story

ダイヤモンドの歴史の始まり

diamonds

<紀元前4世紀>インドで最初のダイヤモンドが発見

インドはダイヤモンドを最初に見つけて使い出した国。紀元前4世紀トラビダ族によるといわれる

小売店様向け宝石の知識「宝石大国・インド2」/中央宝石研究所(CGL)
川の底にある不思議な石

 南インドのドラヴィダ族は、川底に沈む不思議な石を見つけました。そして、石の美しさと言うよりも、その硬さに驚きました。ドラヴィダ族は、この硬さを利用して岩を削り、石を削って壮麗な宮殿や寺院といった数多くの文化遺産を残しました。

ダイアモンドの基礎知識ダイアモンドの歴史/Heart and Arrow Diamond:

ダイヤモンドの原石はあまりに硬いため研磨および加工をすることができず、美しい輝きを秘めていることを人々に知られることはほとんどありませんでした。

ダイヤモンドの起源や歴史をご紹介!超巨大カラットのダイヤモンドとは?/I-PRIMO
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漂砂鉱床(ひょうさこうしょう)

ダイヤモンドを含んだ鉱床が、長い間に雨や河川などによって崩壊し、水の流れによって運ばれました。こうした鉱床を、漂砂鉱床と呼びます。

ダイヤモンドの産地/アトリエトントン

かつてはインドだけでダイヤモンドが発掘されていた

Christie’s/YouTub

(前略)インドは紀元前から18世紀前半まで世界唯一ダイヤモンド産地だった。現在はダイヤモンドの大研磨加工センターである。昔も今もインドは宝石大国である

小売店様向け宝石の知識「宝石大国・インド2」/中央宝石研究所(CGL)
「インド石」

ダイヤモンドが発見されてからのインドは、かつて18世紀前半頃まではダイヤモンド産業が盛んでした。ダイヤモンドが昔「インド石」という別名で呼ばれていたのは、ダイヤモンドがインドでしか採れないと信じられてきたからです。

ダイヤモンドの歴史/ダイヤモンド・婚約指輪完全ガイド

<紀元前>インドから古代ギリシャへ

インドから古代ヨーロッパのギリシャへ、ダイヤモンドが海や陸から遠路はるばると渡ってきたのは、同じくまだ紀元前のことでした。ダイヤモンドの語源の「adamas(征服されがたいもの)」は、ちょうどこの頃に広まったといわれています。

ダイヤモンドの歴史/ダイヤモンド・婚約指輪完全ガイド

その頃のダイヤはめちゃめちゃ硬い!そんな石

ダイヤモンドの原石はあまりに硬いため研磨および加工をすることができず、美しい輝きを秘めていることを人々に知られることはほとんどありませんでした。

ダイヤモンドの起源や歴史をご紹介!超巨大カラットのダイヤモンドとは?/I-PRIMO

その原石を研磨するためにインド人は、木の円盤をゆっくり回転させ、ほんの少しずつ磨いていたといいます。

歴史から知る「ダイヤモンド」と「ベルギー」の関係/EXELCO DIAMOND

この方法で硬い石を磨くには気の遠くなるような時間がかかり、非常に効率が悪かったといえるでしょう。
そして、そうやって時間をかけても、不規則で歪んだ形にしか整えることができませんでした。

歴史から知る「ダイヤモンド」と「ベルギー」の関係/EXELCO DIAMOND

そのためルビーやサファイヤに比べてもダイヤモンドの宝石としての重要度は低く宝石としても注目を集めていませんでした。そのため当時の宝石研磨と言えばルビーやサファイヤなどの色石が中心で、ダイヤモンドはその硬さを活かして石に字を書いたり、鉄に傷を付け文字を書いたりする道具として使われていたのです。

ベルケム伝説のダイヤ研磨師/銀座の結婚指輪・婚約指輪BRIDGE
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「ダイヤモンドを切るにはダイヤモンドだ!」

それから数百年の時を経てやっと15世紀半ばにベルギーでダイヤモンドを磨く製法が発見されました。

時代と共に変容するダイヤモンドビジネス/なんぼや

時は1447年、ブルゴーニュ公国(現在のベルギー・アントワープ)では、それまでとは明らかに違うレベルで「ダイヤモンドをダイヤモンドで磨く」革新的な研磨法が一人の研磨工「ルドウィック・ヴァン・ベルケム(Lodewyk van Berken)」の手で発見され話題となります。

フィリッペンス・ベルト氏とは /BROOCH

それはダイヤモンドでダイヤモンドを磨くという今日でも用いられている製法でした。

時代と共に変容するダイヤモンドビジネス/なんぼや
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<1700年代>ダイヤモンドの産出地が南米へ!

Loic Ronsse/YouTube

その後に1725年頃からブラジルでダイヤモンドが発見されると、主要ダイヤモンド産出地はアジアから南米へと移り変わります。

ダイヤモンドの産出国① BLOG & TODAY’S COLUMN/LIZARE DIAMOND.2016

ブラジルのダイヤモンドは、(中略)ミナスジェライス州のRio Jequitinhonha(リオ·ジェキティニョニャ川)の土手沿いで、金鉱山労働者によって発見されました。 インドの有名なゴルコンダの鉱床がほとんど掘り尽くされており、南アフリカの鉱山が発見される前だったので、百年以上もの間、この国は、世界で最も重要なダイヤモンドの原産国でした。

ブラジルのミナスジェライス州でのダイヤモンド採鉱/GIA

僅か150年ほどで衰退したブラジルの鉱床では、726.6キャラットの「ヴァルガス・ダイヤモンド」と262キャラットの「南の星」が産出した。

ダイヤモンドの産地/アトリエトントン
ついにダイヤモンドがとれなくなった

130年ほどは世界最大の産出地だったブラジルの鉱山ですが、早くも1860年代にはすっかり枯渇し、ヨーロッパのダイヤモンド産業は倒産や縮小に追い詰められます。

約2カラットのオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドのブローチ/アンティークジュエリー

<1800年代>南アフリカで始まった“ダイヤモンドラッシュ”

WE TRAVEL THE WORLD/YouTube

時は1866年。南アフリカ大陸において、ダイヤモンドの大鉱脈が発見されました。
それまではインド、ブラジルにおいてダイヤが発掘されておりましたが1860年代に入るとすっかり枯渇。
倒産、縮小に追い詰められていたダイヤ産業にとって南アフリカ大陸での大発見は一筋の光でした。

この世のダイヤを支配したデビアス(DEBEERS)/GOLD PLAZA.2017

ダイヤモンド採掘産業が本格的となったのは、世界のダイヤモンド産出量の95%が南アフリカで産出された1870年代から1880年代。

世界有数の鉱山資源国 南アフリカのダイヤモンド /南アフリカ観光局

これらの鉱床は、それ以来莫大な量を産出しており、同様に重要なこととして、これらはダイヤモンドを地表に運んだ岩石物質中で発見されたダイヤモンドでは初めてのものでした。

ダイヤモンドは何処から/Four-Cs

南アフリカの鉱床を研究することにより、地質学者は他の潜在的産出地域を探す方法を学ぶことができるようになり、その後の発見の時代の幕開けとなりました。

ダイヤモンドは何処から/Four-Cs

今もなお世界最大級のダイヤモンドが発見されるなど、南アフリカは世界有数の鉱山資源国として知られています。

世界有数の鉱山資源国 南アフリカのダイヤモンド /南アフリカ観光局

ダイヤモンドラッシュの中心地「キンバリー」

Airlink/YouTube

キンバリーは、南アフリカ共和国中央部の北ケープ州の州都で、ブルームフォンテーンの西に位置しています。1867年に発見された、当時の世界で最大のダイヤモンド鉱山の採掘拠点として街が形成されました。

ダイヤモンドで栄える町!南アフリカ、キンバリーの観光地5選/skyticket 観光ガイド

(前略)ここキンバリーは世界中から一攫千金を夢見る男達が集まり、ゴールド・ラッシュならぬダイヤモンド・ラッシュが始まりました。

南アフリカ共和国にある 人力で掘った世界最大の穴!/国際投信投資顧問

この街は、イギリス植民総督のキンバリーにちなんで「キンバリー」と名づけられました。 それまで牧畜や農業が主な産業だったこの地の経済は、ダイヤモンドラッシュ以後、一変することとなり、鉱業が中心となったのです。 当時のキンバリーの街には、宝飾店、舶来品等の高級品店やバーなどが立ち並んでいたそうで、一攫千金を実現した鉱夫たちで賑わったようです。

ダイヤモンドラッシュに沸いた鉱業都市・キンバリー/ダイヤモンドの情報サイト.ブランドコンシェル
Big Hole, Kimberley, Northern Cape, South Africa
Big Hole, Kimberley, Northern Cape, South Africa
発掘量があまりにも多すぎて価格崩壊に危機に直面

しかし、ここで予想外の事態に。
大鉱脈から発掘されるダイヤモンドの量はあまりに多く、その結果としてダイヤの価値が低くなってしまう恐れが出てきてしまいました。

この世のダイヤを支配したデビアス(DEBEERS)/GOLD PLAZA.2017

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ダイヤモンドは昔はただの硬い石ころだった!?──宝石に仕立てた会社「デビアス」って?(後編)
“https://diggity.info/business/diamond-history-2/”
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コ・イ・ヌール―“光の山”という意味の巨大なダイヤモンド。現在は英国王室の王冠で輝くそれが世界的に著名であるのは、ただ美しいからではない。エリザベス女王が身につけるのを控えるほどの、凄絶な来歴を有しているからである。権力の象徴として、ムガル帝国の皇帝やシク王国のマハーラージャなど、数々の統治者の手を経てきたコ・イ・ヌール。しかし同時に、呪われているとしか思えないような多くの悲劇や凄惨な出来事を巻き起こしてきたのだ。豊富な資料を駆使して、ひとつのダイヤモンドを巡る歴史を鮮やかに描く、渾身のノンフィクション! (「BOOK」データベースより)